日本薬理学雑誌
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150 巻, 6 号
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特集:創薬・治療のターゲットとしての細胞分化
  • 最上(重本) 由香里, 佐藤 薫
    2017 年 150 巻 6 号 p. 268-274
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/08
    ジャーナル フリー

    ミクログリアは,神経や脳血管が形成される胎生初期から中枢神経系に定在する免疫担当細胞である.中枢神経系の発達過程において,ミクログリアは,貪食によってアポトーシス細胞の除去や神経細胞の余分なシナプスの刈り込みを行う.また,生理活性物質を産生することによって神経幹細胞の成長を促進し,神経細胞やグリア細胞へ分化させること,脳血管の網目構造形成を促す等,様々な役割を担っている.当研究室では,ラットの生後初期の神経細胞やグリア細胞の分化成熟および脳血管のblood brain barrier(BBB)形成において,脳内のサイトカインやケモカインの濃度が重要であり,その濃度調節をミクログリアが担っているという新知見を得ている.こうした中枢神経系の発達過程におけるミクログリアの役割を明らかにすることは,中枢神経系の発達障害を予防すること,さらにはミクログリアの関与が報告されている神経変性疾患,多発性硬化症,脳梗塞,ウイルス感染,脳腫瘍,精神疾患において,損傷した中枢神経系組織の修復や正常化に役立つ可能性が高く,新たな創薬ターゲットとしても有用である.

  • 刑部 里奈, 鈴木 岳之, 家田 真樹
    2017 年 150 巻 6 号 p. 276-281
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/08
    ジャーナル フリー

    日本人における心疾患での死亡者数は年々増加傾向にある.平成26年の人口動態統計では心疾患の死因別死亡率は15.5%を占め,悪性新生物に続き2位である.さらに心疾患死亡率のうち急性心筋梗塞による死亡率は19.8%を占めている.急性期を脱しても,心筋梗塞発症により虚血状態が続いた心筋細胞は不可逆的な障害を受け,収縮能を持たない線維芽細胞に置き換わる.すると心臓のポンプ機能は失われ,病態は慢性心不全へと移行する.現在,心不全治療には降圧薬,利尿薬,強心薬を段階的に用いる薬物療法や,ペースメーカーの植込みといった非薬物療法が存在するが,これらの治療に抵抗性を示した場合,最終的には心臓移植が適応となる.しかし,心臓移植には提供されるドナー心臓数の限界,移植手術時の免疫学的拒絶反応,一生涯にわたる免疫抑制剤の服用などの問題が存在する.以上のように現在の医療では治療に限界があり,新たな治療法が待ち望まれている.近年ではiPS細胞などの幹細胞移植による心臓再生に期待が寄せられているが,この方法には幹細胞混入による腫瘍形成の可能性,移植細胞の長期生着などの課題がある.そこで近年,心臓線維芽細胞への適切な因子の導入により心臓内で直接心筋細胞を誘導する「ダイレクトリプログラミング」という新たな心臓再生医療が大きな注目を集めている.線維芽細胞をはじめとした非心筋細胞は心臓を構成する細胞の50%以上を占めており,病態下ではさらに増殖する.したがって,心臓線維芽細胞を生体内で直接心筋細胞へ誘導することができれば,心臓に元来数多く存在する線維芽細胞をセルソースとして活用できる.この手法が臨床応用されれば,幹細胞移植の抱える課題の克服,簡便な低侵襲的治療のみでの心不全治療が実現できる可能性があるため,世界中の研究グループによって臨床応用に向けた研究が盛んに行われている.

  • 赤松 和土
    2017 年 150 巻 6 号 p. 282-285
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/08
    ジャーナル フリー

    ヒトiPS細胞は2007年に線維芽細胞から4つの転写因子(Oct4,Sox2,Klf4,c-Myc)を用いて初めて樹立され,患者の体細胞からiPS細胞から誘導された神経系の細胞を用いることによって神経変性疾患の病態を生体外で再現できることが期待された.これまでに,筋萎縮性側索硬化症(ALS),脊髄性筋萎縮症(SMA),パーキンソン病などを中心に多くの疾患特異的iPS細胞を用いた病態解析が報告され,iPS細胞由来の神経系細胞を用いることによって,患者脳内で起きていた病理学的変化を正確に再現することができることが示されている.近年では患者からのiPS細胞の樹立は末梢血からも可能であることが示されたが,血球由来iPS細胞は神経分化しにくいという問題点があった.我々はこの問題を解決するため血球由来iPS細胞を高効率に神経幹細胞へ分化誘導する方法を開発し,血球由来iPS細胞が神経疾患モデルに使用できることを示した.さらに,この分化誘導法の途中でWntシグナルを制御する因子,レチノイン酸,Shhといった物質をニューロスフェア形成中に添加することにより,誘導される神経幹細胞の位置情報を任意に制御する方法を確立した.この方法とアルツハイマー病・ALS患者からのiPS細胞を用いて,誘導される神経幹細胞の領域特異性が正確な疾患表現型の検出のために重要であることを示した.今後は単一遺伝子疾患だけでなく環境要因の寄与が強い疾患や孤発性症例の解析を可能にするため,iPS樹立,分化誘導,解析のステップを従来以上に効率化していくことが次世代の疾患モデルの発展につながると期待される.

