日本薬理学雑誌
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122 巻, 6 号
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ミニ総説号「チロシンキナーゼの標的治療薬」
  • 丸 義朗
    原稿種別: ミニ総説号
    2003 年 122 巻 6 号 p. 473-481
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    Retrovirusの癌遺伝子の正体が,活性化型tyrosine kinase(TK)であることが明らかにされて以来,TKは細胞増殖の基本的存在であると認識されてきた.一方で,ノックアウトマウスなどの最近の実験的手法によってさまざまなTKの機能が追求されている.細胞死,細胞死抵抗性,神経や血管などの細胞分化,リンパ球の活性化などの免疫機構,血管新生,個体の発生などへの関与である.TK型受容体から出発する増殖シグナルは基本で,リガンドの結合依存性に2量体を形成し,自己リン酸化で活性化する.その後,RasやPI3キナーゼにはじまるシグナル経路が活性化される.恒常的活性化型細胞質内TKは膜受容体の膜での活性化をバイパスしてこの両シグナル経路を活性化する.結晶構造解析によって,TKはN-lobeおよびC-lobeからなるbilobularな基本的構造を有し,その間のcleftが活性中心でcatalysisが起ることが明らかになった.さまざまな基本骨格をもつTK阻害薬が存在するが,これらはすべて,ATPのアデニンとの類似性などから,2つのlobeのインターフェースに結合してATPと競合的に作用する.一次構造上相同性が高いだけでなく立体的基本構造が同じなため阻害薬としてその特異性が重要であることは明白である.しかし,例えば標的TKが複数のシグナル伝達経路の交差点に位置する場合では,生化学的特異性のみでは優れた薬効は期待できない.なぜなら,そのTKの上流に存在する複数の分子(例えばチロシンキナーゼ型受容体とその上流にある複数の異なるリガンド)の最終的な生物学的機能が異なる可能性などがあるからである.また,標的TKが腫瘍増殖に優位に働いていても,他組織の細胞で生理的に機能している同じTKが存在する場合,その抑制は予期せぬ有害事象をもたらす可能性をもつと考える.シグナル伝達や分子生物学的な病態の把握は標的薬の薬理を支える基盤を提供すると考える.
  • 中島 元夫, 都賀 稚香
    原稿種別: ミニ総説号
    2003 年 122 巻 6 号 p. 482-490
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    慢性骨髄性白血病(CML)患者の白血病細胞に発見されたPhiladelphia染色体は,9番染色体と22番染色体の間における転座により作られ,この異常染色体に発現するキメラ遺伝子がコードするタンパク質は,細胞質内に発現されるBcr-Ablチロシンキナーゼである事が判明している.このチロシンキナーゼを癌分子標的とした特異的阻害物質の研究からCML治療薬STI571(メシル酸イマチニブ)が生まれた.STI571はAblキナーゼのATP結合部位に競合的に結合してキナーゼ活性を阻害するが,PKC阻害化合物の骨格である2-アミノフェニルピリミジンを基本構造とした誘導体であり,選択性,安定性と溶解性を高め,経口投与が可能な形に分子設計された.CMLに対する臨床試験においてSTI571は慢性期,移行期,急性転化期のいずれにおいても顕著な奏効を示し,慢性期では90%以上の症例で血液学的寛解を示した.このチロシンキナーゼ阻害薬は膜受容体型チロシンキナーゼであるc-Kitに対しても同様な優れた阻害活性を示すことから,リガンド非依存的に活性化される異常なc-Kitの発現が主な原因と考えられている難治性の消化管間質腫瘍(GIST)に対しても臨床試験が行われた.転移があるc-Kit陽性GISTでは50%以上の症例で有効性が認められた.その結果80以上の国々でCMLとGISTに対する治療薬として使われている.Bcr-Ablもc-KitもATP結合部位の変異によってSTI571に対して耐性を示すため,これらを規定する遺伝子情報に基づいた治療計画が可能となるであろう.また耐性克服のために,変異遺伝子情報に基づいた新たな創薬が期待される.
