日本薬理学雑誌
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126 巻, 2 号
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特集:ストレスの評価法と戦略
  • 辻 稔, 武田 弘志, 松宮 輝彦
    2005 年 126 巻 2 号 p. 88-93
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    ストレスが主要なリスクファクターと考えられている情動障害の発症機序やこれら疾患に対する治療薬(抗不安薬や抗うつ薬など)の有効性を考究する上で,実験動物の情動性を客観的かつ定量的に解析することは不可欠である.近年,著者らは,実験動物(マウスおよびラット)の生得的な情動性やストレス刺激による情動変化を行動学的に定量評価することを目的として,自動ホールボード試験装置を開発した.本稿では,自動ホールボード試験装置の概要を紹介するとともに,本試験装置の基礎医学研究への応用例について総説する.自動ホールボード試験装置は,ホールボード装置本体,カラービデオ・トラッキング・システムおよびデータ解析用パーソナルコンピューターの3システムから構成され,この装置を用いることにより,実験動物が新奇環境において示す種々の探索行動を自動的に測定することが可能である.著者らは,自動ホールボード試験装置を用いたこれまでの研究において,(1)ベンゾジアゼピン受容体が関与する情動性の変化の指標として,探索行動の一つである穴のぞき行動が有用であること,(2)セロトニン(5-HT)1A受容体を刺激することでストレス刺激に対する情動的抵抗性が形成され,この機構に視床下部-下垂体-副腎皮質系が関与すること,(3)脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF)が情動性の調節に関与していること,(4)慢性変動ストレス刺激が負荷期間に依存した種々の情動異常を誘発すること,などの知見を得ている.これらのことより,自動ホールボード試験装置は,実験動物の情動性を多角的にかつ定量的に解析するシステムとして有用であり,本装置を基礎医学研究に応用することにより,諸種の情動障害の病態生理の解明や治療薬の開発の一助になるものと考える.
  • 今西 泰一郎, 吉田 晶子, 奥野 昌代, 平沼 豊一
    2005 年 126 巻 2 号 p. 94-98
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    マウスのガラス玉覆い隠し行動(marble-burying behavior)は,敷き詰めた床敷(オガクズ)上に配したガラス玉をマウスが床敷内に埋めてしまう行動であり,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)により行動抑制を伴うことなく抑制される.無害なガラス玉を床敷で覆い隠そうとするマウスの行動が不合理と認識しつつ繰り返される強迫性障害患者の強迫行為と見かけ上類似していること,SSRIがうつ病のみならず強迫性障害の治療薬としても有用であること,不安の代表的な動物モデルであるコンフリクト試験や高架式十字迷路試験ではSSRIは効果を示さないことから,ガラス玉覆い隠し行動は強迫性障害の動物モデルとして位置付けられつつある.反面,ガラス玉覆い隠し行動は,強迫性障害には無効とされているベンゾジアゼピン系やセロトニン5-HT1A受容体作動性の抗不安薬によっても抑制されることから,強迫性障害に対する治療効果のみを反映するモデルとは言い切れない側面を併せ持つ.ガラス玉覆い隠し行動に関連する研究は充分に行われているとはいえず,今後の研究課題の一つと考えられる.