総説
  • 中山 寛尚, 東山 繁樹
    2017 年 150 巻 6 号 p. 286-292
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/08
    ジャーナル フリー

    脳の発生過程において神経細胞は適切な位置に配置され,複雑かつ緻密な神経回路網を形成していく.その過程で軸索誘導因子と呼ばれる,セマフォリン(semaphorin),ネトリン(netrin),スリット(slit),エフリン(ephrin)に代表される4種の因子とそのレセプターが精密な神経回路形成に極めて重要な役割を担っている.軸索誘導因子は,その作用として神経軸索を誘引または反発する性質を有しており,軸索を適切な方向に伸長させて,標的の神経細胞に到達するためのガイダンス因子として機能している.その後,さらなる機能解析によって,これらの因子は神経細胞のみならず血管内皮細胞,がん細胞,免疫細胞など様々な細胞に働きかけ,多様な機能を持ち合わせていることが分かってきた.たとえばセマフォリン3F(SEMA3F)は,神経軸索伸長を阻害する反発因子であると同時に,グリオーマU87MG細胞の遊走・浸潤を阻害すること,血管内皮細胞の遊走を阻害して血管新生を抑制する因子であることが分かってきた.一方で,軸索伸長を誘引するネトリン-1(netrin-1)は,U87MG細胞の遊走・浸潤を惹起するとともに,血管新生を誘導して転移を誘発する因子であることが明らかとなった.近年では,netrin-1がCD4陽性T細胞に対して遊走を惹起することが分かり,炎症免疫応答においても重要な役割を担っていることが分かってきた.以上の知見から我々は軸索誘導因子が,がんとその周辺環境(微小血管ネットワーク,細胞外基質や炎症など),いわゆる『がん微小環境』の制御因子であると考えている.がん微小環境は,がん幹細胞を形成・維持することによって,がんの再発や薬剤抵抗性を生み出す要因となることや,がん細胞の浸潤・転移を誘発する分子機構の一端を担っている.よって,軸索誘導因子のがん微小環境への影響を精査してその役割を解明することによって,新たながん治療薬の開発あるいは治療戦略が提示できるものと考えている.

実験技術
  • 嶋澤 雅光, 西中 杏里, 原 英彰
    2017 年 150 巻 6 号 p. 293-297
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/08
    ジャーナル フリー

    網膜静脈閉塞症(retinal vein occlusion:RVO)は,糖尿病網膜症についで罹患率の高い網膜血管病変であり,高血圧,糖尿病,高脂血症などが原因で網膜静脈が閉塞されることによって引き起こされる.浮腫や無灌流領域の形成が頻発し,これらの病態の進行は視機能の悪化と密接に関わっていることから,臨床においても重要視されている.薬物治療法として抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)抗体が使用されているが,浮腫や無灌流領域の形成などRVOの病態機序は不明であるため,抗VEGF抗体に対して反応性が低い患者や投与により症状が改善した場合でも再発を繰り返す患者が存在する等の問題が指摘されている.したがって,RVO病態機序の解明による抗VEGF抗体の最適な治療タイミングの判断や新たな作用機序を有した治療薬の開発が望まれている.臨床研究では患者背景が異なるため,抗VEGF抗体の作用検討や新規治療薬の開発は困難であり,臨床と酷似した病態を有するRVOモデルの作製が必要である.これまで,RVOモデルの作製に関して研究が行われているが,RVOの特徴的な病態である嚢胞状の浮腫を再現し抗VEGF抗体の治療効果を検討した動物モデルは報告がない.したがって,RVOの病態解明や新規治療薬の探索を行うためには,臨床病態をできる限り正確に反映した動物モデルが必要である.本稿では,マウスを用いたRVOモデルの作製法並びにその評価法について紹介する.さらに,RVOの治療薬として使用されている抗VEGF抗体及びカリジノゲナーゼの効果についても紹介する.

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