  • 矢野 誠一, 山口 基徳, 董 瑞平
    原稿種別: ミニ総説号
    2003 年 122 巻 6 号 p. 491-497
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    非小細胞肺癌をはじめとする多くの悪性腫瘍でEGFRの発現あるいは過剰発現が報告されている.EGFR発現腫瘍は,同非発現腫瘍に比べて高い増殖能および転移能を示すこと,従来の化学療法や放射線療法に抵抗性を示すこと,あるいは予後不良であることなどが知られている.ゲフィチニブはEGFRチロシンキナーゼ(EGFRTK)を選択的かつ強力に阻害する薬物である.本薬はヒト外陰部腫瘍A431ヌードマウス移植系において,c-fos mRNAの発現を用量依存的かつ可逆的に阻害し,ヒトDCIS組織ヌードマウス移植系ではKi67を有意に低下させた.本薬はin vitro系でヒト口腔扁平上皮癌KBのP21cip1/waf1およびp27kip1発現を濃度依存的に誘導し,cdk2活性阻害により細胞周期をG1期で停止させた.また各種腫瘍細胞培養系,ヒトDCISヌードマウス移植系および臨床試験の皮膚バイオプシー検体で本薬のアポトーシス誘導作用がみられた.本薬はEGFRのシグナル伝達阻害を介してVEGFの分泌抑制をもたらし,2次的に血管新生抑制作用を示した.本薬はKBおよびHUVEC培養系で,EGF刺激によるこれら細胞の増殖を選択的かつ強力に阻害した.またヌードマウス移植系において,非小細胞肺癌,前立腺癌,大腸癌,卵巣癌など各組織由来の腫瘍に対して幅広い抗腫瘍スペクトラムを示した.さらに既存の化学療法に抵抗性の非小細胞肺癌患者を対象とした臨床試験でも,本薬の有効性および安全性が確認され,現在臨床の場で使用されている.本薬の薬効と腫瘍組織のEGFR発現レベルには相関性はみられず,現時点では本薬の感受性因子は明らかにされていない.今後ゲフィチニブをはじめとするEGFRTK阻害薬が癌治療の場でより効果的に使用されるためには,この感受性因子の解明が課題となる.
  • 渋谷 正史
    原稿種別: ミニ総説号
    2003 年 122 巻 6 号 p. 498-503
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    我々脊椎動物は閉鎖血管系をもっており,個体の発生や成長は血管系に強く依存している.さらに,近年,固形がんや糖尿病性網膜症,関節リウマチなど多くの疾患の悪性化の過程に,病的血管新生が非常に重要な役割を果すことが明らかにされてきた.血管系を制御するシグナル伝達系に関して多くの研究が行われた結果,極めて重要な因子としてVEGF(血管内皮増殖因子)やアンジオポエチン,エフリンなどの諸因子が関与していることが明らかとなった.なかでもVEGFとそのチロシンキナーゼ受容体(VEGFR-1,-2)システムは,生理的血管新生のみならず多くの病的血管新生において中心的役割を果している.VEGFR-2(KDR/Flk-1)は腫瘍血管などの形成に直接関与するのに対し,VEGFR-1(Flt-1)はマクロファージ系なども介して癌の転移や,炎症性疾患に深く関与する.従ってVEGF受容体のチロシンキナーゼを含むシグナル伝達を人為的に抑制できれば,疾患の進行を遅らせる点で臨床的に非常に有用と考えられる.既に,世界的にはVEGF-VEGFR系を標的にした薬剤開発が進行しており,それらのいくつかは動物実験レベルではかなり良い結果を示している.最終的に臨床に応用可能となるには,まだ多くの克服すべき課題が残されているが,この分野から新しい治療薬が開発されることを期待したい.
  • 仁平 新一
    原稿種別: ミニ総説号
    2003 年 122 巻 6 号 p. 504-514
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)はEGF受容体ファミリーに属する膜タンパク質であり,その細胞質領域にチロシンキナーゼ活性を有する.HER2タンパク質の過剰発現は癌細胞の増殖の亢進,転移能の上昇など癌細胞の悪性化と関連することが非臨床研究から示唆されており,実際,臨床ではヒト乳癌の20−30%の患者でHER2過剰発現が観察され,このような患者群では無病期間の短縮,再発率の上昇,生存期間の有為な低下など,予後が不良であることが報告されている.ハーセプチンはヒトHER2分子を標的分子とした分子量148 kDaのヒト化モノクローナル抗体であり,HER2分子の細胞外領域のエピトープ(aa529-625)と特異的に結合する.これまでに実施された基礎試験結果から,(1)抗体結合よる直接的細胞増殖抑制活性,(2)免疫細胞による抗体依存性細胞障害活性の誘導,が作用機序として推定されている.最近,本剤による血管新生阻害も作用機序の一つとして注目されている.本剤の海外での第III相比較試験では,HER2過剰発現転移性乳癌患者を対象として,化学療法薬との併用で,化学療法単独群と比較して病勢進行までの期間,生存率の延長等の有為な向上が観察された.一方,安全性では点滴静注時とりわけ初回の投与時に発熱,悪寒,震え等の症状が高頻度に観察された.分子標的抗癌薬ともいえる本剤の開発においては,標的となる患者集団での有効性と安全性を実証する臨床試験が必要であり,その標的患者選択のために本剤では開発段階から免疫組織化学染色法(IHC)あるいはFISH法を開発·標準化し,患者選択の検査法として導入した.患者個々でのHER2過剰発現レベルに基づいて本剤の投与を決定する,いわゆるテーラーメイド治療を実現するためには,実施可能な検査アルゴリズムを確立し,転移性乳癌治療の治療体系に導入することが不可欠であった.
