日本薬理学雑誌
Online ISSN : 1347-8397
Print ISSN : 0015-5691
ISSN-L : 0015-5691
127 巻, 1 号
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
特集:中枢シグナルの調節と疾患
  • 毛利 彰宏, 野田 幸裕, 溝口 博之, 鍋島 俊隆
    2006 年 127 巻 1 号 p. 4-8
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    非競合的N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体拮抗薬であるフェンシクリジン(PCP)の乱用者は,統合失調症とよく似た精神症状を示すことから,統合失調症の病態仮説として「グルタミン酸作動性神経系機能低下仮説」が提唱されている.PCPは単回で投与した場合には一過性の多様な薬理作用を示すが,連続投与した場合は,依存患者が摂取を中止した後も,その精神症状が数週間持続する様に,動物でも行動変化が持続する.例えばPCPをマウスに連続投与すると,休薬後において少量のPCPを投与すると運動過多が増強(自発性障害:陽性症状様作用)され,一方,強制的に水泳をさせても泳がなくなる無動状態が増強(意欲低下の増強:陰性症状様作用)され,水探索試験における潜在学習や恐怖条件づけ試験における連合学習が障害(認知機能障害)される.このようなPCP連続投与マウスに認められる情動・認知機能障害にグルタミン酸作動性神経系がどのように関与しているのか分子機序を調べたところ,運動過多の増強はPCPがNMDA受容体拮抗作用を示し,その結果ドパミン作動性神経系を亢進することによっていた.生理食塩水連続投与マウスでは強制水泳ストレス負荷および水探索や恐怖条件づけ試験で訓練するとCa2+/calmodulin kinase IIやextracellular signaling-regulated kinaseのリン酸化が著しく増加するが,PCP連続投与マウスでは増加しなかった.一方,PCP連続投与マウスの細胞外グルタミン酸の基礎遊離量は著しく減少していた.これはグリア型グルタミン酸トランスポーターのGLASTの発現が増加し,グルタミン酸の再取り込みが増加しているためであることが考えられた.したがって,PCP連続投与マウスに認められる精神行動障害には,グルタミン酸作動性神経系の前シナプス機能およびNMDA受容体を介する細胞内シグナル伝達の低下が関与しているものと考えられる.
  • ―Go/Nogo課題を用いた検討―
    野村 理朗
    2006 年 127 巻 1 号 p. 9-13
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    5HT2A受容体遺伝子多型がヒトの衝動性に与える影響について,行動科学的パラダイムにもとづくGo/Nogo課題による検討を行った.Go/Nogo課題はブラインド課題として,質問紙によるスクリーニングでは捉えることのできない衝動性にもとづく行動反応の検出が可能となると予測される実験システムである.71名の健常成人に対してGo/Nogo課題の実施の後に,末梢血リンパ球よりゲノムDNAを抽出し,5HT2A受容体遺伝子を解析した.実験の結果,A-1438Aホモ接合体グループにおける衝動的反応が,とくにG-1438Gホモ接合体グループと比較して顕著となることが示された.また,血液サンプルを供与した後,被験者が行った主観的質問紙指標TCI(Temperament and Character Inventory)と5HT2A受容体遺伝子多型との関連性は認められず,質問紙評価による衝動性との関連性について否定的な従来の知見を支持する結果となった.今回実施したGo/Nogo課題は行動科学的パラダイムにもとづくブラインド課題であったが,遺伝子多型性と特定の心理機能との関連性を検討する上で,複数の遺伝子多型のこころへの交互作用の検討にも威力を発揮すると考えられ,こうした方法論は今後の遺伝子研究において益々重要なものになっていくと思われる.また,臨床応用に有効なテストバッテリーシステムの開発とともに,衝動的行動のメカニズムの解明により,脆弱性の改善・治療につながる薬開発への知見となることも期待される.
