日本薬理学雑誌
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126 巻, 3 号
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特集:ストレスと脳
  • 尾仲 達史
    2005 年 126 巻 3 号 p. 170-173
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    キャノンとセリエにより医学の世界にストレスという言葉が持ちこまれた.キャノンは,ストレス刺激に対応した多様な反応が生体におきることとこの反応に交感神経系-副腎髄質ホルモン分泌が必須であることを示した.セリエは,刺激によらず非特異的な反応が生体におきることとこの反応に視床下部-下垂体前葉ACTH-副腎皮質ホルモンが必須であることを示した.近年になり,「ストレス」が多くの疾患の少なくとも増悪因子となることが様々な疫学的な調査により示されるようになった.さらに,ストレス刺激によりある程度共通した神経系が活性化されることが明らかになりつつある.このストレス時に活性化される神経系の代表が,延髄ノルアドレナリン/PrRPニューロン系である.この延髄ノルアドレナリン/PrRPニューロン系は恐怖刺激,痛み刺激による反応に重要であることが示されている.一方,新奇環境曝露によるストレス反応,あるいは,モルヒネ禁断のような刺激は,延髄ノルアドレナリンニューロンに依存しないことも示されている.今後,どのストレス神経系を活性化させるかによりストレスの分類分けが行われていくと思われる.
  • 井樋 慶一
    2005 年 126 巻 3 号 p. 174-178
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    ストレスから自らを防御するためには糖質コルチコイド(GC)が不可欠であるが,中枢性に糖質コルチコイド合成・分泌を制御するのが視床下部のコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)ニューロンである.ヒトでもげっ歯類でもCRHは視床下部室傍核(PVN)の小型神経細胞で産生される.CRHニューロンにはバゾプレッシン(AVP)が共存し,両者が下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌を調節する.CRHニューロンの活動性はGCなどの液性因子および入力神経終末から放出される神経伝達物質によって調節されている.たとえば実験動物PVN内に代表的神経伝達物質の一つであるノルエピネフリン(NE)を注入するとCRH遺伝子発現が増加することから脳内NE神経はCRHニューロン刺激系と考えられる.CRHとAVPは共に小型神経細胞に存在するにもかかわらずストレス時これらの遺伝子発現は必ずしも平行しない.この現象を説明する細胞内メカニズムとして両遺伝子転写機構の違いがあげられるが,CRHとAVPによる二重支配はストレス防御という視点からは生体応答の多様性の一つとして理解される.ストレスは様々な病態と深く関わっており,脳内ストレス情報処理機構の解明がストレス関連疾患の治療・予防に寄与するものと期待される.
  • 上田 陽一
    2005 年 126 巻 3 号 p. 179-183
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    生体がストレスを受けると,脳を介して血圧・心拍の変化や気分・行動の変容など様々な生体反応が引き起こされる.生体のストレス反応のうち,自律神経系を介した生体反応や内分泌系の生体反応は,自律神経系と内分泌系の統合中枢である視床下部を介して引き起こされていることはよく知られている.視床下部ニューロンの神経活動の指標として前初期遺伝子群の発現が汎用されている.我々は,定量化の容易な浸透圧ストレスを用いて,ストレス研究への前初期遺伝子群の有用性について検討したところ,前初期遺伝子群の中でもc-fos遺伝子の発現動態がよい指標となることを見出した.また,ストレスが食欲低下や過食を引き起こすことは経験的によく知られていることである.最近,視床下部の摂食関連ペプチドであるオレキシンとニューロメジンUのストレス反応との関与が注目されており,摂食に対してはオレキシンは促進作用,ニューロメジンUは抑制作用とまったく逆の作用を有する.ところが,脳内のオレキシン・ニューロメジンUは共にストレスに対する内分泌反応の中軸である視床下部-下垂体-副腎軸に対して賦活作用を有する.ストレス反応と視床下部に存在する神経ペプチドの生理作用との関連を調べることにより,ストレス反応の分子基盤の一端を解明できるかもしれない.