総説
  • −受容体機能発現から疾患まで−
    鈴木 岳之, 都筑 馨介, 亀山 仁彦, 郭 伸
    原稿種別: 総説
    2003 年 122 巻 6 号 p. 515-526
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    グルタミン酸AMPA受容体は中枢神経系において速い興奮性神経伝達を担う重要なイオンチャネル型受容体である.この受容体は4つのサブユニットからなるテトラマーであり,その構成サブユニットはGluR1~4までの4種に分類され,さらにそれぞれがスプライシングバリアントを持つ.また,そのサブユニットのうちGluR2では,その第2膜親和性領域(イオンチャネルポアを形成する部分)にRNA編集によるグルタミンからアルギニンへの変換が生じている部位がある(Q/R部位).このアルギニンへの変換を受けた編集型GluR2サブユニットを構成成分に含むAMPA受容体はほとんどカルシウム透過性を持たないが(タイプ1受容体),含まないAMPA受容体は高いカルシウム透過性を示す(タイプ2受容体).受容体形成時には,このサブユニットの会合の段階でGluR2サブユニットを含むAMPA受容体の方が含まないものよりも形成されやすい調節を受けている可能性が示唆されている.また,各サブユニットの細胞内での輸送に関してもサブユニットにより異なる輸送機構が働いている可能性も明らかにされてきている.このようにAMPA受容体形成はサブユニット段階での種々の調節を受けていることが明らかとなってきている.タイプ2受容体がそのカルシウム透過性により神経脆弱性の発現に関与していることは知られているが,筋萎縮性側索硬化症の患者の脊髄運動神経においてはRNA編集が正常には行われず,Q/R部位がグルタミンのままのGluR2サブユニット(非編集型GluR2)が多く存在しており,その結果カルシウム透過型AMPA受容体が多く発現していることが明らかとなった.また,グリア細胞にはタイプ2AMPA受容体が発現しているが,ここに編集型GluR2を強制発現させるとグリア細胞の突起の退縮や神経膠芽腫細胞の増殖抑制などが観察された.このように,AMPA受容体は生体内において通常の興奮性神経伝達だけではなく,特にそのカルシウム透過性により神経機能や病態に深く関わっている可能性がある.
新薬紹介総説
  • −作用メカニズムと臨床試験成績−
    池田 孝則
    原稿種別: 新薬紹介総説
    2003 年 122 巻 6 号 p. 527-538
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    イベルメクチン(ストロメクトール)は放線菌Streptomyces avermitilisの発酵産物アベルメクチン類から誘導された半合成の環状ラクトン経口駆虫薬である.イベルメクチンは線虫Caenorhabditis elegansC. elegans)の運動性を濃度依存的に阻害した.C. elegansの膜標本には,イベルメクチンに高親和性の特異的結合部位が存在し,イベルメクチン類縁体のこの結合部位に対する親和性とC. elegansの運動抑制作用の間には,強い正の相関が認められたことから,イベルメクチンの抗線虫活性には,本部位に対する結合が重要であることが示唆された.C. elegansのpoly(A)+RNAをアフリカツメガエルの卵母細胞に注入すると,イベルメクチンにより不可逆的に活性化されるクロライドチャネルの発現が確認された.本チャネルの薬理学的性質から,イベルメクチン感受性のチャネルはグルタミン酸作動性クロライドチャネルであることが示された.このグルタミン酸作動性クロライドチャネルについては,2つのサブタイプ(GluCl-αおよびGluCl-β)がクローニングされ,それらがグルタミン酸作動性クロライドチャネルを構成していることが示唆された.以上の結果からイベルメクチンは,線虫の神経又は筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロライドチャネルに特異的かつ高い親和性を持って結合し,クロライドに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極を引き起こし,その結果,線虫が麻痺を起こし死に至るものと考えられた.ヒツジおよびウシの感染実験において,イベルメクチンは,HaemonchusOstertagiaTrichostrongylusCooperiaOesphagostomum,あるいはDictyocaulus属に対し,投与量に依存した強い駆虫効果を示した.糞線虫属Strongyloidesに感染したイヌ,ウマおよびヒトに対しても,駆虫活性が報告されている.本邦における第III相試験では,糞線虫陽性患者50例を対象に本剤約200 µg/kgが2週間間隔で2回経口投与された.投与4週間後に実施された2回の追跡糞便検査による駆虫率は98.0%(49/50例)であった.