  • 井上 和秀, 津田 誠
    2006 年 127 巻 1 号 p. 14-17
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    ATPは一次求心性神経のP2X3およびP2X2/3受容体を刺激し,前者により自発痛様行動および熱性痛覚過敏を,後者によりメカニカル・アロディニア(非侵害性の機械刺激や触刺激を激痛として誤認識する病態)を誘発する.P2X3アンチセンスや選択的P2X3およびP2X2/3受容体拮抗薬A317491はアロディニアを抑制する.一方,ATPはグリア細胞をも強力に活性化する.最近の研究から,グリア細胞が神経活動の調節にも積極的に関わっていることが示され,生体内でも様々な生理的役割あるいは疾患への関与が注目されている.そのうちの一つに神経因性疼痛がある.神経因性疼痛モデルラットでは脊髄後角のグリア細胞,特にミクログリアに,細胞体の肥大化,突起の退縮および細胞増殖など,活性化の典型的な形態変化が認められる.この活性化型ミクログリアにはP2X4の高濃度発現が認められ,P2X4受容体拮抗薬やアンチセンスによるP2X4タンパク質の減少によりアロディニアが抑制される.このことから,神経損傷により活性化したミクログリアが,P2X4受容体を介して,神経因性疼痛の発症維持に重要な役割を果たしていることが推察出来る.我々はごく最近,初代培養ミクログリアにおけるP2X4受容体の発現レベルが細胞外マトリックス分子であるフィブロネクチンによりインテグリン依存性に増加することを見出した.さらに,神経因性疼痛モデルの脊髄後角では,フィブロネクチンの発現レベルが増加したことから,P2X4受容体の発現増加メカニズムとして,フィブロネクチン―インテグリン情報伝達系も重要であろう.以上のように,神経因性疼痛の発現に,末梢レベルでは一次求心性神経のP2X3およびP2X2/3受容体が,脊髄レベルではミクログリアに発現するP2X4受容体が,それぞれ重要な役割を担っている可能性がある.
  • 土肥 敏博, 森田 克也, 森岡 徳光, Md. Joynal Abdin, 北山 友也, 北山 滋雄, 仲田 義啓
    2006 年 127 巻 1 号 p. 18-24
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    血小板活性化因子(PAF)は種々の組織で産生され,またその受容体は多くの組織に分布し,多彩な生理・病態生理のリン脂質性メディエーターであることが明らかにされてきている.近年,PGE2は末梢のみならず,脊髄での痛覚感作ならびにアロディニア発現において重要な役割をはたしていること,またそのメカニズムは末梢と異なることが示されている.一方,PAFは末梢組織では強い血管透過性作用のある炎症性メディエーターとされ,また,脊髄においては脊髄損傷時の二次性炎症に関わっているものと推察されている.しかし,痛覚伝導におけるPAFの役割は明らかではない.本研究では,脊髄におけるPAFの疼痛制御における役割について検討し,PAFは脊髄腔内投与によりメカニカル・アロディニアと熱刺激に対する痛覚過敏を引き起こすことを認めた.PAF誘発アロディニアに,PAF受容体刺激によるATP,グルタミン酸の遊離,NO産生-cGMP-PKGカスケードが関与することを示した.cGMPはグリシン受容体機能を抑制して抑制系を脱抑制し,このことがアロディニアの,特に維持に関与する可能性が示唆された.また,この過程に活性化ミクログリアが重要な係わりを有することが示唆された.更に,グリシントランスポーター阻害作用を有する薬物に抗アロディニアならびに鎮痛作用が認められた.  以上,PAFの脊髄腔内投与はメカニカル・アロディニアならびに熱性痛覚過敏を引き起こすこと,これらの反応にはcGMP/PKGを介するグリシン受容体機能の抑制が関与することが示唆された.今後PAFはどのような病態における疼痛メディエーターであるのか,またグリシントランスポーター阻害薬の鎮痛薬としての有用性について更なる検討が待たれる.
  • 大熊 康修, 細井 徹, 野村 靖幸
    2006 年 127 巻 1 号 p. 25-31
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    肥満遺伝子産物であるレプチン(leptin)は,摂食抑制作用やエネルギー消費の亢進を惹起して肥満の進展を制御している.このレプチンの作用はOB-Rb受容体とそれに続く転写因子signal transducer and activator of transcription 3(STAT3)の活性化を介しているとされている.一方最近,レプチンは,感染あるいは炎症に関与していることが示唆された.末梢性炎症反応は,interleukin(IL)-1β,IL-6やTNFαの発現,発熱,睡眠,摂食抑制などを惹起する.これらの脳への伝達経路の一つとして,求心性神経を介する系の存在が示唆されているが,今回求心性迷走神経を直接電気刺激することでその関与について直接の証明を得た.一方,レプチンを静脈内に投与後,脳でIL-1βの発現誘導が認められたことから,末梢性炎症反応時における脳内サイトカイン産生にレプチンが関与している可能性が示唆された.このレプチンの脳内IL-1β誘導作用は求心性迷走神経とは独立した系で誘導すると考えられた.また,db/dbマウス(レプチンOb-Rb受容体変異肥満モデルマウス)を用いた解析から,レプチンによる脳内IL-1βの産生はSTAT3活性化非依存的に,ショートアイソフォームレプチン受容体を介して誘導されることが示唆された.さらに,Ob-Rb受容体を介したSTAT3の活性化を指標にレプチンの脳内作用部位を検討した結果,従来から知られている視床下部に加え脳幹部もレプチンの作用点である可能性を示した.最近,platelet-derived growth factor(PDGF)によるSTAT3の活性化にDouble-stranded RNA-activated protein kinase(PKR)が関与していることが報告された.そこで,レプチンOb-Rb受容体の細胞内情報伝達における,PKRの関与の可能性について検討した.PKRの阻害薬2-aminopurine(2-AP)を用いて検討したところ,2-APはPKRを介さずにレプチンの下流のシグナルを抑制した.したがって,PDGFとレプチンではSTAT3活性化の機構が異なること,また,2-APはレプチンなどが関係する一部の癌治療の基礎的資料を提供することが期待された.