  • 視床下部の役割
    西条 寿夫, 堀 悦郎, 小野 武年
    2005 年 126 巻 3 号 p. 184-188
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    脳は,生体の恒常性を維持するため,視床下部を介して生体の内部環境を常に調節している.一方,ストレッサー(ストレス)は生体の恒常性(内部環境の恒常性)を乱す外乱であり,ストレッサーが生体に負荷されると最終的にその情報が視床下部に伝達され,視床下部は恒常性を回復するため自律神経系,内分泌系,および体性神経系を介してストレス反応を形成する.これらストレッサーのうち,空気中の酸素分圧低下や出血による血圧低下など,生体の内部環境に直接影響を与えるストレッサー(身体的ストレッサー)は,下位脳幹を介して直接視床下部に情報が伝達される.一方,それ自体は内部環境に直接的な影響を与えないが将来的には影響があることを予告するストレッサー(高次処理依存的ストレッサー:猛獣の姿などの感覚情報)は,まず大脳皮質や視床で処理され,さらにその情報が大脳辺縁系に伝達される.大脳辺縁系,とくに扁桃体は,これら感覚情報が自己の生存(恒常性維持)にとって有益か有害かを評価する生物学的価値評価に中心的な役割を果たし,その結果を視床下部に送っている.有益および有害な価値評価はそれぞれ快および不快情動を発現することから,情動は生物学的価値評価とほぼ同義であり,生存のための適応システムであると考えられる.視床下部には,ストレス反応を含めて生存のための様々な情動ならびに本能行動表出プログラムが存在し,視床下部に大脳辺縁系から指令が伝達されると生存のための特定のプログラムが遂行されると考えられる.本稿では,サル扁桃体における生物学的価値評価ニューロンの高次処理依存的ストレッサーに対する応答性やラット視床下部における本能行動表出ニューロンの身体的ストレッサーに対する応答性について紹介する.
  • 宮川 剛, 山崎 信幸
    2005 年 126 巻 3 号 p. 189-193
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    著者は,遺伝子改変マウスに対して網羅的行動テストバッテリーを行うことで,脳に発現する遺伝子の行動レベルでの機能についての研究を行ってきた.近年,マサチューセッツ工科大学の利根川らとの共同研究によって,前脳特異的カルシニューリン(CN)ノックアウトマウスが統合失調症様の表現型異常を示すこと,また統合失調症患者のDNAを用いた関連解析からカルシニューリンAのγサブユニットの遺伝子,PPP3CCの特定のハプロタイプが統合失調症と関連を示すことから,脱リン酸化酵素のカルシニューリンが統合失調症の感受性遺伝子であろうことを報告した.この知見に基づき著者らは,統合失調症の発症にCNが関与するシグナル伝達経路の異常が関わっているとする「統合失調症のカルシニューリン仮説」を提唱している.ここでは,宮川らが報告した前脳特異的CNノックアウト(CN-KO)マウスの統合失調症様の表現型異常を中心に統合失調症とCNとの関連について解説する.このマウスでは,不安様行動も顕著に亢進しており,環境の変化に弱いなど,ストレスに対する感受性も亢進していると考えられるが,精神疾患のストレス脆弱性仮説との関連についても議論する.
  • ―ストレス適応破綻の脳内機構―
    岡本 泰昌
    2005 年 126 巻 3 号 p. 194-198
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    われわれはストレスの適応破綻の脳内メカニズムを明らかにするために,脳機能画像解析法を用いた検討を行っている.本稿ではその研究成果を中心に報告したい.まずストレス事象がどこで認知されるかを明らかにするために対人関係ストレスに関連する単語の認知の機能局在に関する検討を行った.次にストレスが脳内機構に与える影響について明らかにするために急性ストレスの感覚入力系に及ぼす影響について検討した.最後に予測がストレスへの適応破綻の防止に有効であると考え,ストレス事象の予測に関する脳科学的検討を行った.その結果,ストレス事象は脳内において認知されること,急性ストレスにより脳内機構の一部に変化が生じること,予測がストレス事象の入力を抑制する可能性が考えられた.さらに,これらの機能において前頭葉が重要な役割を果たしていることが推定された.
