日本薬理学雑誌
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129 巻, 2 号
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特集:ストレスと生活
  • 二木 鋭雄
    2007 年 129 巻 2 号 p. 76-79
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    「ストレス」という言葉は,日常生活で身近によく使われている.一般にストレスという言葉はネガティブな意味が強く,生活にとって好ましくないものという響きがある.確かに,われわれの身の回りにある多種のストレスにより,からだやこころの健康が脅かされ,その結果,身体の不調,疾患へとつながっていくことが少なくない.しかし,近年の分子生物学の進展に伴い,われわれの生体には極めて精巧な防御システムが構築されており,ホメオスタシスを維持するためのシステム,仕組みができていることも分かってきた.ストレス,すなわち外からのシグナルを受けて,生体は巧みに応答する.場合によってはストレスをうまく利用して,生体を常によい状態に保つようにしている.多くのストレスが,時によってはよいシグナル,よいストレスとなることもある.言い換えると,ストレスがないこと,ストレスフリーの生活が本当にこころや身体にとっていいことなのかどうか,むしろ疑問である.もちろん,あるレベルを超えたストレスに対しては防御力,適応能力が対応できず破綻し,QOLの低下を招くと考えられる.如何にして,少々のストレスにはうまく適応できるような状態に保つようにしているかが肝要であると言えよう.
  • 山口 昌樹
    2007 年 129 巻 2 号 p. 80-84
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    厚生労働省の人口動態統計資料によると,1977年から1997年までは年間20,000-25,000人で推移していた自殺者数は,1998年に一気に年間3万人を越え,それ以降3万人前後で推移している.このことからも,自殺に至る一因であるストレスが原因の神経精神疾患は,既に深刻な社会問題となったことが窺われる.さらに,ストレスは,神経精神疾患以外にも生活習慣病など様々な疾患の引き金のひとつと考えられている.そこで,ストレスの状態を遺伝子レベルで診断し,疾患の予防や治療につなげようとする試みが始まっている(1).これは,慢性ストレスの検査と言い換えることができよう.一方で,疾患の前段階,すなわち人が日常生活で感じているストレスの大きさを客観的に把握する試みもなされている.その目的のひとつは,自らのストレス耐性やストレスの状態をある程度知ることによって,うつ病や慢性疲労症候群などの発症を水際で食い止めようという予防医療である.もうひとつは,五感センシングが挙げられる.独自の価値観で快適性を積極的に追求する人が増えてきており,それと呼応するように,快適さを新しい付加価値とした製品やサービスが,あらゆる産業分野で創出されている(2).消費者と生産者の何れもが,味覚や嗅覚を定量的に知ることよりも,それらの刺激で人にどのような感情が引き起こされるかということ(五感センシング)に興味がある.これを可能にするためのアプローチのひとつが,唾液に含まれるバイオマーカーを用いた定量的なストレス検査である.これらは,急性ストレスの検査が中心的なターゲットといえよう.ストレスとは,その用語が意味する範囲が広く,研究者によっても様々な捉われ方,使われ方がなされていることが,かえって混乱を招いているようだ.代表的な肉体的ストレスである運動とバイオマーカーの関係については,これまでに様々な報告がなされている(3).筆者が注目しているのは,主として精神的ストレスであり,人の快・不快の感情に伴って変動し,かつ急性(一過性)もしくは慢性的に生体に現れるストレス反応である.ここでは,唾液で分析できるバイオマーカーを中心に,このようなストレス検査の可能性について述べてみたい.