  • 成田 年, 宮竹 真由美, 鈴木 雅美, 鈴木 勉
    2006 年 127 巻 1 号 p. 32-35
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    非疼痛下におけるモルヒネの慢性投与によって,強度の精神および身体依存や耐性が形成されることが知られている.モルヒネの依存形成過程には古くよりドパミン神経系をはじめとするモノアミン神経系の関与が指摘されていた.しかしながら,モルヒネの投与によって生じる依存・耐性形成メカニズムはこうした神経系に関連する事象だけでは説明が不可能であり,著者らは詳細なモルヒネの依存・耐性形成メカニズムの解明を目指して多角的な検討を続けている.モルヒネの精神依存や鎮痛耐性の形成には,グルタミン酸神経系の情報伝達効率の変化もまた重要な役割を果たす.著者らの最近の研究により,モルヒネによるグルタミン酸神経系の変化には,protein kinase-C(PKC)やcyclin-dependent kinase 5(cdk5)といったキナーゼの活性化を介した細胞内情報伝達系のダイナミックな制御機構が関与していることが明らかになった.一方,グリア細胞が神経可塑的な変化に重要な役割を果たしていることが近年多数報告されている.著者らはグリア細胞の中でもその大部分を占めるアストロサイトに着目し,アストロサイトに対するモルヒネの作用を研究している.最近,著者らは,モルヒネによって誘発される依存形成時には中枢神経系におけるアストロサイトの活性化がおきており,このアストロサイトより放出される液性因子がモルヒネの依存・耐性形成を促進していることを明らかにした.さらに,モルヒネの依存・耐性形成時には,アストロサイト由来の液性因子に起因するJak/STAT系を介したアストロサイトの新生が誘発されている可能性が示唆された.これらの実験成果は,神経細胞,グリア細胞および神経幹細胞がPKCやcdk5などの因子を介して相互に情報伝達を行っており,モルヒネの依存・耐性形成時にはこれらの細胞-細胞間相互作用が極めて重要な役割を担っている可能性を強く示唆している.
新薬紹介総説
  • 大村 剛史, 川嵜 哲雄
    2006 年 127 巻 1 号 p. 37-46
    発行日: 2006年
    公開日: 2006/03/01
    ジャーナル フリー
    塩酸エピナスチンは,1975年にドイツベーリンガーインゲルハイム社により合成されたアレルギー性疾患治療薬である.日本においては,気管支喘息,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹,湿疹・皮膚炎,皮膚掻痒症,痒疹,掻痒を伴う尋常性乾癬の治療薬として,1994年4月にアレジオン®錠10およびアレジオン®錠20として輸入承認を取得し,同年6月から販売している.その後,小児への適用のためドライシロップ製剤の開発が進められ,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹,皮膚疾患(湿疹・皮膚炎,皮膚掻痒症)に伴う掻痒の適応症にて2005年1月にアレジオン®ドライシロップ1%として承認された.本薬は選択的ヒスタミンH1受容体拮抗作用を主作用とし,ロイコトリエンC4(LTC4),血小板活性化因子(PAF),セロトニン等に対する抗メディエーター作用と肥満細胞からのメディエーター(ヒスタミン,SRS-A(LTs),PAFなど)の遊離抑制作用を有しており,アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎などに効果を示すと考えられている.また,種々の病態モデル(皮膚炎モデル,皮膚掻痒モデルおよび鼻炎モデルなど)で効果を示すことが明らかとなっている.臨床試験においては,アレルギー性鼻炎およびアトピー性皮膚炎患児において,ケトチフェンドライシロップとの非劣性が検証された.また,安全性にも特に問題はみられなかった.さらにアトピー性皮膚炎患児に12週間投与し,掻痒に対する有効性と安全性が確認された.また,中枢への作用が少ないことは非臨床ならびに臨床試験において明らかとなっている.以上のように,本剤の抗ヒスタミン作用は強力で,その作用発現は速く作用持続も長い小児用製剤として初めての1日1回の用法を持つドライシロップ製剤である.また,本剤は選択的ヒスタミンH1受容体作用を有するが,従来の抗ヒスタミン作用を有する小児用のドライシロップ剤とは異なり中枢移行性が少なく,中枢抑制作用の少ない特性を有する.
feedback
Top