総説
  • 工藤 幸司
    2005 年 126 巻 3 号 p. 199-206
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    アルツハイマー病(AD)においては最初の臨床症状が顕性化するはるか以前からアミロイドβタンパク(Aβ)を主構成成分とする老人斑(senile plaque)の蓄積が始まっている.Aβのβシート構造を認識するプローブ(低分子有機化合物)を開発し,これをPETまたはSPECTで扱える核種で標識して生体に投与し,脳内Aβとプローブの結合量およびその空間的分布からADを診断しようとするのがアミロイドイメージングである.アミロイドイメージングはADの病理像を追跡することから発症前診断を可能にすると考えられている.すでにいくつかのプローブの探索的臨床研究が開始されており,従来の診断法に比し明らかに優れていることが確かめられている.本稿ではAD診断法としてのアミロイドイメージングの有用性,プローブの現状および薬理作用等について概説する
実験技術
  • 山田 好秋, 岡安 一郎
    2005 年 126 巻 3 号 p. 207-211
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    咀嚼運動の中枢性・末梢性制御機構解明を目的として,種々の動物モデルが開発されてきた.近年,分子生物学の発展に伴い,マウスを用いた疾患モデルが次々と作り出されている.顎口腔領域においても,口腔運動疾患の病態発症機構解明のためのマウスによる動物モデルの確立が待たれていた.我々は,新たに開発した顎運動測定システムを用いて,マウスの咀嚼運動を無麻酔・無拘束下に記録した.さらに,このシステムをBDNFノックアウトマウスに応用し,BDNFの咀嚼運動における役割を調べた.その結果,マウスを使った咀嚼運動実験モデルの確立および運動の末梢性・中枢性制御機構解明に向けた新たな研究手法に道が開けた.今後,口腔運動疾患の病態発症機構解明とその診断・治療に向けて研究を進めたい.
新薬紹介総説
  • 大藤 和美, 矢野 誠一, 山口 基徳, Graham Smith, 平田 雅子, 嶋田 斉, 出石 公司, 品川 丈太郎, 松永 和樹
    2005 年 126 巻 3 号 p. 213-219
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/01
    ジャーナル フリー
    ロスバスタチンカルシウム(クレストール®)は,既存の化合物に比べてより強い低比重リポタンパクコレステロール(LDL-C)低下作用と高い肝選択性を目指し合成・開発された新規のHMG-CoA還元酵素阻害薬であり,親水性を示す薬物である.本剤は作用部位である肝臓のHMG-CoA還元酵素を,既存のHMG-CoA還元酵素阻害薬に比較してより強力に阻害し,肝コレステロール合成を強力に抑制した.ラットにおけるコレステロール合成阻害作用には肝臓に対する特異性が認められ,有機アニオントランスポーターを介する肝選択的な組織移行が寄与していると考えられた.HepG2細胞において,LDL受容体mRNAを濃度依存的に誘導し,LDL結合活性を増加させた.動物モデルで,血中コレステロールおよびトリグリセリドを低下させ,動脈硬化病変の進展を抑制した.また,各種動物モデルで脳虚血保護作用,血管保護作用,抗血栓作用および腎保護作用などの多面的作用(pleiotropic effects)も示唆された.臨床試験では,日本人で第I相試験,並びにブリッジング試験と位置付けた第II相試験を実施し,海外で実施された第III相試験結果に基づいて承認を取得した.外国人を対象とした試験において,本剤は,5,10 mg/日でLDL-Cをそれぞれ41.9%,46.7%低下させ,5,10 mg/日でそれぞれ67%,82%の高いLDL-C管理目標値到達率を示した.更に,5,10 mg/日で,トリグリセリドをそれぞれ16.4%,19.2%低下させ,高比重リポタンパクコレステロール(HDL-C)をそれぞれ8.2%,8.9%上昇させた.以上,本剤は,優れた脂質改善作用を有し,かつ,臨床試験における副作用の程度および種類は既存のHMG-CoA還元酵素阻害薬と同程度であったことから,高コレステロール血症の治療に貢献することが期待される.
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