  • 野口 範子
    2007 年 129 巻 2 号 p. 85-88
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    われわれヒトを含め地球上の生物は,常に活性酸素やフリーラジカルによる酸化傷害の危険にさらされてきた.それにもかかわらず,発展することができたのは,酸化ストレスに対する防御機構を獲得したためと考えられる.防御機構の構築およびその維持は,細胞の遺伝子発現の調節によってなされてきた部分が大きい.生物が酸素を使って生命を維持するうえで,活性酸素やフリーラジカルの生成は避けることができない.これらの活性種は,細胞を構成する脂質,タンパク質,核酸などを酸化し,様々な酸化生成物を与える.酸化生成物による遺伝子誘導を解析することによって,これまで細胞毒性の強い物質として報告されていたものが,様々な細胞防御遺伝子の発現誘導能をもつことがわかってきた.また,放射線は生体に傷害を与えることが知られているが,高線量で暴露する前に低線量で処理しておくと,傷害が抑制されることが報告されている.これはホルミシス現象と呼ばれるものであるが,同じことが脂質酸化物による細胞傷害の防御能亢進に適用できることが証明されてきた.つまり,低濃度の細胞毒性の強い脂質酸化生成物で細胞を前処理しておくと,それに続いて高濃度でひきおこされる細胞傷害を軽減することができる.そのメカニズムは脂質酸化生成物の種類によって異なるが,一部は転写因子Nrf2で制御される細胞防御酵素の発現誘導によることが証明されている.また,詳細は明らかではないが,Nrf2非依存的に細胞防御系が亢進するメカニズムが存在することも示唆されている.
  • ~細胞がストレスを感じる仕組みと疾患~
    一條 秀憲
    2007 年 129 巻 2 号 p. 89-93
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    ストレス応答機構の破綻は様々な疾患の発症原因となるが,多様な環境ストレスに対するセンサーの実体ならびにシグナル伝達機構については不明な点が多い.我々は,ストレス応答性MAPキナーゼタンパク質群の解析を通じて,ストレスの受容・認識ならびにシグナル伝達機構を解明しようとしている.特にASKファミリーの解析を軸として,他のMAP3Kファミリー分子群についてもその結合タンパク質解析を行い,酸化ストレス,浸透圧ストレス,小胞体ストレス,細菌感染等に対する新たなストレス応答機構が徐々に解明されつつある.またこれらのシグナル系が,炎症,がん,神経変性などの発症に深く関与することも明らかになり,ストレス応答研究の成果が全く新しい創薬基盤の開発へと発展しつつある.
  • 渡辺 恭良
    2007 年 129 巻 2 号 p. 94-98
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    疲労感・倦怠感は,我々が日常的に経験している感覚であり,発熱,痛みとともに,身体のホメオスタシス(恒常性)の乱れを知らせる三大アラーム機構の1つである.疲労は,万人にとって非常に身近な問題であり,ストレス過多の現代社会に生きる私たちの中で慢性疲労に悩んでいるヒトが40%近くを占めるにもかかわらず,科学的・医学的研究はこれまで断片的であった.我々は,ストレスの過重蓄積によって陥る状態を疲労と定義している.ここ数年で,生活習慣病をはじめとする疾患の予防医療・予知医療の発展とともに,このような前病状態(未病ともいわれる)に如何に対処するかという気運が高まり,「疲労の科学」に目を向けられるに至った.多忙なスケジュールに振り回されている状況を回避することが困難な我々21世紀の住人にとって,如何に疲労に対処し回復策を探り過労に陥らないように知恵を絞るかが求められている.文部科学省・科学技術振興調整費による疲労研究班[生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(平成11-16年度,研究代表者:渡辺恭良)]では,これまでに知られてきた断片的な疲労の分子・神経メカニズムの研究結果を統合し,脳機能イメージングや遺伝子解析などの新しい方法論も取り入れて「疲労」と「疲労回復・予防」についての研究を深めてきた.ここでは,ストレスの人体への影響と大きな関連性を持つ「疲労の神経メカニズム」についての研究の現状についての情報を提供したい.また,2004年夏からは,文部科学省の21世紀COEプログラム革新的学術分野に我々大阪市立大学が申請した「疲労克服研究教育拠点の形成」が採択された(拠点リーダー:渡辺恭良).現在,COE拠点を挙げて,疲労の基礎・臨床研究と抗疲労食薬・環境開発プロジェクトを進めており,現時点での成果についても述べたい.
