日本薬理学雑誌
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136 巻, 3 号
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特集 精神疾患治療薬の研究戦略
  • 中藤 和博, 原田 勝也, 戸部 貴彦, 山路 隆之, 高倉 昭治
    2010 年 136 巻 3 号 p. 128-132
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    統合失調症は,幻覚,妄想などの陽性症状,自閉,感情鈍麻などの陰性症状および認知機能障害を主要症状とする代表的な精神疾患である.統合失調症の発症機序としてドパミン神経系機能亢進やグルタミン酸神経系機能低下の関与が示唆されている.現在,統合失調症の治療には,主にドパミン受容体に作用する薬剤が用いられているが,近年,さまざまな機序でグルタミン酸神経系を賦活する化合物の研究が精力的に行われている.これらのうち,特に注目されてきたのがNMDA受容体グリシンサイト賦活薬であり,このカテゴリーに含まれる化合物としてグリシン,D-セリン,グリシントランスポーター1阻害薬,D-アミノ酸酸化酵素阻害薬などが挙げられる.グリシンサイト賦活薬は,神経細胞死や痙攣を誘発せず,統合失調症の各種動物モデル,中でも既存治療薬が奏功しない認知機能障害モデルで効果を示すことから,既存の抗精神病薬を上回る薬剤になる可能性がある.現在までにグリシンサイト賦活薬の小規模臨床試験が多数実施され,治療効果を示すことが相次いで報告されている.中でも新規グリシントランスポーター1阻害薬であるRG1678は,第II相臨床試験での有効性が最近公表され,注目を集めている.グリシンサイト賦活薬が上市されれば,薬物療法の選択肢が増えるとともに,患者の社会復帰促進に貢献することが期待される.
  • 渡邉 裕美
    2010 年 136 巻 3 号 p. 133-136
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    統合失調症の治療のゴールは,患者を社会復帰させることである.しかしながら,既存の抗精神病薬は陽性症状をよく改善するが,陰性症状や認知機能障害に対する作用は十分ではない.また,認知機能障害と患者の機能的転帰が高い相関を示すことから,統合失調症の治療薬研究において,認知機能障害を改善する薬物の開発が注目されている.米国では「統合失調症における認知機能改善のための測定と治療研究」と呼ばれるプロジェクト(Measurement and Treatment Research to Improve Cognition in Schizophrenia: MATRICS)において,統合失調症で障害されている認知機能領域が同定され,それらを包括的に評価できるテストバッテリーが開発された.このテストバッテリーを構成する臨床検査に対応する動物試験を,前臨床における薬効評価に用いれば,その試験成績をヒトに外挿しやすく,予測妥当性を高められるのではないかと考えられる.そこで我々は,Glasgow大学およびStrathclyde大学と共同で行ったYoshitomi Research Institute of Neuroscience in Glasgow(YRING)というプロジェクトにおいて,非競合的NMDA受容体拮抗薬フェンシクリジン(phencyclidine: PCP)を反復投与したラットの認知機能を,attentional set-shifting taskおよび5-選択反応時間課題を用いて評価した.その結果,PCP処置ラットは統合失調症の認知機能障害の一側面を反映している可能性が示唆された.
  • 飯島 通彦, 島崎 聡立, 吉水 孝緒, 唐沢 淳一, 茶木 茂之
    2010 年 136 巻 3 号 p. 137-140
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    現在,うつ病治療の第一選択薬として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬が使用されているが,これらの薬剤は,薬効および副作用の面で改善すべき問題点が残されており,必ずしも治療満足度が満たされているわけではない.これらの問題点を克服するために,従来の「モノアミン仮説」に基づいた薬剤開発から,より疾患の原因に根ざした薬剤開発を行うことが重要であると考えられている.我々は,新規抗うつ薬創製のためのアプローチとして,うつ病の発症に深く関与すると考えられているグルタミン酸神経系,特にグループII代謝型グルタミン酸(mGlu)2/3受容体に注目した創薬研究を行っている.本稿では,mGlu2/3受容体拮抗薬のうつ病動物モデルにおける効果を概説する.特に,既存の抗うつ薬が奏効しない条件下での学習性無力試験におけるmGlu2/3受容体拮抗薬の作用および尾懸垂試験におけるmGlu2/3受容体拮抗薬の抗うつ作用の作用機序の検討結果を紹介し,mGlu2/3受容体拮抗薬の治療抵抗性うつ病患者への有効性について考察する.