  • 山口 拓, 富樫 広子, 松本 真知子, 吉岡 充弘
    2005 年 126 巻 2 号 p. 99-105
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    高架式十字迷路試験は,抗不安薬をスクリーニングするための不安関連行動評価法として開発され,広く用いられている.また,薬効評価のみならず,遺伝子改変動物や疾患モデル動物の情動機能,特に不安関連行動の行動学的表現型を検索するためのテストバッテリーの一つとしても応用されている.本試験は特別な装置や操作を必要とせず簡便であるが,実験環境の設定条件が結果に大きく影響することから,その結果の解釈には注意する必要がある.重要な実験条件として,(1)実験動物の飼育環境および実験前の処置,(2)照明強度,(3)実験装置の形状が指摘されている.特に照明強度は,定量的に条件を変化させることが可能な設定条件の一つであり,目的に応じた条件設定を行うことによって感度よく不安水準を評価することが可能である.高架式十字迷路を不安誘発のためのストレス負荷方法として利用し,不安惹起中の神経生理・生化学的な生体内変化を自由行動下にて測定する試みがなされている.その一例として,皮質前頭前野におけるセロトニンおよびドパミン遊離の増加が,高架式十字迷路試験試行中の不安誘発に関連した脳内神経伝達物質の変化として部位特異的な役割を演じている可能性が考えられる.このように高架式十字迷路試験は,不安水準の評価法として薬効評価やモデル動物の情動応答を適切に,かつ,簡便に測定できる方法として有用である.また,不安関連行動中の行動変容と生体内変化を同時に解析することは,不安・恐怖・ストレスの神経科学的基盤の解明のみならず,不安障害に対する治療薬の開発に向けての新たな情報が提供されるものと期待される.
  • 松本 欣三, Alessandro Guidotti, Erminio Costa
    2005 年 126 巻 2 号 p. 107-112
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    精神的緊張をはじめ,様々な心理的ストレスがうつや不安などの情動障害や,不眠などの睡眠障害の要因にもなるが,ストレスによりそれらが発症するメカニズムはまだ十分には解明されていない.近年,多くの臨床および前臨床研究から,神経ステロイドと呼ばれる一連のステロイドのうち,特にallopregnanolone(ALLO)等のγ-アミノ酪酸A(GABAA)受容体作動性神経ステロイドの量的変動と種々の精神障害の病態生理やその改善との関連性が明らかになりつつある.我々は雄性マウスを長期間隔離飼育し,一種の社会心理的ストレス(隔離飼育ストレス)を負荷したときの行動変化を指標に,ストレスで誘導される脳機能変化を薬理学的に研究している.隔離飼育マウスでは対照となる群居飼育動物と比較して鎮静催眠薬ペントバルビタール(PB)誘発の睡眠時間が短くなっており,この原因の一つに脳内ALLO量の減少によるGABAA受容体機能の低下があることを示した.また脳内ALLO量の低下は隔離飼育雄性マウスに特徴的に現れる攻撃性亢進にも関与し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬フルオキセチンは脳内ALLOレベルを回復させることにより攻撃性を抑制することを示唆した.PB誘発睡眠を指標に検討したALLOをはじめとする脳内物質の多くは睡眠調節にも関わることから,脳内ALLO系のダウンレギュレーションを介したGABAA受容体機能の低下もストレス誘発の睡眠障害の一因であろうと推察された.また攻撃性のような情動行動変化にも脳内ALLOの量的変動が関与する可能性が高いことから,今後,脳内ALLO系を標的とした向精神薬の開発も期待される.
シリーズ:ポストゲノムシークエンス時代の薬理学
  • 田中 利男
    2005 年 126 巻 2 号 p. 113-116
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    要約:2005年3月に,米国食品医薬品局(FDA)から薬理ゲノミクスに関するガイダンスが報告され,第78回日本薬理学会年会シンポジウムでも関心が薬理ゲノミクスに集中した.いよいよ薬理ゲノミクスが,世界の薬務行政においても中心的話題になりつつある.そもそも,薬物応答性におけるゲノム機構は,薬理ゲノミクスを基盤に解析されており,薬物応答機構の解明は,遺伝子多型,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボロームなどの総合的解析による.しかし,その薬理ゲノミクス情報はすでに莫大な量に,急激に蓄積されており,データマイニングが緊急課題である.一方,バイオインフォマティクスに比べ,薬理インフォマティクスは,国際的にもその研究が端緒についたばかりである.そこで,我々は世界に先駆けて独自の薬理ゲノミクスデータベースを構築し,国際的にも公開している(http://www.jscr.medic.mie-u.ac.jp/,http://www.lsrc.mie-u.ac.jp/bioinfo/).そこで,医薬品作用におけるゲノム機構解明には,この薬理ゲノミクスデータベースによる薬理インフォマティクスが不可欠であり,その具体的活用法を解説する.薬理インフォマティクスにおいては,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム情報により,遺伝子型(genotype)と病態表現型(phenotype)の相関を解明する.すなわち薬理インフォマティクスは,ゲノムワイドな逆薬理学(reverse pharmacology)だけではなく,正薬理学(forward pharmacology)をも可能にし,医学の最終ゴールである個の医療を構築するためにも,in vitro,in vivo,in silicoの統合的解析に重要な役割を果たしている.