  • 有田 秀穂
    2007 年 129 巻 2 号 p. 99-103
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    ストレス状態は視床下部・下垂体・副腎皮質軸および交感神経アドレナリン系の亢進に特徴づけられる.ストレスを緩和させるには,これらの制御系の働きを逆転させる必要がある.ストレス回避や安静・睡眠は消極的な方法である.一方,積極的な制御系の逆転は,涙を流すことである.流涙は,脳幹の上唾液核にある副交感神経の過剰な興奮によって誘発される.ドラマを見たり,心理療法を受けて,涙が溢れるとき,共感に関与する内側前頭前野において,特徴的な血流変化が認められる.予兆としての緩やかな血流増加と,それに続く一過性の急峻な血流増加がある.後者が出現すると,激しい涙と泣きが継続し,一時的に自己制御できなくなる.自律神経のバランスは,覚醒状態にありながら,極端な副交感神経の興奮状態にシフトする.この時,POMS心理テストでは混乱の尺度が著明に改善し,すっきり爽快の気分が現れる.すなわち,ストレス緩和の神経回路の存在が予想される.このデータを笑いのデータと比較し,涙の効用を議論する.
総説
  • 藤本 絵里子, 矢野 友啓, 上野 光一
    2007 年 129 巻 2 号 p. 105-109
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    腎臓癌は手術療法以外の有効な治療法がないため,転移例や進行性腎臓癌の治療は免疫療法(IFN-α,IL-2)が中心である.しかし,その奏効率は概ね15%前後と低く,決して満足できるものではない.したがって,これまでとは全く機序を異にする治療法の開発が望まれている.そこで我々が注目したのがコネキシン(Cx)遺伝子である.Cx遺伝子は細胞特異的に発現し,ギャップ結合を形成,GJIC(gap junctional intercellular communication)の機能を介して細胞の分化誘導を行い,癌抑制遺伝子として機能していることが報告されている.また,近年,Cx遺伝子はGJICに非依存的な癌抑制作用も併せ持つことが明らかとなった.そこで我々は,Cx遺伝子の転移性腎臓癌における癌抑制機能を解明し,Cx遺伝子の癌抑制機能に立脚した転移性腎臓癌に対する新たな治療法確立の可能性を探ることを目的として,種々の検討を行った.その結果,腎臓癌発生に伴って特異的に発現抑制されるCx遺伝子として,Cx32が特定された.また,Cx32は,Src-STAT3-VEGF経路を阻害することにより腎臓癌の進行・転移に関わる悪性形質を制御し,転移性腎臓癌において癌抑制遺伝子として機能することが示唆された.さらに,腎臓癌におけるCx32の発現抑制は,Cx32遺伝子のプロモーター領域にあるCpGアイランドのメチル化に起因することが示された.以上のことから,Cx32遺伝子の導入またはDNA脱メチル化剤によるCx32の再発現は,転移性腎臓癌における新たな治療法の確立へとつながる可能性が示唆された.
治療薬シリーズ(12)抗てんかん薬
  • 三浦 義記
    2007 年 129 巻 2 号 p. 111-115
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    これまで数多くの薬剤が抗てんかん薬として研究開発され,種々の発作タイプに有用性を発揮している.これらの創薬初期段階では殆んどのケースでゴールドスタンダードと称される動物モデルを用いた評価によりその活性が見出されてきたが,そのような一元的な活性の検出でありながら,薬剤毎にそれぞれ独自の顔を持ち,新たな有用性が示唆されている.また,新規な標的分子の発見など作用メカニズム解析でも興味ある知見が得られているところから,近年話題性のある幾つかの化合物例について新たな機序を含めた作用プロフィールを紹介した.更に,抗てんかん薬の創薬研究における最適化手段として動物モデル評価の位置付け,意義などを考察すると共に,本研究領域において今後期待される研究課題を展望した.
  • 植田 勇人
    2007 年 129 巻 2 号 p. 116-118
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    欧米の抗てんかん薬の臨床開発事情から10数年の遅れをとり,我が国でもここ数年以内にトピラメイト,ラモトリジン,レベチラセタムなどの上市をみる予定である.2006年には既にガバペンチンが上市された.いずれも他剤との併用療法使用に限られるが,それぞれが有する抗てんかん作用機序が異なるため,従来の抗てんかん薬に難治性を示してきたてんかん性病態に対しての多角的なアプローチが可能で,多くの奏功事例を産むことが強く期待される.ここでは,すでに海外で報告されている新規抗てんかん薬の副作用や従来薬との相互作用などに触れながら,薬物治療の将来展望に言及する.
