日本薬理学雑誌
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144 巻, 6 号
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精神疾患治療薬創製のための技術最前線
  • 桑原 佑典, Tore Eriksson, 釣谷 克樹
    2014 年 144 巻 6 号 p. 260-264
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    精神疾患領域には大きなアンメットメディカルニーズが残されており,治療薬開発や創薬標的探索に向けた研究が企業やアカデミアで行われているが,その基礎となる疾患の発症分子メカニズムさえも未だに不明な部分が多い.近年のゲノム解析機器のハイスループット化に伴い,一塩基多型(SNP)を用いたGWAS(ゲノムワイド関連解析)が開発され,精神疾患分野においても数千人以上の大規模患者集団を用いた疾患関連遺伝子探索に関する研究成果が数多く報告されている.統合失調症においては,TRIM26 やTCF4 等の遺伝子やmiRNA の関与が見出され,これらを含めた新たなメカニズムが検討されつつある.また,次世代シーケンサーの急速な発展によって,一塩基変異(SNV)やコピー数多型(CNV)といった個人毎の稀な変異を対象とするエクソーム解析や全ゲノム配列解析といった技術も開発され,これらからも統合失調症患者でARC の複合体やNMDA 受容体複合体に変異が多い等の一定の成果が得られつつある.動物モデルなどを用いる精神疾患に対する従来の研究手法には限界もあり,今後の新機軸の一つとして,患者のゲノム情報を中心とし,遺伝子発現等の既存情報をバイオインフォマティクス技術を用いて統合解析し,発症メカニズムの解明や創薬標的の探索に取り組む流れが現在注目されている.また,バイオインフォマティクス技術は,既存薬や開発中の化合物について新たな適応疾患を探索するドラッグリポジショニングにも応用されている.新たな適応疾患は臨床開発時や市販後の臨床研究で明らかになる場合が多いが,早期にその可能性を見いだすことが製薬企業には重要であり,この解析にバイオインフォマティクスは欠かせないツールとなりつつある.本稿では精神疾患創薬研究におけるバイ オインフォマティクスの活用として,新規創薬標的の探索とドラッグリポジショニングの2 つの観点から最新の知見を紹介する.
  • 田鳥 祥宏, 小林 啓之
    2014 年 144 巻 6 号 p. 265-271
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    ドパミン神経伝達には,統合失調症陽性症状(幻覚・妄想)と関連すると考えられる高濃度のドパミンにのみ反応する低感度のphasic 相,パーキンソン病様運動障害や高プロラクチン血症と関連する低濃度のドパミンで反応する高感度のtonic 相,行動のモチベーションと関連する中濃度のドパミンで反応する中感度のintermediate 相がある.我々はヒト型ドパミンD2 またはD3 受容体の発現密度が異なるCHO 細胞株を樹立してドパミンに対する感度レベルの異なる系を作成し,ドパミンD2 受容体部分アゴニストおよび抗精神病薬のin vitro 薬理作用を評価した.ドパミンD2 受容体発現細胞において,アリピプラゾールを含む部分アゴニストは,低発現・低感度レベル(高ドパミン濃度で反応)細胞においてアンタゴニストとして,中発現・中感度レベル細胞において部分アゴニストとして,高発現・高感度レベル細胞においてアゴニストとして作用した.アリピプラゾールのドパミンD2 受容体に対する固有活性は,統合失調症患者の陽性症状改善効果が不十分であった部分アゴニストよりも低く,また,パーキンソン病様運動障害を生じた部分アゴニストよりは高かった.アリピプラゾールの適した固有活性が優れた臨床特性(有効性と副作用の乖離)に寄与していると考えられる.アリピプラゾールを含む部分アゴニストはドパミンD3 受容体発現細胞においても部分アゴニスト作用を示した.統合失調症患者において抗うつ効果が報告されている抗精神病薬は,ドパミンD3 受容体発現細胞と比べてドパミンD2 受容体発現細胞に対して,より低濃度でアンタゴニスト作用を示した.これらの抗精神病薬の低濃度でのドパミンD2・D3 受容体アンタゴニスト作用の乖離が抗うつ効果に寄与している可能性がある.