  • 増田 孝裕, 中川 伸, 小山 司
    2010 年 136 巻 3 号 p. 141-144
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    現在,うつ病の治療薬はセロトニンやノルアドレナリンといったモノアミンを増加させる薬剤が中心として用いられているが,脳内の細胞外モノアミン濃度は抗うつ薬の投与数時間後には増加するのに対し,臨床における治療効果発現までには数週間の慢性投与が必要とされることもあり,抗うつ薬の治療発現メカニズムは未だ明らかとされていない.近年,成熟期の脳においても海馬歯状回といった特定領域において,神経幹・前駆細胞が存在し,神経細胞が新生されることが明らかにされている.この海馬における神経新生は,うつ病発症の危険因子とされるストレスによって抑制され,逆に抗うつ薬を慢性投与することによって促進される.さらに,海馬神経新生を阻害すると,行動薬理評価モデルにおける抗うつ薬の作用が消失するなどの報告から,抗うつ薬による治療メカニズムの新しい仮説として海馬の神経新生促進仮説が提唱され,注目を集めている.本稿では,うつ病と海馬神経新生の関わりについて概説するとともに,我々が確立した成体ラット海馬歯状回由来神経幹・前駆細胞(Adult rat Dentate gyrus derived neural Precursor cell: ADP)の紹介を交えて,海馬神経新生をターゲットとした新規抗うつ薬創製のアプローチの可能性について記載する.
総説
  • 中畑 則道, 須釜 淳
    2010 年 136 巻 3 号 p. 145-149
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    スズメバチ毒素のマストパランはヒスタミン遊離活性を指標に見出された14個のアミノ酸残基からなるペプチドである.マストパランは三量体Gタンパク質の活性化作用を有し,活性化されたGタンパク質共役型受容体の如く振る舞うことから,薬理学的ツールとして貴重な存在である.しかしながら,マストパランには三量体Gタンパク質の活性化作用以外の作用も知られており,細胞膜リン脂質との相互作用による細胞膜におけるポアの形成は細胞障害性を示すことも知られており,注意を必要とする.その他にも,ガングリオシドのネガティブチャージとの結合や,タンパク質の脂溶性の部分と結合して,タンパク質機能を変化させる.いずれにしても,マストパランは強い生物活性を持ちシグナル伝達に影響を与える,魅力的なペプチドである.
  • 尾上 耕一, 星野 真一
    2010 年 136 巻 3 号 p. 150-154
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    通常のmRNA分解は3’末端ポリ(A)鎖の短縮化が第1段階であり,翻訳終結と共役して開始される.一方,ナンセンス変異を有する異常mRNAは,NMDと呼ばれるmRNA分解機構により正常なmRNAとは別経路を介して即座に分解される.NMDはナンセンス変異に起因する異常な短鎖タンパク質の生成を防ぐ防御機構として重要であるが,mRNAの急速な分解に伴う機能性タンパク質の欠如により致死的な疾患の原因となることがある.そのような疾患の治療薬として,最近PTC Therapeutics社において開発されたAtalurenが注目されている.Atalurenはナンセンス変異の結果生じた異常な終止コドンの読み飛ばしを引き起こし,機能性タンパク質の産生を可能にする.現在,臨床試験の段階にあるAtalurenだが,有効性,安全性ともに優れておりナンセンス変異に起因する多くの疾患への適応の拡大が期待される.
