日本薬理学雑誌
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152 巻, 1 号
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特集:遺伝子改変マウスを用いた新しい創薬・薬理学研究の展開
  • 佐原 成彦
    2018 年 152 巻 1 号 p. 4-9
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    日本では2025年に「認知症1300万人時代」が到来すると言われている.残念ながら,認知症の予防薬・根本治療薬は存在しない.認知症は,認知機能の障害により社会活動などが困難になる病気を総称したものであり,アルツハイマー病,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症など様々な症状がある.現在,脳老化メカニズムの探究を通して認知症発症メカニズムを明らかにしようとする試みが行われている.脳老化メカニズムのうち,神経系を構成するタンパク質の生理機能の喪失やタンパク質の毒性・病原性の獲得により,神経回路が破綻し認知症に至る脳タンパク質老化という概念が提唱された.我々はタウタンパク質に焦点を当てて,脳老化現象の追跡ならびに老化を誘導する毒性メカニズムの探索を行なってきた.タウタンパク質は加齢とともに機能的変化を起こし,最終的には細胞内タンパク質凝集体を形成し,神経細胞死を誘導することが知られており,ヒト病態を反映するモデルマウスの開発も進められてきた.我々は,タウオパチーマスモデルを用いて陽電子放出断層撮像(positron emission tomography:PET)イメージング,核磁気共鳴診断法(magnetic resonance imaging:MRI),二光子顕微鏡による蛍光イメージングを通して,生体でのタウタンパク質老化を追跡し,同一個体での病態進行度を評価しうる実験系を確立した.

  • 服部 裕一
    2018 年 152 巻 1 号 p. 10-15
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    ヒスタミンは,生体内において,炎症,アレルギー反応,胃液分泌,神経伝達など,多岐にわたる生理活性作用を有し,これら作用はGタンパク質共役型ヒスタミン受容体を介して引き起こされるが,これまでにH1,H2,H3,H4の4種類のヒスタミン受容体が同定されている.1990年代の終わりから,次々と,これらヒスタミン受容体を欠損させた,あるいはヒスタミン合成酵素であるヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)を欠損させた,ヒスタミン関連遺伝子のノックアウトマウスが開発され,ヒスタミンの新たな生理的,病態薬理学的役割が見出されている.敗血症は,高齢者人口の増加,悪性腫瘍や移植時の化学療法などによる免疫機能の低下,多剤耐性菌の出現などにより,症例数は増加の一途をたどり,現在においてもなお高い死亡率を有している.現在,敗血症は,感染に対する制御不能な宿主反応による生命に関わる臓器不全と定義されるようになったが,急性肺傷害をはじめとする敗血症性臓器不全の発症・進展機構は,未だ十分に理解されていない.敗血症病態においてヒスタミンの血中レベルが上昇するという報告は古くから知られており,ヒスタミンが敗血症病態の修飾に関与し,ヒスタミンが敗血症による主要臓器の組織傷害の進展に寄与している可能性が想定される.本稿では,HDCノックアウトマウスと,H1およびH2受容体ダブルノックアウトマウスを用いて,盲腸結紮穿孔により多菌性敗血症にしたときの主要臓器における組織傷害の程度の,ヒスタミンが欠損している場合,そして,H1およびH2受容体が欠損している場合での修飾的変化について紹介し,敗血症性臓器障害におけるヒスタミンの役割について考察する.

  • 吉川 雄朗, 中村 正帆, 谷内 一彦
    2018 年 152 巻 1 号 p. 16-20
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    ヒスタミンは脳内では神経伝達物質として機能している.ヒスタミン神経は視床下部後部に位置する結節乳頭核に細胞体を有し,その神経線維を脳全体に投射する.これまでの研究により,ヒスタミン神経系の機能低下が様々な神経疾患と関連している可能性が示された.我々はシナプス間隙に放出されたヒスタミンの除去機構を抑制することで,ヒスタミン神経系を活性化し神経疾患の治療へと結びつけたいと考え,未解明の課題であったヒスタミンのクリアランス機構の解明に着手した.まず初代培養ヒトアストロサイトを用いた研究を行い,細胞外のヒスタミンがorganic cation transporter(OCT)3およびplasma membrane monoamine transporter(PMAT)によって細胞内へと輸送され,その後histamine N-methyltransferase(HNMT)によって不活化される,という分子機構を明らかにした.次にHNMTの生体における役割を明らかにするため,HNMT欠損マウスを新規に作製し,表現型を解析した.その結果,HNMTが脳内ヒスタミン濃度制御において中心的な役割を担っていることが示された.またHNMT欠損によりヒスタミンが異常高値となると,ヒスタミンH2受容体を介して高い攻撃性が惹起されること,H1受容体を介して睡眠覚醒サイクルに異常を来すことも明らかとなった.OCT3とPMATの脳内における役割については,セロトニン神経系やドパミン神経系との関連は報告されているものの,ヒスタミン神経系におけるこれらのトランスポーターの役割については不明な点が多い.現在我々はPMAT欠損マウスの表現型解析,およびHNMT阻害薬探索研究を行っている.今後トランスポーターとヒスタミン神経系との関連を解明することや中枢ヒスタミン系を標的とした創薬に尽力していきたいと考えている.