  • 三原 拓真, Steven J. Siegel
    2014 年 144 巻 6 号 p. 272-276
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    社会性障害は統合失調症の主症状の一つである陰性症状に分類されており,現状の治療法では満足な改善効果が得られていない.これまでに,統合失調症の陰性症状や認知機能障害の改善を目指して多くの新薬候補化合物が臨床試験を試みてきたが,残念ながら満足な結果を得たものはない.このことは,統合失調症治療薬開発における創薬標的の妥当性だけでなく,前臨床試験の臨床予測性にも疑問を生み出す結果となっており,特に行動薬理試験に対する昨今の風当たりは強い.しかし,本疾患の原因解明,病因候補遺伝子改変動物のエンドフェノタイプ解析,新規化合物のスクリーニング等において,未だ行動薬理試験に頼らざるを得ない状況であることに変わりはない.今回著者らは,社会性行動試験として3 チャンバーモデルを用い,さらに神経生理学的な手法を組み合わせた社会行動誘発活動課題を作成することで,動物に行動探索させている際に起こる標的脳内領域の神経活動を同時に測定し,その生理的な変化ならびに被験薬等による標的領域に対する作用を定量的に解析することを可能に した.このことは,行動薬理試験で得られたデータの客観性や病態生理学的な妥当性ならびにその位置づけを高め,さらには新薬を創出する上での臨床確度を向上させることに繋がることが期待される.本稿では我々の検討により得られた結果,ならびにその可能性について紹介する.
総説
  • 佐伯 万騎男, 江草 宏
    2014 年 144 巻 6 号 p. 277-280
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬と骨形成促進薬に分類される.従来の骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬が主流であったが,破骨細胞と骨芽細胞の活性が共役する機構が存在するために長期的には骨形成が低下して効果が減弱したり副作用が生じたりする問題点があった.骨形成促進薬anabolic agent としてはヒト副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)製剤であるテリパラチドが現在唯一の治療薬である.我々は破骨細胞におけるnuclear factor of activated T cells (NFAT)シグナルをターゲットとした骨吸収抑制薬の創薬を当初の目的として,RAW264.7 細胞を用いたセルベースアッセイ系を構築し,様々な化合物ライブラリーを用いた創薬スクリーニングを行ってきた.スクリーニング中に多くのNFAT 活性化小分子化合物を発見し,これらの破骨細胞を活性化させる化合物が,anabolic therapy に使用できる可能性があるのではないかと考えた.Anabolic agent として唯一臨床応用されているPTH 製剤が血中のカルシウム濃度を上昇させるしくみの一つに,骨吸収の促進がある.したがって,PTH の骨吸収促進という教科書的事実に固執していたら,テリパラチドが骨形成促進薬として開発されることもなかったであろう.PTH の持続的投与は骨吸収の促進をもたらすが,間歇的投与intermittent PTH(iPTH)treatment によるPTH の骨形成促進作用に注目したことが,テリパラチドという骨形成促進薬の開発につながった.我々はこのテリパラチドの例をヒントに,あえて破骨細胞の活性化薬をスクリーニングすることから,新しい骨形成促進薬を開発できないかと考えている.
  • 李 昌一
    2014 年 144 巻 6 号 p. 281-286
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    生体分子の酸化,とくに生体膜の脂質過酸化反応による損傷,タンパク質および核酸の変性の原因となる活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)・フリーラジカルによる酸化ストレス(oxidative stress)は糖尿病,動脈硬化,高血圧症などの生活習慣病だけではなく,脳梗塞,認知症に代表される神経変性疾患メカニズムの原因として知られている.ROS による酸化ストレスが原因とされている疾患は抗酸化システムの能力が減弱し,消去できないROSの産生量増加による酸化作用が強くなるバランスが崩れた状態である.この酸化ストレスは様々な疾患の原因となり,とくに血管病であり,生活習慣病である動脈硬化,高血圧症,糖尿病を惹き起こす.同様に,生活習慣病の一つでもある歯周病の発症メカニズムに酸化ストレスが関与していると言われている.全身疾患と歯周病との新しい相関概念としてペリオドンタルメディスン(periodontal medicine)という考えが米国から提示された.ペリオドンタルメディスンは全身疾患が歯周病に影響を及ぼすという従来の概念のみならず,歯周病が全身の健康状態に強い影響を与えるという二方向性の有用な情報を蓄積する新しい歯周病の疾患概念である.歯周病に対するヒトやラットモデルの抗炎症作用を中心とした様々な抗酸化物質による治療的効果が報告されており,歯周病の主要な要因として酸化ストレスが関与していることが考えられる.しかしながら,臨床の現場あるいは,感染症であるとともに血管病あるいは酸化ストレスが惹き起こす炎症による疾患としての歯周病が認知されているとは言いがたい.今後,様々な実験モデル,抗酸化物質を用いた臨床応用や新しい歯周病検査開発の試みなどの研究が続けられ,歯周病の酸化ストレス病因論としてのメカニズム解明を続ける必要がある.
