日本薬理学雑誌
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140 巻, 6 号
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特集 不全心筋におけるカルシウムイオンの役割の多様性
  • 矢野 雅文, 山本 健, 小林 茂樹, 松崎 益徳
    2012 年 140 巻 6 号 p. 250-254
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    心筋細胞膜の脱分極が生じるとL型Ca2+チャネル(LTCC)から少量のCa2+が流入し,その流入Ca2+がトリガーとなり筋小胞体(SR)膜上にあるCa2+放出チャネルのリアノジン受容体(RyR)からの大量のCa2+放出を引き起こす.細胞内の増加したCa2+は,収縮タンパク質を活性化した後,SRのCa2+-ATPaseによりSR内に再び取り込まれるとともに,一部はNa+/Ca2+交換機構や細胞膜Ca2+ポンプを介して除去される.このような細胞内のCa2+濃度変化は心筋の機械的収縮・弛緩に先行し心筋収縮・弛緩様式を規定する重要な因子となっている.細胞内Ca2+ホメオスターシスの破綻は,SR内Ca2+含有量の低下や拡張期のCa2+漏出を介して心不全や致死的不整脈の発症ないし病態の悪化に深く関与する.一方,RyRは,巨大な高分子タンパク質として存在し,チャネルポアを形成する膜貫通領域は全体の約1割を占め,残りの約9割は細胞質側に突出した構造物として存在しチャネル開閉を調節していると考えられている.最近著者らは,このRyR内においてarrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy(ARVC)やcatecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia(CPVT)でみられる点突然変異集合領域{N末端ドメイン(1~600)および中央ドメイン(2000~2500)}間のドメイン連関障害は,異常なCa2+漏出を生じ心不全や致死的不整脈の発症ないし病態の悪化に深く関与することを示した.一方,このようなRyR機能異常を正常化することにより心不全の発症を抑制できる可能性が実験的に示されるようになり,RyRは新たな心不全・致死的不整脈の治療ターゲットとしても期待しうる.
  • 桑原 宏一郎
    2012 年 140 巻 6 号 p. 255-258
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    心肥大から心不全発症に至る病的心筋リモデリングの過程においては病的なCa2+依存性シグナルが重要な役割を果たすことが知られるが,その活性化にかかわる病的なCa2+流入がどのように起きるかは未だ不明な点が多い.我々は病的心において発現が亢進する心筋胎児型遺伝子の発現調節機構解明の過程において,このような細胞内への病的なCa2+流入を担うと考えられる二つのイオンチャネルを明らかにした.一つはアンジオテンシンIIなどの受容体刺激において活性化される受容体活性化型Ca2+チャネルであるtransient receptor potential C(TRPC)チャネルであり,もう一つは比較的低電位で活性化する電位依存性Ca2+チャネルであるT型Ca2+チャネルである.受容体刺激により活性化されるTRPCチャネルのうち,特にTRPC6チャネルが心筋への病的刺激によりカルシニューリン-NFAT依存性に遺伝子発現が亢進すること,TRPC6発現亢進がさらにカルシニューリン-NFATを活性化させ病的心筋リモデリング進展に関与することを見出した.さらに,抗心肥大作用を有する心房性ナトリウム利尿ペプチドは,protein kinase Gを介してTRPC6をリン酸化しその活性を抑制すること,TRPC阻害薬投与が心肥大モデルマウスの心肥大を有意に抑制することを明らかにした.また我々は心筋胎児型遺伝子再発現にneuron-restrictive silencer factor(NRSF)として知られる転写抑制因子の関与を見出し,心筋においてNRSF阻害が心不全および突然死を惹起することを報告したが,このマウスでは,T型Ca2+チャネルの発現亢進を認め,T型Ca2+チャネル阻害薬はこのマウスの突然死を優位に減少させた.これら研究からTRPCチャネルおよびT型Ca2+チャネルが新たな病的心筋リモデリングに対する治療標的となりうる可能性が示唆された.
  • 新井 昌史
    2012 年 140 巻 6 号 p. 259-264
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    心臓はCa2+によって機能が調節されて動く器官である.Ca2+輸送には多数のタンパク質が寄与しているが,その要になる分子は心筋小胞体Ca2+-ATPase(SERCA2)である.心不全では,SERCA2の遺伝子発現やタンパク質機能が低下する.我々は,実験的心不全モデルにSERCA2遺伝子導入することにより,心臓リモデリングの抑制,心機能の改善,生命予後の改善することを明らかにした.また,興味深いことに心不全で低下するミトコンドリア遺伝子など他の遺伝子に対しても,SERCA2遺伝子導入は改善効果を示した.さらに,ミトコンドリア遺伝子の転写因子TfamならびにTfb2mがSERCA2の遺伝子転写を制御していることも明らかにした.心不全では,さまざまな分子ネットワークに破綻を来すが,SERCA2はその破綻を改善させる重要な鍵になるタンパク質と考えられる.