実験技術
  • 原 一恵, 松岡 正明
    2010 年 136 巻 3 号 p. 155-159
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    薬物動態学の教育は医学部ではコアカリキュラムで総論を扱うにとどまっていることが多い.しかし,薬物の個別治療に欠かせない概念であり,確実に学生に理解させる必要があるため,東京医科大学薬理学講座では,平成12年度より薬理学の学生実習において血中濃度シミュレーションを取り入れ,薬物動態学における血中濃度変化という現象を視覚的に理解させることを行ってきた.実際の実習では,<課題1>として投与経路による血中濃度曲線の違いを理解させた後,投与量の変動による血中濃度の変化,治療域が広い場合と狭い場合の比較,パラメータの変動が血中濃度に及ぼす影響を観察させ,まとめとして投与経路を組み合わせて行うテオフィリン療法をシミュレーションさせる.<課題2>では不規則な投与が血中濃度に与える影響をシミュレーションして考えさせた後,繰り返し投与における投与間隔と投与量の関係を調べさせる.<課題3>では腎機能障害者における投与量・投与間隔の変更方法について学習させる.アプリケーション操作は基本的に投与量等の数値を入力してシミュレーション実行ボタンを押すだけであり,1人1台のPCを使用して納得いくまで繰り返させることが出来る.コンピュータ入力ミスによる医療事故をも模擬的に招く様な設定をしておくことで,慎重さの重要性をも学習させる工夫や学生を飽きさせないよう血中濃度に応じた患者からの各種メッセージを表示させるような工夫を施すことが可能である.本実習は視覚を通じて薬物動態学を理解させるためきわめて効果的であり,しかも実習終了時には学生はPCの中の患者に対して自分が医師として行った治療の過程と結果を説明できるようになるという効果もある.このようにシミュレーション実習は実験動物や生身の人体を全く用いずに行える代替法であるだけでなく,薬理学講義で得た知識を臨床に進んだ時にも活かすための効率的な手段の一つである.
創薬シリーズ(5)トランスレーショナルリサーチ(6)
  • 山本 恵司
    2010 年 136 巻 3 号 p. 160-163
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    近年,医薬品による副作用として,QT/QTc間隔延長に伴う心室性不整脈誘発作用が注目されている.QT間隔は非臨床および臨床のいずれにおいても心電図検査で比較的容易に計測可能である.医薬品の研究開発では,まず非臨床においてIKr(カリウム電流)阻害作用をin vitroで検討し,次いでin vivoで動物のQT間隔延長作用を評価することが求められている.さらにその後,臨床においてThorough QT/QTc試験で,厳密にヒトのQT間隔に対する作用の有無が確認される.効率的な研究開発のためには,非臨床および臨床のいずれにおいてもQT延長作用の濃度反応性を解析し,並行して行われる有効性に関する臨床試験成績と併せてリスクベネフィットを評価し,被験薬の開発計画を早期に策定することが重要である.
