日本薬理学雑誌
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149 巻, 1 号
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特集 看護における薬理学教育を考える~薬物治療に強い看護師を育てるには~
  • 斉藤 しのぶ
    2017 年 149 巻 1 号 p. 4-8
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    平成27年4月現在,文部科学省所管の看護系大学は241校248課程である.看護系大学が増加の一途を辿る趨勢の中で,学士課程における教育の質保証は課題である.看護実践能力の育成は学士課程における人材養成の特徴の一つであり,平成23年には学士課程においてコアとなる看護実践能力と卒業時到達目標が策定されている.その中の一つである『健康レベルを査定する能力』など根拠に基づいた看護を提供する能力を修得するために,薬理学の知識を修得し,知識を活用して体内の内部環境の状態を見極めるという判断過程を辿る学習がどの程度,どのように教授学習されているかは,各大学の教育課程,教員体制に委ねられている.看護学の質保証という観点から,薬理学や解剖生理学,病態学といった専門基礎科目の教育については,今後検討すべき課題は多い.

  • 片野 由美
    2017 年 149 巻 1 号 p. 9-13
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    医療のめざましい進歩,高齢化社会の到来に伴い,看護師に求められる知識や技術は格段に高まっている.このような社会の要望に応えるべく,看護系大学の新設が進み,間もなく260校に達する勢いである.科学的根拠に基づいた実践能力,問題解決能力育成を目指して4年制教育にしたはずが,看護師不足もあり,看護系大学の教育環境は,臨床実践重視の傾向が顕著になっている.その結果,実習時間が増え,薬理学はじめ基礎科学教育環境は専門学校時代とほとんどかわらないか,むしろ減っている.数年に一度必ずといってよいほど,高濃度の塩化カリウムの静脈注射やインスリンの筋肉内注射など看護師による医療事故が起こり,教育機関や医療機関で努力はされていると思われるが,現実,これらの医療事故は,看護師の基礎科学教育の知識の欠如といっても過言ではない.このように,看護師による薬物関連事故が後を絶たないことを憂いながらも,薬理学を選択制にしている大学さえある.薬物治療に強い看護師育成のためには,正常な機能を営む生体のメカニズム,疾病の成り立ち,薬のもつ多様な作用とその機序の理解を徹底的に学習させるとともに,関連情報を繋げられるような教育が必要である.多くの看護系大学の薬理学講義のコマ数は15~16コマで,この時間では薬の主作用,副作用を教えるのが精一杯であろう.講義時間を増やすことが緊急の課題である.医療の基盤をなす基礎科学系教育の充実こそが薬物治療,実践に強い看護師育成につながるのだから.看護教育が4年制にシフトし20年以上経ち,看護系大学が増加し続ける今でも薬理学教育を医学部や薬学部等,他学部に依頼しているのが現状である.他学部出身者と同等かそれ以上の能力を持つことが前提であるが,そろそろ看護出身者の中から薬理学教育・研究を担当できる人材を育て,育ちつつある人材を受け入れる看護基礎科学教員のポジションの確保(専任の基礎科学担当教員を配置している看護系大学は極めて少ない),取り組みが看護に求められる課題でもある.

  • 山口 桂子
    2017 年 149 巻 1 号 p. 14-19
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    薬剤による治療や予防は,超高齢社会における人々のQOLの維持に大きな役割を果たしている.看護職は,医師からの薬物療法に関する指示が,適切に遂行され効果を発揮するまでの最終段階で,責任をもって見届ける役割を担うため,薬剤やその治療に関する正しい理解のもとで対象を支援する必要がある.しかし,昨今の看護学生の準備性の不足として,高等学校までの理系科目の学習不足が指摘され,薬理学に対する苦手意識,臨床実習における知識活用の困難性など,十分な理解がなされないまま看護職として就職していくことが危惧される.本稿では,今後の看護学生への薬理学教育の充実に向けて,看護系大学の置かれている社会的背景や教育上の課題について述べる一方,薬理学担当教員に対しては,学生の状況や能力に合わせた効果的な授業方法の模索や開発を期待すること,看護教員に対しては,その知識や技術の定着を図るための各看護学や臨地実習における授業方法の工夫について,それぞれ提言した.

