NOはL-arginine(L-Arg)と酸素を基質にNO合成酵素によりL-citrulline(L-Cit)とともに生成される.L-Argに加え産生物のL-Citにも多彩な作用があることが理解されてきた.NO,L-Arg,L-Cit各々が動脈硬化症さらに細胞老化に一定の役割を果たしていることが示唆された.特にL-Citは血液循環動態,肝,腎通過効果及び細胞内のアミノ酸トランスポーターにおいてL-Argとは異なる経路を取ると理解されている.対象細胞の状態によりNOを介する老化抑制及び血管内皮機能改善作用における各々の役割も異なっていると示唆された.培養ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)における細胞老化抑制はtelomerase活性を回復させる生理的replicative senescence抑制の可能性が示唆された.これにはNO産生や,NOに拮抗するROS抑制作用を伴った.各種siRNAを用いた検討は上記の結果を支持した.以上をふまえ高血糖動脈硬化モデルラットで,血糖への影響,内皮機能,細胞老化を検討しin vivoでの機序も同様であることが確認された.軽度肥満傾向も内服薬等のない健常中高年ボランテイアの方での検討でもL-Cit 1週間投与にて血管内皮機能の改善を認めた.生活習慣病刺激により細胞老化が動脈硬化刺激(血管内皮機能低下)と共に様々な形で惹起され,老化に対L-Arg以上にL-Citが予防効果を示す可能性が示された.機序として従来の血液循環動態,肝,腎通過効果による作用に加え,細胞内アミノ酸トランスポーターの寄与も示唆され,L-Citの広範な作用の説明が可能と考えられた.進行2型糖尿病,高齢者(耐糖能異常を自然発症),メタボリック症候群(インスリン抵抗性症候群)等の病態モデルでの知見が有用だと考えられた.
一酸化窒素(NO)やその合成酵素(NOSs系)の肺高血圧症における詳細な役割は未だ十分に解明されていない.そこで我々は肺高血圧症,特に呼吸器疾患に合併した肺高血圧症(第Ⅲ群)におけるNO/NOSs系の役割に注目し,臨床検体とtriple n/i/eNOSs欠損マウス(NOSs系完全欠損マウス)を用いた多面的な病態解析を試みた.最初に第Ⅲ群の代表的な疾患である特発性肺線維症の患者において肺動脈収縮期圧と気管支肺胞洗浄液中NOx(nitrate+nitrite)濃度を調べたところ,有意に逆相関しており,第Ⅲ群の肺高血圧症において肺内のNO産生が低下していることを明らかにした.次にマウスを用いた低酸素性肺高血圧症モデルを作成し,その肺循環動態を比較した.そのところtriple NOSs欠損マウスは野生型マウスに比して高度な肺高血圧症を呈していた.さらには低酸素曝露後のtriple NOSs欠損マウスでは,血中骨髄由来血管平滑筋前駆細胞数の増加を認め,同時に緑色蛍光タンパク質(GFP)発現マウスの骨髄を移植したtriple NOSs欠損マウスにおいては肺血管病変にGFP陽性細胞を直接認めた.重要なことに,野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は野生型マウスの肺高血圧症を悪化させ,逆にtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植に比して野生型マウス骨髄の移植は,triple NOSs欠損マウスの肺高血圧症を改善させた.また,野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は,野生型マウス肺における免疫と炎症関連遺伝子を多数亢進させていた.以上の結果から,NOS系,特に骨髄NOSs系は第Ⅲ群の肺高血圧症において重要な保護的役割を果たし,その経路には免疫や炎症を介した機序が関与していることが示唆された.
近年,硫化水素(H2S)が一酸化窒素や一酸化炭素に次ぐ第3のガス状伝達物質であることが明らかにされ,神経伝達の修飾,血管平滑筋の弛緩など,多彩な生理作用を示すことが報告されている.一方で著者らの研究対象である下部尿路組織(膀胱および前立腺)におけるH2Sの生理機能については,少なくとも前立腺組織に関する報告は現状見られない.また膀胱組織に関しては,H2Sドナーによる膀胱平滑筋の収縮作用および弛緩作用いずれも報告されており,膀胱組織におけるH2Sの生理機能について詳細は未だ明らかではない.本稿では,ラットの膀胱および前立腺組織を用いた著者らの研究成績を中心に,下部尿路組織におけるH2S生合成酵素の発現分布ならびにH2Sの生理機能について概説する.また最近,膀胱機能障害に伴う下部尿路症状(lower urinary tract symptoms:LUTS)を呈する自然発症高血圧ラット(spontaneously hypertensive rat:SHR)を用いた著者らの検討から,LUTSに対しH2Sが新たな治療標的となる可能性について紹介する.