新薬紹介総説
  • 越智 靖夫, 原田 拓真, 菊地 主税, 荒川 明雄
    2010 年 136 巻 3 号 p. 165-174
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    プレガバリン(リリカ® カプセル25 mg・75 mg・150 mg)は神経障害性疼痛の1つである帯状疱疹後神経痛を適応症として,2010年4月に承認された.ラットの神経障害性疼痛モデルにおいて,プレガバリンの経口投与は静的アロディニア(皮膚を軽く点状に圧することで生じる)および動的アロディニア(皮膚への軽擦で生じる)を抑制した.一方,鎮痛用量のモルヒネは静的アロディニアは抑制したものの,動的アロディニアに対して有効ではなかった.In vitroの検討では,プレガバリンは電位依存性カルシウムチャネルのα2δサブユニットと高親和性で結合することが見出されている.本サブユニットを1アミノ酸変異(R217A)させ,プレガバリンとの結合能を著しく減弱させた遺伝子改変マウスを用い神経障害性疼痛モデルでの効果を検討したところ,本薬による抗アロディニア作用は消失した.したがって,α2δサブユニットへの結合がプレガバリンの作用発現に必須であると考えられた.プレガバリンの臨床薬物動態特性としては,経口バイオアベイラビリティが高く,血漿タンパク質にほとんど結合せず,線形の薬物動態を示す.また,ほとんど代謝されず腎臓から排泄されることから本薬の薬物動態は肝障害による影響を受けない.これらの特性から,薬物動態上の相互作用のリスクが低い.日本人帯状疱疹後神経痛患者を対象としたプラセボ対照二重盲検比較試験(第III相試験)および長期投与試験では,本薬300 mg/日および600 mg/日(1日2回,経口投与)の鎮痛効果が検証され,投与後早期から鎮痛効果を発現することが確認された.主な副作用は,浮動性めまい,傾眠,末梢性浮腫および体重増加であったが,多くは軽度または中等度であり安全性に大きな問題は認められなかった.以上より,プレガバリンは帯状疱疹後神経痛に対し臨床で使用しやすい新たな治療の選択肢になると期待される.
  • 新井 裕幸, 八巻 麻美, 西村 祐一郎
    2010 年 136 巻 3 号 p. 175-184
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/09/13
    ジャーナル フリー
    上皮増殖因子受容体(EGFR/HER/ErbB)はEGFR(HER1/ErbB1),HER2(ErbB2),HER3(ErbB3)およびHER4(ErbB4)に分類されている.ラパチニブトシル酸塩水和物(タイケルブ®,以下,ラパチニブ)は4-アニリノキナゾリン構造を有する新規のEGFRおよびHER2阻害薬であり,低分子の経口投与可能な化合物である.ラパチニブはHER2を過剰発現しているBT474ヒト乳管癌細胞の増殖をin vitroおよびin vivoにおいて抑制し,各種乳癌細胞において,ラパチニブの腫瘍増殖抑制作用の効力はHER2の発現レベルと相関する.ラパチニブはEGFRおよびHER2を介したシグナル伝達経路の下流に位置するAktおよびextracellular signal regulated kinase(Erk)のリン酸化を抑制し,細胞内シグナル伝達を阻害する.また,乳癌細胞においてサバイビンの発現を低下させ,アポトーシスを誘導し,変異型HER2であるp95HER2に対しても阻害作用を示す.ラパチニブの臨床開発は2001年より米国にて開始され,EGFRもしくはHER2の過剰発現が確認されている乳癌を含む種々の癌腫に対する有効性および安全性の検討がなされている.2006年にNew England Journal of Medicineに発表された海外第III相試験の成績により,HER2過剰発現を示す転移性乳癌に対するラパチニブとカペシタビンの併用療法の有用性が示され,ラパチニブは2007年3月に米国にて全世界で最初に承認された.本邦においても2009年4月に「HER2過剰発現が確認された手術不能または再発乳癌」を効能・効果として承認され,アントラサイクリン系薬剤,タキサン系薬剤およびトラスツズマブ治療後の患者に対する二次治療として臨床使用が可能となった.なお,二次治療に加えて一次治療,術前・術後補助化学療法においてもさらなる有効性および安全性の検討が進められている.2010年1月には,ホルモン受容体陽性,HER2過剰発現を示す閉経後転移性乳癌患者に対するラパチニブとレトロゾールの併用療法が一次治療として米国にて承認され,また,他の抗悪性腫瘍薬との併用療法による一次治療および術前・術後補助化学療法における大規模な国際共同臨床試験が進行中である.このように,ラパチニブはHER2過剰発現を示す乳癌患者に対する分子標的治療薬を主体とした治療戦略の中でKey Drugに位置付けられる新規治療薬として期待される.
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