総説
  • 谷村 明彦, 根津 顕弘, 森田 貴雄, 村田 佳織
    2018 年 152 巻 1 号 p. 21-27
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    イノシトール1.4.5-三リン酸(IP3)は,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)やチロシンリン酸化酵素内蔵型受容体の刺激を介するホスホリパーゼC(PLC)の活性化によって産生され,細胞内ストアからCa2+を放出させる重要な細胞内メッセンジャーである.特にGPCRは様々な生理活性物質を介する情報伝達に関与する重要な創薬ターゲットである.その主要なグループの1つであるGq/11タンパク質を介する細胞応答の指標としてIP3の測定が必要である.近年,分離・定量法やIP3結合タンパク質を使ったバインディングアッセイに変わる方法として,Alphaテクノロジー,蛍光偏光法,競合的リガンド結合アッセイ(CFLA)が開発され,創薬研究などに利用されている.またイメージング解析では,Ca2+ウェーブやオシレーションなどの複雑なパターンを持ったCa2+シグナルが様々な細胞で発生することが明らかにされ,その発生機構の解明手段として蛍光IP3センサーを使った研究が進められてきた.これまでにPLCのPHドメインとGFPの融合タンパク質やIP3受容体のリガンド結合部位にCFPとYFPを結合させたFRET型の蛍光センサーが開発されている.特に,FRET型センサーは定量性が高く,キャリブレーションによって個々の細胞内IP3濃度([IP3i)を求めることが可能である.Ca2+とIP3の同時測定では,様々な細胞でCa2+オシレーションと同調した[IP3i振動が観察されている.数理モデルを使った研究によって,IP3生成系に対するCa2+のフィードバック促進によってIP3振動が発生し,これがCa2+オシレーションの頻度と振幅の調節に関与することが予測され,実験的にも確認されている.現在使われているFRET型IP3センサーは,蛍光変化率が小さく局所的なIP3シグナルを高速で測定することが難しい.今後のCFLAを含む新しい技術を使った改良によって,より精度の高いIP3イメージングやin vivoイメージング解析が可能になることが期待される.

実験技術
  • 鹿内 浩樹, 泉 剛
    2018 年 152 巻 1 号 p. 28-32
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    神経細胞の活動を分析するための技術として,今なお電気生理学的手法が広く用いられている.特に,脳機能を評価するためには,一つ一つの神経細胞の機能を評価することも大事だが,神経を〝回路レベル〟で評価することが重要である.同様に,中枢神経作用薬の薬理効果においても,個々の神経細胞における電位変化の測定や分子動態の解明も必要だが,脳全体における作用機序,すなわち神経回路に対する作用を考えることが大切である.そこで本稿では,神経回路を評価するin vivo電気生理学的手法の手技の一つであるjuxtacellular recording法と,それを用いた薬理作用機序の解明を紹介する.Juxtacellular recording法は,whole brainにおける単一神経細胞の膜電位記録と記録細胞の化学標識を可能とする実験技術である.記録された波形を解析することで得られる活動電位パラメータは,細胞の電気生理学的な特徴を提示し,さらにneurobiotinで標識された記録神経細胞を含む脳切片は,免疫染色と組み合わせることでその化学的性質を同定することが可能である.実際にjuxtacellular reconding法を用いて,薬物の作用機序を神経回路レベルで明らかにした例として,黒質網様部を制御する神経回路に対する研究を紹介する.前頭皮質(cerebral cortex)から投射を受ける側坐核-淡蒼球外節-視床下核-黒質網様部(cerebral cortex-NAcc-GPe-STN-SNr)経路は,①STN-SNr経路(hyperdirect pathway),②NAcc-SNr経路(direct pathway),③NAcc-GPe-STN-SNr経路(indirect pathway)の3つが代表的なものとして挙げられる.Juctacellular recordingによる電気生理学的実験では,これらの神経回路を分離して評価することが可能である.Phosophodiesterase(PDE)4阻害薬ロフルミラストの静脈内投与は,②および③の神経回路には作用するが,一方で①の神経回路経路には影響を与えないことが電気生理学的に明らかとなった.このcerebral cortex-大脳基底核の神経回路は,運動や認知などの脳機能を制御するために重要であることから,PDE4阻害薬がパーキンソン病や注意欠如/多動性障害などに対する新規治療薬の可能性をもつことを示唆している.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(24)
新薬紹介総説
  • 木下 潔
    2018 年 152 巻 1 号 p. 39-50
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/07/11
    ジャーナル フリー

    Clostridium difficileC. difficile)は腸内常在菌でもあり,抗菌薬治療等により腸内細菌叢が破壊された後に腸内に繁茂し,強毒素であるトキシンA及びトキシンB(TcdA及びTcdB)を産生する.これらのトキシンにより腸管上皮細胞が損傷されることで発症するC. difficile感染症(CDI)は,劇症大腸炎を合併して死に至る場合もあり,その再発抑制がCDI治療における最大の課題とされていた.ベズロトクスマブはTcdBを標的とし,その活性を直接中和するヒトモノクローナル抗体である.本薬は,種々リボタイプのC. difficile由来のTcdBによる細胞毒性を,いずれも臨床用量でのヒト血清中薬物濃度(Cmax値:169 μg/mL)の1/150以下の濃度(EC50値)で阻害した.さらに,リボタイプ027(強毒株)や日本に多いリボタイプ018(smz)及び369(trf)を含む日米欧のC. difficile臨床分離株(81株)についても,本薬の阻害作用が認められた.また,本薬はハムスター及びラットCDIモデルの生存期間を,用量依存的に延長した.CDI再発に対する抑制効果を評価した臨床第Ⅲ相試験(MODIFY I及びII)において,ベズロトクスマブ群の投与後12週までのCDI再発率はプラセボ群と比較して有意(P<0.0001)に低く,本薬によるCDI再発抑制効果が認められた.ベズロトクスマブは,「クロストリジウム・ディフィシル感染症の再発抑制」の効能・効果を有する世界初の治療薬であり,本邦では2017年9月に製造販売を承認され,同年12月に発売された.ベズロトクスマブは,C. difficileの強毒性流行株を含む幅広いリボタイプに対して有効であることから,CDIの再発抑制を通してCDIの治療に大きく貢献することが期待される.

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