我々は,種々の感覚器から情報を得て生活を送っているが,この感覚情報のうちの80~90%は視覚から得ていると言われている.従って,失明は我々の生活の質を著しく低下させる.近年の疫学調査によると,本邦における後天性失明原因の第1位は緑内障,第2位は網膜色素変性である.緑内障および網膜色素変性による失明の原因は,それぞれ,網膜神経節細胞および桿体・錐体細胞の脱落である.緑内障に対しては眼圧降下療法が行われているが,網膜神経節細胞を直接保護する薬物は実用化されていない.また,網膜色素変性の進行を抑制する有効な治療法は,未だ存在しない.microRNAは,およそ20塩基の長さのnon-coding RNAであり,標的遺伝子の発現をmRNAレベル,あるいは翻訳レベルで抑制性に調節することが明らかにされている.microRNAは特定のmRNAと1:1で作用するのではなく,1つのmicroRNAが複数のmRNAに対して作用すること,またヒトの遺伝子のおよそ3割はmicroRNAによる制御を受けていることから,microRNAはがんや神経変性疾患をはじめとする種々の疾患の発症や進行に関与している可能性が考えられている.近年,緑内障や網膜色素変性をはじめとする網膜変性疾患モデル動物の網膜においても種々のmicroRNAの発現変動が認められることや,このmicroRNAの発現変動が網膜変性の発症や進行に関わっている可能性を示唆するデータが報告されている.本稿では,これまでに報告されている網膜変性疾患とmicroRNAの発現変動との関係についてまとめ,加えて,これらの知見を網膜変性の機序解明や網膜神経保護治療の開発にどのようにつなげればよいか,私見を述べる.
緑内障は本邦における中途失明原因第一位の疾患である.緑内障における失明は視覚情報を脳へ伝える網膜神経節細胞(以下,RGC)が障害されることによって生じる.従来,緑内障のリスクとしてよく知られる高眼圧が直接的にRGCに機械的負荷をかけることによって細胞障害を誘導すると考えられてきた.しかしながら,近年の疫学研究から日本人緑内障患者の大部分が正常眼圧緑内障であることが明らかとなり,上記の仮説以外の新たな病態発現メカニズムの解明が急務となっている.このような背景のもと,本稿では視覚組織を構成する非神経細胞の1つである「グリア細胞」が緑内障発症過程に積極的に寄与する可能性について議論したい.中枢神経系を構成するグリア細胞は,髄鞘を形成するオリゴデンドロサイト,免疫担当細胞であるミクログリア,脳内恒常性や神経機能制御に関わるアストロサイトなどが知られているほか,網膜ではミューラー細胞のような組織特異的グリア細胞も存在する.グリア細胞は,様々な神経変性疾患において活性化することが報告されており,緑内障においてもヒト患者,霊長類モデル,げっ歯類モデルの網膜や視神経において活性化することが示されている.興味深いことに,グリア細胞の活性化はRGCの脱落が認められない緑内障早期から認められ,グリア細胞の機能変調はRGC障害による二次的変化ではなく,むしろ病態の発現するための原因となる可能性がある.例えば,グリア細胞特異的遺伝子の欠損は,正常眼圧緑内障様症状の誘導や緑内障モデルマウスでの病態の増悪をもたらす.本稿ではグリア細胞,特に眼組織のマクログリアであるアストロサイトおよびミューラー細胞の緑内障発症における役割について,最近の知見を紹介する.
