心筋や骨格筋には,細胞膜と筋小胞体が近接する結合膜構造が存在する.細胞膜上のL型カルシウムチャネル(LTCC)と筋小胞体膜上のリアノジン受容体は,この部位に集積し機能的複合体を形成している.これらのイオンチャネルの結合膜構造への集積は,正常な興奮収縮連関に必要不可欠であるが,その機構の詳細は不明である.結合膜構造を維持する分子として,ジャンクトフィリン(JP)が知られている.JPには4つのサブタイプが存在し,骨格筋にはJP1とJP2が,心筋にはJP2が発現している.本研究ではLTCCの局在や機能におけるJPの役割について検討を行った.骨格筋芽細胞由来の筋管に,JP1のC末端欠失変異体(JP1ΔCT)を導入すると,LTCCの結合膜への集積が阻害された.また,免疫沈降法,プルダウンアッセイを行い,LTCCのポアを形成するCaV1.1(別名:α1S)サブユニットのC末端とJPが物理的に結合していることを明らかにした.さらにアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いてJP1ΔCTをマウス筋に発現させると,LTCCの細胞内局在の異常,細胞内Ca2+上昇の抑制,筋収縮力の低下が認められた.次に,類似の方法で心筋におけるJPの役割を検討した.JP2のC末端欠失変異体をマウス心筋に強制発現すると,心重量の増加,左室内径短縮率の有意な低下が認められた.単離心筋細胞を用いた検討では,細胞内Ca2+上昇の抑制が認められた.また,免疫細胞染色によりLTCCについて検討を行ったところ,コントロールと比較して表面細胞膜により多く局在していた.以上より,横紋筋においてJP変異体はドミナントネガティブ様の作用を示し,LTCCの正常な細胞内局在を阻害することで,Ca2+代謝や筋収縮力の低下を誘導することが示された.このことから,横紋筋におけるJPとLTCCの物理的な結合が,正常な筋収縮に重要な役割を果たしていることが示唆された.
これまで骨格筋の機能測定には,試験管内で筋収縮力を測定する手法が広く用いられてきた.しかしながら,収縮時の外部環境が生体内とは大きく異なること,および血流による物質運搬がなされないことなどから,試験管内で筋収縮力を測定することに疑問が呈され始めている.この問題を解決するために,我々は,生体内筋収縮とメカニカルスキンドファイバー(mechanically skinned fibre:MSF)を組み合わせた筋機能の評価方法を確立してきた.この方法では,生体内での筋収縮力を測定した後,主動筋からMSFを作製し,細胞内小器官の機能測定を行う.この方法によって,試験管内での評価系の欠点を克服できるだけでなく,生体内での筋収縮力変化の原因を詳細に検討できる.本総説では,試験管内で筋収縮力を測定することの欠点とその理由について概説し,我々が確立してきた評価系について議論する.
骨格筋のCa2+放出チャネルである1型リアノジン受容体(RyR1)は,骨格筋の興奮収縮連関時に筋小胞体からCa2+を放出する重要な役割を果たしている.RyR1の遺伝子変異は,過剰にチャネルを活性化して悪性高熱症(MH)を惹き起こし,一部の重度熱中症にも関与している.1960年代に開発されたダントロレンは,唯一承認されている治療薬である.しかし水溶性が非常に悪く,血中半減期も長いという欠点がある.そこで我々は,オキソリン酸誘導体のRyR1阻害物質である6,7-(methylenedioxy)-1-octyl-4-quinolone-3-carboxylic acid(化合物1,Cpd1)を開発した.Cpd1の治療効果を調べるため,新規MHモデルマウス(RYR1-p.R2509C)を作出し,イソフルラン吸入麻酔により誘発されたMH症状がCpd1投与により改善されることを明らかにした.また,このマウスは外気温の上昇による熱中症を引き起こしたが,Cpd1の投与は熱中症に対しても延命効果を示した.さらに,Cpd1は水溶性が高く,血中半減期が短いことが明らかとなり,ダントロレンの欠点を大きく改善した.本稿では,新規MHモデルマウス(RYR1-p.R2509C)と,Cpd1の治療効果を中心に概説する.
