日本薬理学雑誌
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137 巻, 4 号
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特集 中枢神経摂食制御の分子メカニズム
  • 前島 裕子, Sedbazar Udval, 岩崎 有作, 高野 英介, 矢田 俊彦
    2011 年 137 巻 4 号 p. 162-165
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    近年,世界中で肥満人口が増加し,深刻な健康上の問題となっている.肥満は摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ることで生じるが,過食はその最大の原因である.近年中枢における摂食調節メカニズムの研究が進展し,レプチン,アディポネクチンなどのアディポサイトカイン,グレリンなどの消化管ホルモンが中枢作用により摂食調節に関わることが分かってきた.2006年にnesfatin-1が新規満腹因子として発見され,その後5年が経過し,その摂食抑制メカニズムの解明が進み,さらに血圧・ストレスなどにおける新たな機能も明らかになりつつある.Nesfatin-1は多くの摂食関連神経核に分布しているが,特に視床下部室傍核のnesfatin-1が生理的な摂食制御に関与しており,室傍核においてnesfatin-1はオキシトシンニューロンの活性化と分泌を促し,オキシトシンはその投射先の延髄の孤束核プロオピオメラノコルチン(POMC)ニューロンを介して摂食を抑制することが明らかになった.この室傍核nesfatin-1/oxytocin→脳幹POMC系はレプチン抵抗性の動物においても正常に作動することから,レプチン抵抗性を呈する場合が多いヒト肥満への治療応用が期待される.またnesfatin-1は末梢組織である脂肪,消化管,膵臓等に分布すること,末梢投与nesfatin-1も摂食を抑制することが報告されており,末梢組織由来nesfatin-1の摂食その他の機能の解明は今後の重要な課題である.
  • 樋口 宗史, 椎谷 友博, 村瀬 真一
    2011 年 137 巻 4 号 p. 166-171
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    ニューロペプチドY(NPY)を含む視床下部神経ペプチド群は中枢性摂食制御に重要な役割を持ち,そのうちNPYが最も強い摂食誘導作用を持っている.NPYは末梢からの情報を入力する弓状核(ARC)に存在するNPY神経で主に合成され,その神経の多くは同様の摂食誘導作用を持つAgRPと共存し,視床下部室傍核(PVN)などに線維連絡している.ARCからの神経投射を受けるPVNではY1,Y2,Y4,Y5受容体を含み,摂食の統合中枢として知られている.しかし,これまでのNPYノックアウト,Y1,Y5受容体ノックアウトマウスの発現系では摂食行動,体重に変化がないか,逆に肥満が発症するので,何らかの代償機構が存在していた.この機構がノックアウトマウスによる発育障害の可能性を除くために,NPY,Y1-Y5受容体mRNAを成体脳内で長期にノックダウンするsiRNAベクターを用い,視床下部神経核(特にARCとPVN)でのNPY,Y受容体サブクラス(Y1,Y2,Y4,Y5)の生理的機能を確かめた.siRNAベクターは脳内1回投与で1週間以上,局所でのY受容体サブタイプmRNAとその発現タンパク質を著しく減少させた.NPY siRNAベクターはARCに注入した時のみ,摂食行動と体重を著しく減少させたが,RVNでは症状を示さなかった.一方,NPY Y1あるいはY5受容体ノックダウン用siRNAベクターは逆にPVNに注入した時のみ,有意な摂食行動と体重の減少を生じた.Y1およびY5受容体siRNAベクターは併用すると相加効果が得られた.Y2,Y4受容体siRNAベクターは神経下部諸核では症状を示さなかった.このように,成熟マウス脳内ではPVNのY1とY5受容体がNPYの摂食誘導作用に主たる働きを示しており,Y受容体サブクラスの摂食行動への作用の部位選択性と成体脳での代償機構の存在が示された.
  • 箕越 靖彦
    2011 年 137 巻 4 号 p. 172-176
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    AMPキナーゼ(AMP-activated protein kinase: AMPK)は,酵母から植物,哺乳動物に至るほとんどの真核細胞に発現するセリン・スレオニンキナーゼである.AMPKは,細胞内エネルギーレベルの低下(AMP/ATP比の上昇)およびAMPKKによるリン酸化によって活性化し,代謝,イオンチャネル活性,遺伝子発現を変化させてATPレベルを回復させる.このことからAMPKは, “metabolic sensor” または “ fuel gauge” と呼ばれている.また,近年の研究により,AMPKは,メトホルミンなどの糖尿病治療薬,運動,レプチンやアディポネクチンなどのホルモン,自律神経によって活性化して,糖・脂質代謝を調節することが明らかとなった.さらに,視床下部AMPKが摂食を調節することも示された.AMPKは,様々なイオンチャネル活性を制御するとともに,遺伝子発現を調節する.従って,これらの機能を介して神経活動を制御し,摂食を調節することが考えられる.しかし,最近の研究によると,AMPKが末梢組織と同様に,神経細胞においても脂肪酸代謝を変化させ,これを介して摂食を調節することが明らかとなった.視床下部AMPKは,栄養素やホルモン,神経伝達物質からの情報を,神経細胞内での代謝変化などを介して統合し,摂食行動を制御している.