  • 石井 優, 倉智 嘉久
    2005 年 126 巻 2 号 p. 117-120
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    ヒトゲノムの配列の決定がほぼ完了し,ポストゲノム科学の時代となり,転写レベル・タンパク質レベル・タンパク質相互作用レベル・生理機能レベルなど,各階層の網羅的データが集積しつつある.システムバイオロジーとは,これらの膨大な知識を基盤に,生命をシステムとして理解することを目指した生物学の新たな分野である.以前より生命現象に数理モデルを当てはめ,理論的に解析する試みはなされてきていた.それらの試みは,生理現象をシステムとして記述し,理解する際にある一定の成果をあげることはできたが,生命の基本レベルの知識(例えば遺伝情報など)から生理機能・個体レベルの知識への一貫した知識の体系を構築するには至らなかった.しかし,近年の分子生物学・生理学の急速な進歩により膨大な情報が得られ,また一方では,半導体技術の進歩,計算機科学の劇的な向上により,大量の情報を比較的短時間で処理することが可能となった.これが,生命現象全体のシステム化を目指すシステムバイオロジーの分野の台頭を招いた.本総説では,システムバイオロジーの目的・意義と今後の薬理学分野における方向性・展望などについて,筆者らが取り組んでいる試みを具体例として交えて概説したい.
総説
  • 小寺 淳, 佐々木 隆史, 大森 謙司
    2005 年 126 巻 2 号 p. 121-127
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiestease,以下PDEと略す)は,細胞内セカンドメッセンジャーである環状ヌクレオチド(cAMPおよびcGMP)を分解し,そのシグナル伝達を調節している.哺乳類ではPDEは11種類のファミリーを形成しており,その阻害薬は様々な疾病の治療に使用されている.カフェインやテオフィリンなどは100年以上も前に発見された非選択的なPDE阻害薬であり,現在でも医薬品として用いられている.この約20年間にPDEの体系的解析が進み,PDE5阻害薬やPDE3阻害薬などPDEファミリー選択的な阻害薬が開発された.これらの阻害薬はそれぞれ男性性機能障害や急性心不全などの治療薬として使用されている.またPDE4阻害薬は慢性閉塞性肺疾患や喘息の治療薬として開発され,海外では現在新薬承認申請中である.一方,遺伝子工学的アプローチにより見出されたPDE(PDE7~11)は,特異的な組織局在あるいは発現レベルが比較的低いといった理由から発見が遅れた.しかし,ユニークな組織局在のゆえに魅力的な創薬ターゲットになる可能性が期待され,各製薬会社や大学においてノックアウトマウスの解析や選択的阻害薬の研究が進められている.
実験技術
  • 上原 知也, 荒野 泰
    2005 年 126 巻 2 号 p. 129-134
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    医薬品開発において,前臨床試験から臨床試験に進んだ候補薬剤の約40%が脱落している.その多くは,前臨床試験における薬物の体内挙動が臨床のそれと大きく異なることに起因する.最近,欧州医薬品機構により極微量の薬物を用いる臨床試験に関する指針が提示されたのを受けて,本格的な第I相試験を行う前に,放射性核種で標識された極微量の候補薬剤をヒトに投与して,体内動態や代謝を追跡する予試験的な臨床試験が進められている.加速器分析法(accelerator mass spectrometry: AMS)を用いるマスバランス試験や陽電子断層撮像法(positron emission tomography: PET)を用いる画像解析によるヒトにおける予試験的な評価は,候補薬剤の開発期間の短縮や経済的負担の大幅な低減を可能としている.