  • 佐田 登志夫, 齋藤 宏暢
    原稿種別: 新薬紹介総説
    2003 年 122 巻 6 号 p. 539-547
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    アゼルニジピン(カルブロック®)は高血圧治療薬として新規に開発されたジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬である.本剤は,L型カルシウムチャネルを抑制することにより血管を拡張させ降圧効果を示す.自然発症高血圧ラット(SHR)にアゼルニジピンを単回経口投与すると,発現が緩徐で持続性の降圧作用が認められるが,降圧に伴う反射性頻脈の程度は同じクラスの類薬に比べ軽度であった.SHRに長期投与すると,安定した降圧作用が認められ,心拍数は軽度ではあるが低下した.イヌにおける検討から,アゼルニジピンは類薬に比べ,圧受容体反射を生じにくく,陰性変時作用が強いことが示された.SHRにおいて血漿中薬物濃度と降圧作用の関係を検討したところ,降圧作用は血漿中薬物濃度の上昇に遅延して発現し,血漿中薬物濃度が低下した後も持続することが示された.また血管壁のマイクロオートラジオグラフィーから,アゼルニジピン分子は平滑筋層に徐々に移行し,そこに長時間留まることが確認された.摘出血管標本において,アゼルニジピン添加後,カルシウム拮抗作用は緩徐に発現し,栄養液中から薬物を除去した後も長時間持続することが示された.これらのデータは本剤の作用持続性にその高い血管組織親和性が関与することを示唆する.降圧作用以外に,本剤には利尿作用,抗狭心症作用,心保護作用,腎保護作用,抗動脈硬化作用が動物モデルで観察されている.臨床試験においても,高血圧患者においてアゼルニジピンは1日1回の投与により24時間安定した降圧作用示すこと,心拍数には影響を与えないもしくは軽度低下させること,カルシウム拮抗薬に特有の頭痛,顔面紅潮,立ちくらみ,動悸などの有害作用が少ないこと,血中から薬物が消失した後も降圧作用が持続することが確認されている.これらの特徴を有するアゼルニジピンは新世代のカルシウム拮抗薬として高血圧治療のために有用である.
  • 西田 正則
    原稿種別: 新薬紹介総説
    2003 年 122 巻 6 号 p. 549-553
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/11/20
    ジャーナル フリー
    ゼローダ(カペシタビン,Capecitabine)は,腫瘍選択的に5-FUを生成するようにデザインされたフルオロシチジン誘導体である.本薬は消化管より未変化体のまま速やかに吸収され,肝臓でカルボキシルエステラーゼ(CE)による加水分解を受け5'-deoxy-5-fluorocytidine(5'-DFCR)となる.次に主として肝臓や腫瘍組織に存在するシチジンデアミナーゼ(CD)により5'-deoxy-5-fluorouridine(5'-DFUR)に変換される.更に,腫瘍組織に高レベルで存在するチミジンホスホリラーゼ(TP)により活性体である5-FUに変換され抗腫瘍効果を発揮する.日本において行われた第2相臨床試験の一つは,ドセタキセルに無効となった進行·再発乳癌患者60例を対象として行われた.用法·用量は,カペシタビン1,657 mg/m2/dを1日2回に分けて,3週間連続経口投与し,1週間休薬する,を1コースとするレジメンである.その結果,評価可能の55例について奏効率は20.0%(1CR,10PR),無増悪期間の中央値は84日,生存期間の中央値は452日だった.第1相臨床試験および第2相臨床試験を通じて発現した主な副作用は,手足症候群(50.7%),赤血球減少(37.9%),白血球減少(33.0%),リンパ球減少(31.0%)等だった.カペシタビンは,進行再発乳癌における新たな治療選択肢として期待されている.
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