骨格筋は筋線維とよばれる多核の細胞が束となり集まった,我々の体で最大の臓器である.骨格筋は運動,代謝,嚥下・呼吸などの生命活動を担っており,さらに内分泌器官としても注目を集めている.骨格筋は「再生能」と「適応能」の二つの能力を備えており,これらメカニズムの理解は遺伝性筋疾患,加齢性筋萎縮などの筋疾患治療法の開発に資するため,その解明を目指した研究が世界中で活発に行われている.この二つの能力と密接に関わるのが,骨格筋固有の幹細胞―筋サテライト細胞―である.筋サテライト細胞は他の組織幹細胞同様に,定常状態では,休眠状態で維持されている.しかし,筋線維が損傷を受けると活動期に入り,新しい筋線維を再構築することで骨格筋組織を再生する.一方,筋力トレーニングなどの物理的な骨格筋への負荷でみられる筋肥大は「適応能」の一つであり,筋サテライト細胞は筋線維に新しい核を供給することで筋肥大に寄与する.再生過程における筋サテライト細胞の研究に比較して,筋肥大時における筋サテライト細胞の動態についてはあまり研究がすすんでいない.その一つの理由が,肥大筋固有の筋サテライト細胞の制御機構が解明されていなかったためである.また,物理的刺激以外にもドーピングのような薬物やホルモン,マイオスタチン阻害が筋肥大を誘導することが知られており,これら筋肥大における筋サテライト細胞の必要性,すなわち筋線維核数の増加の必要性が注目を集めている.本総説では,我々が明らかにした肥大筋固有の筋サテライト細胞の増殖機構を紹介し,運動負荷・薬物などによる筋肥大メカニズムと筋サテライト細胞の関与について概説する.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は全世界に拡散し,SARS-CoV-2による感染症COVID-19でパンデミックに陥った.現在でも日本国内においても患者数の増加が認められている.ドラッグリポジショニングにより使われる医薬品は既にヒトでの安全性や薬物動態等の試験が済んでいることから,いくつかの開発試験をスキップでき,また薬剤の製造方法が確立済みの状況から開発期間の短縮・研究開発コストを低減できる.よって,パンデミックの初期制圧を目指すためにはドラッグリポジショニングの手法は試すべき方法のひとつであろう.国内でも現在までにドラッグリポジショニングを利用した研究開発が行われていることが公表されている.既に日本国内でCOVID-19治療薬とされているもの,および今後も期待されている候補を紹介する.
レムデシビルは米国Gilead Sciences社(以下,ギリアド社)が開発した,ウイルスのRNA合成を阻害する直接作用型抗ウイルス薬である.コロナウイルスを含む一本鎖RNAウイルスに対し,細胞培養系及び動物モデルにおいて抗ウイルス活性を示すことが明らかになっており,2015年からエボラウイルス感染症の治療薬として開発が進められてきたが,これまでいずれの国でも承認されたことはなかった.2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,発熱,咳,呼吸困難などを主な症状とする呼吸器疾患である.重症例では重篤な肺炎や多臓器不全を引き起こし,死に至る可能性がある.米国ギリアド社は中東呼吸器症候群(MERS)及び重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす一本鎖RNAコロナウイルスであるMERS-CoV,SARS-CoVに対し,in vitro及びin vivoでの抗ウイルス活性が認められていたレムデシビルを候補薬として,COVID-19治療薬の開発に着手した.COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2に対するレムデシビルの抗ウイルス活性がin vitroで確認されたことにより,2020年2月から臨床試験を開始した.米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)及び米国ギリアド社が実施した臨床試験,人道的見地から行われた投与経験の結果を受け,わが国でも「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)に基づく特例承認制度により,2020年5月7日に「SARS-CoV-2による感染症」を効能又は効果として特例承認に至った.本稿では,レムデシビルの開発の経緯,作用機序,及びその臨床成績の概要について解説する.