  • 吉崎 尚良, 青木 一洋, 望月 直樹, 松田 道行
    2005 年 126 巻 2 号 p. 135-141
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    細胞内シグナルは,複数の分子の相互作用と酵素反応の連携によって伝播する.細胞外からシグナルが入力されると,多数の分子が相互作用するが,その相互作用は,時間的,空間的に様々に変化する.そしてそれら多様な相互作用は,細胞の分化,細胞骨格の再構成,遺伝子発現,という生命現象として最終的に出力される.こうした細胞内シグナル伝達に関わる分子の同定や機能解析は従来,遺伝学的,生化学的,分子生物学的手法によって行われてきた.これら既存の手法は目的の分子のシグナルカスケードにおける位置や,試験管内での酵素活性を知るには有効であるが,“細胞内のどの部位で,いつ”という時空間的な情報を知ることはできなかった.この問題を解決するために,近年,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した生体内の反応を可視化するFRETプローブ群が開発されている.とくに,緑色蛍光タンパク質(GFP)をこのプローブ群の作製に用いると容易に細胞内に導入できるため,その利用に拍車がかかっている.さらに,これらのFRETを利用すれば,特定のタンパク質の活性を非侵襲的に画像化することが可能となることから,1細胞単位での分子機能の解析のみならず,さまざまな病気の診断や治療評価まで役立てようとする試みが始まっている.本文ではこのGFPを利用したFRETプローブの一例として低分子量Gタンパク質であるRhoの分子センサーを用いて,その利用の実際とそれによりわかってきたRhoファミリーGタンパク質の活性変化について解説する.
新薬紹介総説
  • 阿波 隆夫, 中田 哲誌, 繁田 浩史
    2005 年 126 巻 2 号 p. 143-151
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/10/01
    ジャーナル フリー
    インスリンリスプロ混合製剤(リスプロ混合製剤)は,リスプロと中間型インスリンリスプロを異なる割合で含有する混合製剤である.世界中で最も使用されているヒトインスリン混合製剤30/70を参考に,より生理的なインスリン分泌を補充する目的で開発された.リスプロ混合製剤は,投与後速やかな血清中インスリン濃度の上昇が認められ,これら製剤のTmaxの平均値は50.0~52.5分で,インスリンリスプロと同様に迅速な皮下からの吸収特性が示された.また,Cmaxおよび投与後5時間までのAUC(AUC0-5)は,各製剤のインスリンリスプロの混合比率に相関して増加した.さらに,国内で1型および2型糖尿病を対象とした第III相試験において,ヒューマログミックス25注およびヒューマログミックス50注は,各々ヒトインスリン混合製剤30/70およびヒトインスリン混合製剤50/50からの切り替えで,用量を増加させることなく,12週後の朝食後2時間の血糖値を改善させた.また,低血糖発現頻度を上げることなく,HbA1c値を改善させた.さらに,糖尿病患者のQOLや食直前投与が可能であることから,注射タイミングの遵守度や糖尿病患者のQOLも向上し,ヒトインスリン製剤を凌駕できる薬剤であると考えられた.超速効型インスリンから持効型溶解インスリンに加えてリスプロ混合製剤が登場したことは,病態や糖尿病患者一人一人のライフスタイルに合わせて,より生理的な血糖コントロールに近づけるための臨床医の選択枝が増えたことを意味する.また,このことは,合併症の予防および進展の阻止という糖尿病治療の最終的な目標達成ためのオーダーメイド治療に向かって一歩前進したといえる.
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