  • 柳田 俊彦
    2017 年 149 巻 1 号 p. 20-25
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    1990年代後半から看護系大学の設置が進み,2016年度には日本看護系大学協議会(JANPU:Japan Association of Nursing Programs in Universities)加入校は254校にのぼり,今後もさらに増加する見込みである.卒前卒後の看護学教育における薬理学・臨床薬理学の重要性は言うまでもなく,認定看護師教育,専門看護師教育,さらには特定行為に係る看護行為の研修においても,臨床薬理学教育は,必須あるいは選択科目となっている.しかし,急激な看護系大学の増加に伴い,看護専門基礎教育(特に薬理学教育)や大学院教育に関わる教員の人材不足は否めない状況にある.多くの看護系大学において,薬理学を専門とする教員は不在となっており,学科外,あるいは学外に薬理学教育が依頼されている.一方,薬理学会からの視点でみると,これまでは,主に医師と薬剤師で構成されてきた薬理学の教育研究に,患者に直接与薬し,その治療効果,副作用を最も眼前で観察する存在である看護職が加わることは,教育研究の幅が広がり,より一層の発展が期待される.本稿では,新しい時代のニーズに対応する看護薬理学教育のあり方,特に「Patient-oriented Pharmacology」の概念に基づいた看護における薬理学教育について述べる.

特集 予測・意思決定・情動の脳内計算機構―セロトニン研究の新展開―
  • 大村 優, 吉岡 充弘
    2017 年 149 巻 1 号 p. 27-33
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    本稿では不安と恐怖それぞれの制御メカニズムについて,回路,受容体レベルで分離して理解できることを主に縫線核セロトニン神経に焦点を当てて概説する.ラット,マウスを用いた研究により,不安の制御は,「三角中隔核-内側手綱核のコリン作動性神経-脚間核-コルチコトロピン遊離因子受容体タイプ2を発現しない正中縫線核のセロトニン作動性神経」の回路が担っており,恐怖の制御は,「前交連床核-内側手綱核のサブスタンスP作動性神経-脚間核-コルチコトロピン遊離因子受容体タイプ2を発現する正中縫線核のセロトニン作動性神経-腹側海馬CA3領域に発現するセロトニン5-HT7受容体」の回路が担っていることが推定される.本稿で紹介した知見は,治療すべき対象が「不安」なのか「恐怖」なのかで治療法が明確に分かれうること,そして治療薬開発もそういった観点から進められるのが望ましいことを示唆している.

  • 宮崎 勝彦, 宮崎 佳代子, 銅谷 賢治
    2017 年 149 巻 1 号 p. 34-39
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    光遺伝学技術によって神経活動と生体機能の因果関係を調べることが可能となったが,神経修飾物質であるセロトニン神経系に対しては,セロトニンが行動,情動,認知などの多様な機能に関与しているものの,セロトニン神経活動がどのような機能に直接関与しているのかについてはいまだ不明な点が多い.筆者らはこれまでに行ってきた複数の動物実験の結果に基づき,セロトニンは将来の報酬のための待機行動を調節するという新たな提案をしている.この検証にあたり近年光遺伝学の研究手法を導入し,背側縫線核セロトニン神経の活性化が将来報酬を辛抱強く待つ行動を促進することを明らかにした.筆者らの結果は,セロトニンの神経活動は動物が将来獲得できる報酬を辛抱強く待つかそれとも諦めるかの意思決定過程に重要な役割を果たしていることを示唆している.

  • 中村 加枝, 林 和子, 中尾 和子
    2017 年 149 巻 1 号 p. 40-43
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    セロトニンは,ドパミンと並んで我々の精神機能を支えている重要なモノアミン系神経伝達物質である.しかし,その具体的な機能,特に報酬と罰のいずれの情報処理を担っているのかさえ不明であった.行動課題を行っている動物の脳から個々の神経細胞の発火パターンを記録する単一神経細胞外記録は豊富な情報をもたらす.そこで我々は,報酬獲得行動および古典的条件付け課題を行っているマカクサルにおいて,セロトニン細胞が多く分布する背側縫線核の単一神経細胞の発火を記録した.報酬を期待して行う眼球運動課題においては,背側縫線核細胞は,課題の遂行中その時々の期待される報酬価値を刻一刻と持続的に表現していることがわかった.さらに,嫌悪刺激情報処理への関与を明らかにするため,報酬および嫌悪刺激が与えられる古典的条件付け課題における背側縫線核細胞の神経活動を記録した.その結果,持続的・短期間両方の発火パターンが観察された.持続的な反応で,まず,「罰が与えられるかもしれない」情動的なコンテキストを表現していた.さらに,条件刺激への反応など短期的な反応は,ドパミン細胞と同様,報酬の確率や予測の程度に従って変化したが,罰についてはそのような反応の変化は稀であった.以上より,背側縫線核細胞は,持続的な情動の区別と,異なる情動下での報酬獲得行動の制御に必要なイベントの価値情報の表現の両方に関与していると考えられた.