網膜色素変性症(RP)は,多様な遺伝子変異を原因として光受容体である視細胞が徐々に変性し視機能が低下していく遺伝性網膜変性疾患である.現時点でRPに対する確立された治療法はなく,日本においてはRPが失明原因の2位である.過去には胎児網膜をRP患者の網膜下に移植する臨床研究が海外で行われたが,その有効性について明確な結論は出ておらず,胎児からの組織を用いる治療は倫理的な問題により普及には至らなかった.2006年にiPS細胞が登場し,そしてiPS細胞からの立体網膜組織の誘導が可能になったことで,倫理的な問題を生じることなく網膜組織の移植治療も現実的なものとなった.我々はこれまで,マウス幹細胞ES/iPS細胞由来の網膜組織を末期網膜変性モデルマウスの網膜下に移植すると組織が視細胞層を形成して生着し,視細胞が経時的にホスト網膜とシナプスを形成することを明らかにした.また移植後にはホスト側の細胞で光応答性が回復すること,また行動解析によって光認識の回復が認められることを報告した.またサルに光凝固を行った網膜変性モデルにヒトiPS細胞由来の網膜組織を移植すると最大で2年以上の長期生存が確認され,良好な視細胞の生着と共に,視野検査による機能回復も示唆されている.これらのProof of Conceptをもとに,現在iPS細胞由来網膜組織を用いた臨床研究の準備を進めている.
動物は感覚器官を通して得た周囲の環境情報を統合し,状況に応じて適切な行動を選択する.特に,私たちヒトを含む哺乳類において視覚は生存に重要であり,多くの行動判断を視覚系から得られる情報に依存している.視覚系が処理する情報量は膨大であるが,我々の脳は並列・階層的な処理によりこの情報を瞬時に処理する.その結果として,我々はいとも簡単に周囲の状況を把握し,次に取るべき行動を絶え間なく選択することができる.このような機能を実現するためには,空間視知覚と運動情報の適切な統合が行われる必要がある.しかし,実際にどのような計算が必要なのか,どの脳領域がその役割を担うのか,未だその全容を直接的に検証した事例は少ない.本稿では主に霊長目で明らかになっている視覚系の解剖学的な構成と,背側視覚経路に関する生理学的および心理物理学的研究について解説する.加えて,げっ歯目を視覚モデル動物として用いた近年のアプローチについても紹介したい.また,人工知能研究は近年急速な発展を遂げているものの,周囲の環境とのインタラクションを担う機能については多くの課題が残されている.したがって,視覚誘導性の行動を担う神経回路機構を明らかにすることは,視覚認知障害の新規治療戦略の創出,精神疾患や神経疾患の神経回路病態の理解に加えて,将来のロボティクスの発展にも重要な示唆を与えることが期待される.
オピオイド受容体調節薬であるナルメフェン(セリンクロ®)は,日本,EU,および他の国々で,アルコール依存症患者における飲酒量低減で承認されている.本稿では,ナルメフェンの薬理学的特徴とアルコール依存症治療としてのナルメフェンの飲酒前頓用による有効性と安全性について紹介する.エタノールは,μ-オピオイド受容体アゴニストであるβ-エンドルフィンや,κ-オピオイド受容体アゴニストであるダイノルフィンなどの内因性オピオイドの放出を増加させる.前臨床データは,ナルメフェンがμ-オピオイド受容体にアンタゴニストとして,κ-オピオイド受容体に部分アゴニストとして作用し,エタノール依存性およびエタノール非依存性ラットモデルで,エタノール自己投与を減少させることを示した.ナルメフェンは,β-エンドルフィン/μ-オピオイド受容体およびダイノルフィン/κ-オピオイド受容体システムのアルコールによる影響を調節すると考えられる.高飲酒リスクレベルの日本人アルコール依存症患者を対象とした,心理社会的治療と併用したナルメフェン飲酒前頓用の,多施設共同無作為化二重盲検第Ⅲ相試験で,ナルメフェン10 mgおよび20 mgは,プラセボと比較して,治療期12週の多量飲酒日数および総アルコール摂取量を有意に減少させた.24週の治療期間で,ナルメフェン10 mg群または20 mg群で5%以上発現し,発現割合がプラセボ群より2倍以上高かった有害事象は,悪心,浮動性めまい,傾眠,嘔吐,不眠症,食欲減退,便秘,倦怠感および動悸であった.有害事象の重症度の多くは軽度または中等度であった.以上より,ナルメフェンは,アルコール依存症治療に新しい選択肢として「減酒」を提供する.