総説
  • 藤野 裕道, 村山 俊彦
    2011 年 137 巻 4 号 p. 177-181
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は,最も多用されている薬物の1つであり,解熱鎮痛や抗炎症作用に加えて,結腸がんなどの治療および予防にも使用されている.代表的なNSAIDであるインドメタシンは,その強力な作用により,しばしば副作用を引き起こすことが知られており,治療上の使用は限られている.しかしながらインドメタシンの副作用は,NSAIDの主作用であるシクロオキシゲナーゼ(COX)活性阻害作用以外にも,別の作用メカニズムに起因する可能性が考えられる.我々はこれまでに,誘導型COXであるCOX-2およびその代謝産物であるプロスタグランジンE2(PGE2)を産生していないLS174Tヒト結腸がん細胞を用いて,インドメタシン処理により,EP2受容体の発現を抑制することや,アラキドン酸の取り込みを抑制することを見いだした.このLS174T細胞におけるアラキドン酸の取り込みは,インドメタシン処理において濃度依存的に抑制されたが,アスピリンやジクロフェナクあるいはスリンダクなどのNSAID処理では引き起こされなかった.またこの時,インドメタシン処理濃度依存的に,脂肪酸取り込みに関与する因子であるfatty acid translocase(FAT)/CD36の発現も減少した.さらにFAT/CD36の発現を調節しているペルオキシソーム増殖剤応答性受容体γ(PPARγ)の発現も減少していることも明らかとなった.アラキドン酸はPGE2を含む炎症性メディエーターであるエイコサノイドの主要な基質であることが知られている.すなわちインドメタシンを含むNSAIDは,COX阻害作用に加えて,COX阻害非依存的な作用機序による,新たな抗炎症・抗がん薬へと応用できるのではないかと期待される.
実験技術
  • 池本 文彦, 金村 聖志
    2011 年 137 巻 4 号 p. 182-184
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    薬物のなかには塩酸塩など,水に溶解してイオン性を有するものが多いが,イオン化した状態で経皮的に薬物を投与する場合,イオンが有する電荷を輸送駆動力として利用できる.つまり,皮膚を介して発生する,あるいは発生させた電位差を利用して薬物を皮膚から体内に送達する方法である.そのような手法としてイオン性薬物によるイオン勾配を駆動力にしたアイオニックパッシブと,古くから知られているイオントフォレーシスがある.これらの理解には電気化学的なイオン輸送現象の基礎知識が必要であり,特に拡散を基本に考えてきたこれまでの物質輸送理論系とは異なり,イオン化した状態での薬物の経皮投与と考えることが必要となる.この技術の一部はすでに薬理学実験での薬物投与のレベルから臨床試験のレベルに達しており,拡散電位や輸率と呼ばれるイオン特有の概念を経皮吸収理論に取り入れることにより,新しい考え方に基づく製剤設計が可能となってきた.
創薬シリーズ(5)トランスレーショナルリサーチ(18)
  • 田中 喜秀, 脇田 慎一
    2011 年 137 巻 4 号 p. 185-188
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    ストレス適応障害,うつ病,慢性疲労症候群など,精神的ストレスに起因する疾病が社会問題化している.ストレス診断やメンタルヘルス対策では,問診や質問表という心理面からのストレス評価が中心であり,ストレスや疲労の定量化・指標化が強く求められている.ストレス研究の歴史は古いが,ヒトを対象とした被験者実験の多くは,急性の精神的ストレスを対象に実施されてきた.慢性ストレスや精神的疲労の研究が精力的に行われるようになったのは最近のことであり,ストレスと疲労のバイオマーカーとして確証が得られたものはまだ存在しない.そこで,ストレス評価法の現状を紹介するとともに,指標として期待されるバイオマーカー候補を紹介する.
新薬紹介総説
  • 廣内 雅明, 田中 麻美子, 西村 健志
    2011 年 137 巻 4 号 p. 189-197
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/04/11
    ジャーナル フリー
    トラマール®カプセル25 mg・50 mg(有効成分:トラマドール塩酸塩)は,「軽度から中等度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」の効能・効果で2010年7月に承認された.トラマドール塩酸塩はμ-オピオイド受容体を介する作用,ならびにノルアドレナリンやセロトニンの再取り込み系を抑制する作用を有し,これらが抗侵害作用の主たる作用機序と考えられている.軽度から中等度のがん疼痛患者を対象とした臨床試験において,トラマドールは100~300 mg/日の用量範囲で鎮痛効果を有した.また,トラマドール100~300 mg/日のモルヒネに対する効力比は0.200であり,モルヒネ等の強オピオイド鎮痛薬に変更する際には,トラマドールの定時投与量の1/5用量がモルヒネの初回投与量の目安となることが示唆された.さらに,トラマドールが長期にわたり疼痛制御が可能であることを確認するとともに,依存性形成を疑わせる結果は認められなかった.安全性についてはレスキュー・ドーズを含めて400 mg/日までの忍容性を確認した.トラマドールの副作用発現率は,モルヒネに忍容性のある患者を対象とした第III相二重盲検クロスオーバー試験では,モルヒネに比して差はなかったが,オピオイド鎮痛薬未投与の患者を対象とした第III相二重盲検並行群間比較試験では,モルヒネに比して低く,主な副作用は便秘,悪心,傾眠ならびに嘔吐であった.このうち,便秘の発現率およびその程度はいずれもモルヒネより低かった.以上の事から,トラマドールは非オピオイド鎮痛薬では鎮痛効果不十分ながん疼痛患者にオピオイド鎮痛薬による治療を開始する際の導入薬として,治療上の新たな選択肢の1つになることが期待される.
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