創薬シリーズ(1)標的探索
  • 鴇田 滋
    2007 年 129 巻 2 号 p. 119-123
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    ヒトゲノムプロジェクト完了に伴う遺伝子情報の増大により,新薬開発の方向性およびプロセスは大きく様変わりしてきている.このような状況の中,遺伝子情報からもたらされる多くの候補の中から,いかに迅速に“創薬ターゲット”を同定することができるか否かが創薬での大きな課題となってきている.そのため,創薬ターゲットの妥当性の薬理評価に重要な,いわゆる“ツール化合物”の同定が重要な因子となって来るが,市場の薬剤の30%を占めるGタンパク質結合型受容体(GPCR)をターゲットとする分野では,新しいスクリーニング技術などの開発により,短期間でのリード化合物の同定が可能となってきている.一方,これまでは困難とされていた高分子タンパク質相互作用を直接阻害する薬剤の同定・開発も可能となり,従来の“創薬ターゲット”からも広がりを見せている.更に,既存の生物製剤に加えて受容体をターゲットとした抗体や新たな薬剤送達システムを用いたペプチド製剤の開発,およびRNAi技術を用いて遺伝子発現を直接制御するような新しいタイプの薬剤も進められている.本稿では,最近の創薬ターゲットの同定に関する動向を,GPCRターゲットに関する情報を例に紹介する.
  • ─ケミカルバイオロジーの応用と展開─
    原村 昌幸
    2007 年 129 巻 2 号 p. 124-128
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    ヒトゲノムの解析が終了した後,ポストゲノム研究の中心として,プロテオミクス研究が急速に発展を遂げてきた.このプロテオミクスの発展は,微量タンパク質の測定を可能にした質量分析技術の進歩によるところが大きい.病態サンプルなどの生体中のタンパク質の変化を捉えることにより,生命現象の仕組みを知るための多くの情報を提供してきた.そういった複雑な生体システムの中から,創薬のターゲットとなる創薬標的分子を見つけだす方法として,低分子化合物を利用して生物の仕組みを解明するケミカルバイオロジーの応用が注目されている.特に,低分子化合物をプローブとするAffinity Chromatography法は,低分子医薬品の開発に直接繋がるものとして,今後さらに発展してゆくものと考えている.
新薬紹介総説
  • 馬庭 貴司, 山本 寛
    2007 年 129 巻 2 号 p. 129-134
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/02/14
    ジャーナル フリー
    アムビゾームは,現在でも深在性真菌症治療のgold standardとされているアムホテリシンB(AMPH-B)の優れた抗真菌活性を維持しつつ,副作用を低減させたリポソーム製剤である.本剤はリン脂質およびコレステロールで構成された単層膜リポソームの脂質二重膜にAMPH-Bを保持した製剤である.アムビゾームは深在性真菌症の主要起炎菌である,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属を始めとする各種真菌に対し,幅広い抗真菌活性を示し,その作用は殺菌的であった.また,アムビゾームは各種真菌感染モデルにおいて,既存のAMPH-B製剤(d-AMPH-B)と比較して,優れた感染防御効果ならびに治療効果を示した.海外臨床試験において,d-AMPH-Bで問題とされる投与時関連反応や腎障害の発現を有意に減少させ,臨床においても本剤のコンセプトが証明された.国内第II相臨床試験においても,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属による深在性真菌症に有効であり,他剤無効例に対しても効果を示した.また,臨床的に大きな問題となる副作用は認められず,長期間の投与が可能であった.d-AMPH-Bでは累積投与量が5gを超えると不可逆的な腎毒性の発現が懸念されるが,アムビゾームでは総投与量の大幅な増大が可能であった.血中のAMPH-Bの存在形態を検討したところ,遊離型として存在しているAMPH-Bは平均値で0.8%と低く,そのほとんどがリポソームに保持されており,血中でアムビゾームは安定に存在していた.以上より,アムビゾームは深在性真菌症治療に新たな選択肢になると考えられた.
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