エリトランは,エンドトキシンの活性本体であるLipid Aの化学構造アナログで,天然物有機合成技術を駆使した,エーザイ創製のToll様受容体(TLR)4拮抗剤である.重症敗血症の治療薬として開発され,大規模な臨床第Ⅲ相試験を含む14の臨床試験でその安全性プロファイルが確認されている.我々は,エリトランによる新型コロナウイルス感染症に対する治療薬開発を目指す国際的ネットワークRandomized, Embedded, Multi-factorial, Adaptive Platform-Community Acquired Pneumonia COVID(REMAP-CAP-COVID)に参画した.2020年10月に,新型コロナウイルスの感染が確認され,入院中かつ症状が進行している患者様を対象とした国際共同臨床試験の最初の患者様が登録された.新型コロナウイルス感染症による肺炎等の重症化への関与が示唆されているサイトカインストームの原因となる複数のサイトカイン産生に関与するシグナル最上流のTLR4の活性化をエリトランにより阻害することで,患者様のサイトカインストームへの移行を抑制し,肺炎の重症化を防ぐことが期待される.一方,E6011はカン研究所にて創製された世界で唯一のヒト化抗フラクタルカイン(FKN)モノクローナル抗体である.E6011は,局所炎症応答に重要なCD16陽性単球(FKN受容体CX3CR1を高発現する細胞集団)の血管内皮細胞への強固な結合を阻害することにより,COVID-19における血管障害の形成と増悪を抑制することが期待される.
世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をパンデミック(世界的大流行)と認定してから1年以上が経過した.いまだ有効な治療薬は限られており,その開発は世界中で喫緊の課題となっている.このような状況において,我々が独自に開発した人工知能(AI)システムConcept Encoderは,創薬プロセスを劇的に加速しつつある.Concept Encoderはライフサイエンス領域に特化したAIであり,膨大な文献情報の中から疾患と遺伝子の関係を学習している.そして,現時点では明らかになっていない疾患と遺伝子の関連の強さを予測し,原因性因子なのか応答性因子なのかといった疾患と遺伝子の関係性についても予測することができる.さらに,分子間相互作用や酵素基質の関係等の分子と分子の関係についても学習しており,原因性因子と応答性因子の間をつなぐ分子を網羅的に探索し,疾患の分子ネットワークの全体像を明らかにしている.我々は,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の遺伝子のいくつかに着目してCOVID-19治療薬の研究を進めており,本稿ではそのうちのひとつであるORF8に関する解析の一端を紹介する.
薬物誘発性心毒性は依然として主要な懸念事項となっており,安全性に優れたプロファイルを有する医薬品の創出において,心血管系の機能的及び構造的変化の両面からの非臨床での統合的リスク評価が強く求められる.安全性薬理試験では全身血圧,心拍数,及び心電図が主な評価項目となっているが,ICH S7Aガイドラインで言及されている心拍出量及び心室収縮性などの直接的な心機能評価も望まれる.臨床病理及び病理組織学的検査などにより構造的変化を検出する一般毒性試験が重要であることは言うまでもないが,ヒトへの外挿性の高いトランスレーショナルバイオマーカーやメタボロミクス解析も有用な知見を与える.本稿では,カニクイザルを用いたホスホジエステラーゼⅢ阻害薬であるミルリノンの心臓への影響を検討した我々の研究を紹介するとともに,非臨床in vivo研究における統合的リスク評価の重要性を共有したい.
オナセムノゲンアベパルボベク(製品名 ゾルゲンスマ®,開発コードAVXS-101)は,機能的なヒトSurvival motor neuron(SMN)遺伝子を脊髄性筋萎縮症(SMA)患者の運動ニューロンに届けられるよう設計された,アデノ随伴ウイルス9型カプシドを有する非増殖性遺伝子組み換えアデノ随伴ウイルスベクター製品である.2020年3月19日に2歳未満の「SMA(臨床所見は発現していないが,遺伝子検査によりSMAの発症が予測されるものも含む)」を対象に承認された.静脈内に投与された本品は,SMAの根本原因であるSMN1遺伝子の機能欠損を補って運動ニューロンの変性・消失を防ぎ,神経及び筋肉の機能を高め,筋萎縮を防ぐことで,SMA患者の生命予後及び運動機能を改善することが期待される.また,導入されたSMN遺伝子は患者のゲノムDNAに組み込まれることなく細胞の核内にエピソームとして留まり,運動ニューロンのような非分裂細胞に長期間安定して存在するように設計されていることから,1回の静脈注射で治療が完結する.SMAモデルマウスへの本品投与により,SMNタンパク質の持続的発現,体重増加,運動機能の改善,生存期間の延長等が認められた.臨床でのオナセムノゲンアベパルボベクの有効性は,Ⅰ型SMA患者(CL-101試験)及び未発症のSMA患者(CL-304試験)を対象とした臨床試験にて確認され,両試験において自然歴に比べ有意に「出生から永続的な呼吸補助が必要となる又は死亡までの期間」が延長されることが示された.また,両試験とも自然歴では見られない運動マイルストーンの達成も確認され,忍容性も良好であった.オナセムノゲンアベパルボベクは脊髄性筋萎縮症治療の新しい選択肢として期待される.
