漢方薬である抑肝散(よくかんさん)は,アルツハイマー病の周辺症状(BPSD)にしばしば使われる.しかし,その薬理学的特性は未だ明らかにされていない.漢方を認知症の補完・代替医療として考える場合には,その薬理学的な背景を明らかにすることが肝要である.そこで,我々は抑肝散が,妄想・興奮モデルとしてのメタンフェタミンによる自発運動量の異常増加を抑制すること,幻覚モデルとしての5-HT
2A受容体アゴニストであるDOI投与による首振り行動,高架式十字迷路および明暗箱課題を用いた不安行動,夜間徘徊の指標となる明暗サイクルにおける明期の自発運動量の増加をそれぞれ有意に抑制することを明らかにし,認知症患者のBPSDに有効である可能性を示した.さらに8方向放射状迷路課題において,抑肝散が空間記憶障害の改善作用を示すこと,さらにこの作用は記憶に関わる海馬ACh神経終末からのACh遊離の促進を介することを見出し,抑肝散の中核症状への応用の可能性を提案した.次に,これらの作用が抑肝散の構成生薬のうちどれに由来するかを検討した.その結果,抑肝散を構成する7種の生薬のうちBPSDに対しては釣藤鈎(ちょうとうこう)の5-HT
2A受容体を介した作用が,また,中核症状に対しては当帰(とうき)のACh神経系を介した作用がその役割を担っている可能性が示唆された.以上のことから,抑肝散はアルツハイマー病患者のBPSDのみならず中核症状にも有効で,補完・代替医療において西洋薬に替わる治療薬として有用であることが示唆された.
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