実験技術
  • 杉本 忠則
    2014 年 144 巻 6 号 p. 287-293
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    Wavelet 解析は比較的新しい解析手法であり,時間周波数解析ができる.これまで,時間周波数解析の手法としてはFourier 解析が知られていたが,解析結果に時間情報が含まれないことより研究者にとって満足できる解析結果とはならないことが多かった.一方,wavelet 解析では,解析結果に時間情報が含まれるため,特定の時点での周波数情報を知ることができる.それゆえ,現在wavelet 解析は幅広い分野で利用されている.しかし,薬理学で紹介される機会が少なかったため,詳しくない研究者も多いと思われる.本論文では,wavelet 解析の簡単な理論説明を行い,いくつかの簡単な時間連続データにおけるFourier 解析とwavelet 解析との解析結果の比較を行うことにより,wavelet 解析を理解して頂くことにした.また,実際の薬理データ(ラットの脳波)に対し,Fourier 解析とwavelet 解析とを実施した.Fourier 解析ではデータを分割解析することにより途中で起きるパターン変化が検出できたが,その分割が最適かどうかの疑問が残った.一方,wavelet 解析ではデータ分割することなく解析でき,より細かな変化も検出可能な解析結果が得られた.その中には研究者が求めたい情報が含まれていることより,wavelet 解析が生体の状態を解明する上での強力な手段となりうることが示された.このようにwavelet解析はFourier解析に比べ優れた解析手法である.しかし,Fourier 解析が不要と言うわけではない.解析対象となるデータの性質や着目点によってはwavelet解析よりもFourier解析の方が適切な場合もあるので,解析目的によりwavelet 解析とFourier 解析とを適切に使い分けて欲しい.
新薬紹介総説
  • 宮崎 章, 松尾 明, 飯田 聡夫, 西野 範昭, 前田 和男, 松本 裕, 大類 諭
    2014 年 144 巻 6 号 p. 294-304
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    クエン酸第二鉄水和物(リオナ® 錠250 mg)はカルシウム(Ca)非含有リン(P)吸着薬として,透析導入前の保存期を含めた慢性腎臓病(CKD)患者の高P 血症の改善を適応とし,世界に先駆け本邦で承認された新規P 吸着薬である.正常ラットにおいて,クエン酸第二鉄水和物は糞中P 排泄量を増加させ,P 吸収量を減少させた.慢性腎不全ラットにおいては,血清P 濃度,Ca×P 積,大動脈のCa 沈着を低下させ,血清中の副甲状腺ホルモン濃度の低下により,副甲状腺過形成,骨代謝異常を軽減させた.したがって,クエン酸第二鉄水和物は,消化管でリン酸と結合してP 吸収を抑制すること,高P 血症に関連した異所性石灰化,二次性副甲状腺機能亢進症,骨代謝異常の進展を抑制することが示された.国内臨床試験では,血液透析患者対象の第Ⅱ相臨床試験において血清P 濃度低下作用に対する用量反応性が確認され,第Ⅲ相臨床試験においてセベラマー塩酸塩との非劣性が確認された.腹膜透析患者および保存期CKD 患者においても,血清P 濃度低下作用が確認された.また,保存期CKD 患者において,血清中の線維芽細胞増殖因子-23(FGF-23)濃度はプラセボ投与群に対し有意な低下を示した.安全性において主な副作用は,下痢(10.1%),便秘(3.2%),腹部不快感(2.5%),血清フェリチン増加(2.7%)であり,そのほとんどが軽度であった.本剤の投与で一部の鉄が吸収されることにより,血清フェリチン濃度やヘモグロビン濃度の上昇が認められたが,これらの変化は赤血球造血刺激因子製剤や静注鉄剤を減量しながら服薬を継続する中で定常化した.以上,本剤は透析患者および保存期CKD 患者における高P 血症に対して有効性および安全性が確認されたことから,高P 血症を呈するCKD 患者の新たな治療選択肢 として期待される.
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