  • 中村 一文, 三浦 大志, 松原 広己, 伊藤 浩
    2012 年 140 巻 6 号 p. 265-269
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    心不全患者においては交感神経の緊張(カテコラミンの上昇),レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA系)の亢進,TNF-α増加,頻脈や虚血が心筋において活性酸素(ROS)を発生させている.ROSは脂質過酸化の過程でHNEという有害アルデヒドを発生させる.このアルデヒドはさらにROS発生を亢進させる.このようにして発生したROSはCa2+制御タンパク質に異常を導き,細胞内カルシウム動態の異常や細胞内カルシウム濃度の上昇をもたらし,大量のカルシウムによる負荷(カルシウム過負荷)では心筋細胞死も誘導する.β遮断薬はカテコラミンによるROSの発生を抑制し,さらにカルベジロールはフリーラジカルスカベンジャーとして直接の抗酸化作用を有して,Ca2+動態を正常に保つよう働くことができる.
  • 中山 博之, 藤尾 慈
    2012 年 140 巻 6 号 p. 270-274
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    慢性心不全は先進国において死亡原因の高位を占める予後不良の疾患であり,心臓の収縮拡張不全を主たる臨床的特徴とする.カルシウムイオン(Ca2+)は心筋において興奮収縮連関とカルシウム依存性シグナリング活性化の双方において中心的な役割を果たしており,カルシウムの関与する収縮不全,心肥大,細胞死等は心不全の病態形成にとって極めて重要であるとされる.しかしながら,心筋細胞のように収縮弛緩の過程で細胞内Ca2+濃度が変化する興奮性細胞において,カルシウムの上昇によって活性化するシグナルが機能する機序は不明である.また慢性心不全において収縮期Ca2+濃度の低下に伴い心収縮力が減弱しているが,それと同時にカルシウムの上昇に依存して活性化するカルシニューリンやカルモデュリン依存性キナーゼ等の分子が活性化し,心不全の病態形成の一因となるという一見矛盾した状態が生じる.このような心肥大や細胞死等の病理学的変化を惹き起こすカルシウム依存性シグナリングの活性化機序は未だに確定していない.我々は,かかるカルシウム依存性シグナリングを制御する責任分子を同定すべく,多くのCa2+の移動に関与する分子の遺伝子改変マウスを作製し解析してきた.具体的には,心筋細胞において筋小胞体カルシウムポンプ,容量依存性カルシウムチャネル,イノシトール三リン酸受容体,L型カルシウムチャネルおよびT型カルシウムチャネルの機能をそれぞれ増強もしくは欠失させた遺伝子改変モデルにおける心臓の病理学的変化を解析した.本稿において一連の研究の中で得られた興味深い知見の一部をもとに,心臓カルシウム研究からみた心収縮と病理学的変化の関係および今後の新規心不全治療薬開発の展望について述べる.
総説
  • 原 貴史, 平澤 明, 市村 敦彦, 木村 郁夫, 辻本 豪三
    2012 年 140 巻 6 号 p. 275-279
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    近年,脂肪酸をリガンドとするGタンパク質共役型受容体(GPCR)群が同定され,脂肪酸の栄養物質としての役割に加えて,シグナル伝達因子としての働きにも注目が集まっている.これまでの報告から,脂肪酸受容体の生体内における様々な生理機能が明らかとなってきた.脂肪酸受容体ファミリーとして,短鎖脂肪酸によって活性化されるGPR41,GPR43,中鎖脂肪酸によって活性化されるGPR40,GPR84,長鎖脂肪酸によって活性化されるGPR120が知られており,それぞれについて組織発現分布,シグナル伝達経路,特異的化合物による薬理学的解析および遺伝子改変動物を用いた生理学的な機能解析が行われている.生体内の脂肪酸センサーとして脂肪酸受容体の役割が明らかとなりつつあり,疾患メカニズムとの関わりや創薬標的としての有用性の観点から広範な研究が展開されている.本報では,我々の研究グループによる脂肪酸受容体の研究を最近の知見を含めて紹介する.
実験技術
  • 山中 章弘
    2012 年 140 巻 6 号 p. 280-284
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    脳内に多数存在する神経細胞同士の複雑なネットワークによって,行動発現が制御されている.これまで脳内の特定の神経活動のみを高い時間精度で人為的に制御する手法が存在していなかったため,神経回路機能と行動発現を繋げる研究を行うことが難しかった.光を受容し,細胞機能に影響を与える分子を特定の神経細胞に発現させ,低侵襲的で透過性の高い光を照射することによって,特定の神経活動を操作できる手法(オプトジェネティクス(光遺伝学))が近年開発された.本手法の導入には,分子生物学,生理学,電気生理学,遺伝子工学,光工学などの様々な知識と技術が必要であったが,最近では多くの企業から光遺伝学に特化した便利な装置や物品が販売されており,導入が容易になってきている.本稿では光遺伝学を用い,インビボにおいて特定の神経活動を操作する方法について概説する.