ムコ多糖症Ⅱ型(MPS II)は,ライソゾーム酵素であるイズロン酸-2-スルファターゼ(IDS)の遺伝子変異などによりその活性が低下し,基質であるグリコサミノグリカン(GAG)が細胞内外に蓄積することで中枢神経系を含む全身組織に機能不全が引き起こされるX染色体連鎖型の遺伝性疾患である.本疾患に対する治療法としては,欠損した酵素を補充する酵素補充療法が第一選択肢となるが,静脈内に投与された酵素製剤は脳毛細血管内皮細胞などで形成される血液脳関門(BBB)を通過できず,中枢神経症状に対する改善効果は期待できない.パビナフスプ アルファは,JCRファーマのBBB通過技術であるJ-Brain Cargo®を適用したヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体(hTfR)抗体とヒトIDSの遺伝子組換え融合タンパク質であり,MPS II患者の全身及び中枢神経系症状の改善を目指して開発を開始し,2018年3月に先駆け審査指定制度の対象品目の指定を受け,2021年3月に製造販売承認された.非臨床試験では,hTfR遺伝子Knock-inマウス及びサルに静脈内投与されたパビナフスプ アルファは脳実質へ移行し,疾患モデル(hTfR KI/Ids KO)マウスの中枢神経系を含む主要組織に蓄積したGAGの一種であるヘパラン硫酸(HS)を用量依存的に減少させ得た.また,同マウスの小脳及び海馬における神経変性や空間学習能力の低下に対しても改善効果が認められた.本邦にてMPS II患者を対象に実施した第Ⅱ/Ⅲ相試験では,週1回体重1 kgあたり2.0 mgのパビナフスプ アルファの点滴静注で,中枢神経症状に対する効果の指標となる髄液中HSの蓄積に明らかな改善がみられ,併せて実施した発達評価においても発達年齢の上昇又は維持が認められた.さらに,中枢神経以外の全身症状に対しても既存の酵素補充療法と同等の有効性が示された.これらの成績から,パビナフスプ アルファはMPS II患者の中枢神経症状を含む全身症状に対するBBB通過型の製剤として,全く新しい治療選択肢になると考えられる.
ホリトロピン デルタ(遺伝子組換え)(製品名:レコベル皮下注12 μgペン/同皮下注36 μgペン/同皮下注72 μgペン)は,フェリング・ファーマ株式会社が開発した遺伝子組換えヒト卵胞刺激ホルモン(rFSH)である.ヒト由来細胞株(ヒト胚性網膜芽細胞:PER.C6)にヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)を分泌する遺伝子を組み込み,無血清条件下で内因性のFSHと同様の「α2.3及びα2.6結合シアル酸を有する糖鎖構造」の原薬を生成することが可能になった.本剤は世界初のヒト細胞株由来の遺伝子組換えFSH製剤であり,この2つのシアル酸を有する糖鎖構造によって,内因性FSHと類似した血中動態が期待できる.さらに,血清抗ミュラー管ホルモン(AMH)値及び体重を指標とした投与量アルゴリズムにより,個々の患者に適した投与量で至適な卵胞発育及び安全性リスクの軽減も期待できる.第Ⅱ相臨床試験では,ホリトロピン デルタの用量範囲6~12 μg/日の用量反応性が認められ,有効性と安全性が示されたこと,及び母集団薬物動態/薬力学解析結果から,非日本人女性で設定した個別化用量は日本人でも適切であることが確認された.第Ⅲ相臨床試験では,主要評価項目として臨床的妊娠率(海外試験)および採卵数(国内試験)においてホリトフォリトロピン アルファ(海外試験)またはベータ(国内試験)に対するホリトロピン デルタ非劣性が検証された.また,ホリトロピン デルタ群で全卵巣過剰刺激症候群を発現した被験者及び/又は予防的介入を実施した被験者の割合は,フォリトロピン アルファまたはベータ群と比べて統計学的に有意に低く,その他の安全性評価においてもこれらと同様のプロファイルを示した.以上より,生殖補助医療における調節卵巣刺激を受ける不妊症の女性において,本剤の個別化用量の臨床的ベネフィットが認められたことから,安全性を保ちながら有用な新規の治療選択肢を患者及び医療現場に提供できると考える.