  • 永安 一樹, 金子 周司
    2017 年 149 巻 1 号 p. 44-47
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    セロトニン神経は,黒質線条体路・中脳辺縁系のように投射元-投射先の関係が概ね1対1対応しているドパミン神経と異なり,多対多対応しており,このことがその機能解析の大きな足かせとなっている.本稿では,投射元の一つである背側縫線核に的を絞り,薬物の局所注入や,急性単離切片における電気生理学的解析,セロトニン神経機能をin vitroで解析できる縫線核脳切片培養系を用いて,治療抵抗性うつ病に対して治療効果を有する化合物が背側縫線核のセロトニン神経機能にどのような影響を与えるのかを概説する.その上で,うつ病や不安などの情動調節におけるセロトニン神経の機能を,神経回路レベルで解き明かすために今後必要となるであろうツールについても述べたい.

新薬紹介総説
  • 高橋 修哉, 堀江 利津子, 横山 由斉
    2017 年 149 巻 1 号 p. 49-58
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/01/01
    ジャーナル フリー

    マシテンタン(製品名:オプスミット®錠)はActelion Pharmaceuticals Ltd.において創製された新規エンドセリン受容体拮抗薬(ERA:endothelin receptor antagonist)であり,肺動脈性肺高血圧症(PAH:pulmonary arterial hypertension)を効能・効果として,米国において2013年10月,欧州において2013年12月,本邦においては2015年3月に製造販売承認を取得した新規ERAである.マシテンタンはエンドセリン(ET:endothelin)A及びB受容体の両方に対して親和性を有し,競合的な阻害作用を示すデュアル拮抗薬である.マシテンタンは肺高血圧症(PH:pulmonary hypertension)の動物病態モデルにおいて,肺動脈圧,肺動脈肥厚,右室肥大,線維化の抑制及び生存期間の延長効果等を示し,その効力は既存治療薬であるボセンタン(製品名:トラクリア®錠)に比べて強いことが確認されている.安全性面においては,既存治療薬の課題である肝障害,末梢性浮腫等の懸念が少なく,また薬物代謝酵素に対する影響も臨床上考えられないことから,多剤併用治療の機会が多いPAH治療において非常に使用しやすい薬剤である.マシテンタンの臨床試験成績として,PAH患者742例を対象にした第Ⅲ相プラセボ対照二重盲検比較試験(SERAPHIN試験:Study with Endothelin Receptor Antagonist in Pulmonary arterial Hypertension to Improve cliNical outcome)において,マシテンタンは主要評価項目として設定した「最初のmorbidity/mortalityイベントの発現までの時間」を有意に延長した.これまでPAH治療薬の主要評価項目として用いられてきた6分間歩行距離(6MWD:6-minute walk distance)は副次的評価項目としたが,マシテンタンは主要評価項目及び副次的評価項目ともにプラセボ群に比べて有意な改善効果を示し,加えて忍容性も良好であった.本邦においてはPAH患者30例を対象にした第Ⅱ/Ⅲ相オープンラベル試験を実施し,マシテンタンは主要評価項目である肺血管抵抗(PVR:pulmonary vascular resistance)をベースラインに比べて有意に改善した.以上,マシテンタンは非臨床試験において強力な効力を示し,臨床試験においてはPAH治療の真のエンドポイントであるmorbidity/mortalityイベントの発現リスクの低下を初めて立証した薬剤である.忍容性も良好であり,今後のPAH治療における新たな選択肢として極めて有用性の高い薬剤となることが期待される.

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