新薬紹介総説
  • 田中 啓一, 山口 友伸
    2012 年 140 巻 6 号 p. 285-292
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    イグラチモド(コルベット®/ケアラム®)は,低分子の疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARD)であり,in vitroにおいて単球や滑膜線維芽細胞による炎症性サイトカイン産生を抑制することが見出されている.このような作用はin vivoの動物モデルにおいても観察され,各種の自己免疫疾患モデルにおいて免疫組織の活性化を抑制し,骨破壊病変の進行を遅らせることが示された.さらに,細胞増殖に影響することなくB細胞の免疫グロブリン産生を抑制することが,他のDMARDにはない特徴的な薬理作用であった.イグラチモドの分子機序については,サイトカイン産生抑制効果がmRNAへの転写前に認められ,本薬による転写因子NFκBの活性化および核内移行の抑制が示唆されている.臨床試験は関節リウマチ患者を対象に初期第II相試験よりDMARDとして進められたが,用法用量としては1回25 mgを1日1回4週間投与し,その後1回25 mgを1日2回に増量する投与法が推奨された.第III相比較試験では,米国リウマチ学会判定基準の20%改善率(ACR20)を用いた判定で,プラセボに対する本薬の優越性が,また比較対照薬であるサラゾスルファピリジン(SASP)に対する非劣性が検証された.この比較試験および並行実施された長期投与試験において,メトトレキサート(MTX)およびSASPで効果不十分であった症例に対して本薬のACR20が50%以上であったことから,本薬は既存薬で治療困難な患者への新たな選択肢になると考えられた.さらに,MTXの効果不十分例を対象としたMTX併用試験において,MTX単独投与に対する本薬上乗せ投与の優越性がACR20によって検証された.日本で承認されている経口DMARDの中で,本薬が国内治験で初めてMTXへの上乗せ併用のエビデンスを示したことは,目標達成に向けた治療が提唱されている現在,重要な意義をもたらすであろう.
  • 真嶋 修慈, 和田 悌司, 池田 貢
    2012 年 140 巻 6 号 p. 295-302
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/12/10
    ジャーナル フリー
    デノスマブ(ランマーク®)は,特異的かつ高い親和性でヒトreceptor activator of nuclear factor κB ligand(RANKL)に結合するヒト型抗RANKL抗体であり,2012年1月に「多発性骨髄腫による骨病変及び固形癌骨転移による骨病変」の適応で承認された.骨転移はしばしば生活に支障を来す骨関連合併症を引き起こすことが知られている.骨病変は,骨内に侵入したがん細胞が骨芽細胞等のRANKL発現を促し,それにより破骨細胞による骨吸収が亢進し,骨吸収により生じた増殖因子等ががん細胞のさらなる増殖を促すという悪循環により進行する.デノスマブはRANKLを阻害し,この悪循環を断ち切ることで骨病変の進展を抑制する.非臨床試験では,各種がん骨転移マウスモデルにおいて,RANKLの阻害により溶骨性骨病変の進行が抑制された.3つの無作為化二重盲検比較第III相試験は,種々の悪性腫瘍患者を対象に,ゾレドロン酸を対照薬とし,同一の試験デザイン,評価項目,統計手法を用い,デノスマブの有効性と安全性を評価した.その結果,デノスマブは悪性腫瘍の種類を問わず一貫した骨関連事象(skeletal-related event:SRE)抑制効果を示した.3つの第III相試験の併合解析では,デノスマブはゾレドロン酸と比較し,初回SRE発現リスクを17%(優越性:P<0.0001),初回および初回以降のSRE発現リスクを18%(優越性:P<0.0001)低下させた.抗悪性腫瘍薬の進歩により生存期間が延長しつつある中,QOLを著しく低下させるSREの制御は臨床的に重要である.デノスマブの副作用として,低カルシウム血症およびosteonecrosis of the jaw(ONJ)が認められた.低カルシウム血症についてはゾレドロン酸よりも発現頻度が高かった.デノスマブは簡便な皮下投与であり,腎機能障害による用量調節の必要はないものの,腎機能障害患者では低カルシウム血症を起こしやすいことから慎重な投与が必要である.ONJについては口腔内を清潔に保つなどして予防することが重要である.以上を踏まえ,本剤が多発性骨髄腫による骨病変および固形がん骨転移による骨病変の治療に貢献することを期待する.
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