日本薬理学雑誌
Online ISSN : 1347-8397
Print ISSN : 0015-5691
ISSN-L : 0015-5691
142 巻, 5 号
選択された号の論文の9件中1~9を表示しています
特集 神経精神疾患における脳内環境破綻の分子基盤
  • 木山 博資
    2013 年 142 巻 5 号 p. 210-214
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    持続的なストレスは恒常性の維持機構を破綻させ,精神的あるいは器質的な障害を引き起こす.慢性的なストレスなどによって引き起こされると考えられている慢性疲労症候群や線維筋痛症などの機能性身体症候群に属する疾患の病態生理を明らかにするために,私たちは比較的類似した症状を呈するモデル動物の確立をめざしている.いくつかの慢性ストレスモデルのなかで,ラットの低水位ストレス負荷モデルは比較的安定した慢性的複合ストレスモデルであり,睡眠障害や疼痛異常など,機能性身体症候群の代表的な症状を示す.このモデルを用いて,脳や末梢臓器の組織的な変化を検討したところ,視床下部での分子発現の変化が起点となって,下垂体の一部に細胞レベルで器質的な変化が起こることが明らかになった.中間葉ではメラノトロフの過剰活動と細胞死,前葉ではソマトトロフの分泌抑制と萎縮が見られた.これらの変化は全て視床下部での分子発現の変化が引金となっていた.また,視床下部以外にも海馬での神経新生も影響を受けていた.この他,胸腺などの免疫系の臓器も影響を受けており,恒常性の維持機構である神経,免疫,内分泌系の臓器に細胞や分子レベルでの多様な変化が生じていた.これらの知見の解析は,今まで器質的な変化が明確に検出されていない機能性身体症候群の診断マーカーの確立や,疾患の分子メカニズムの解明に繋がると期待される.
  • 中川 貴之, 勇 昂一, 原口 佳代, 宗 可奈子, 朝倉 佳代子, 白川 久志, 金子 周司
    2013 年 142 巻 5 号 p. 215-220
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    末梢神経の損傷等により発生する難治性の神経障害性疼痛には,損傷した末梢神経周辺へ浸潤した免疫系細胞による侵害受容性の一次感覚神経の過敏化(末梢神経感作)に加え,脊髄内グリア細胞の活性化により誘導される脊髄後角神経の過敏化(中枢神経感作)が関与することが知られている.これまで,末梢および脊髄内での神経炎症応答は個別に議論されてきたが,最近,末梢神経損傷により,血液-脊髄関門が破綻し,マクロファージやTリンパ球などの免疫系細胞が脊髄内に浸潤することが報告された.我々もこの点に注目し,緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するトランスジェニックマウスによる骨髄キメラマウスを用い,末梢神経損傷時のGFP陽性骨髄由来細胞の浸潤を観察した.その結果,末梢神経の損傷部位周辺に多量のGFP陽性免疫系細胞が浸潤するとともに,脊髄内においても,脊髄ミクログリアの活性化のピーク(約3日後)からやや遅れて,末梢神経損傷7〜14日後にかけてGFP陽性免疫系細胞,特にマクロファージが数多く浸潤する様子が観察された.また,免疫系細胞が脊髄内浸潤した領域は,脊髄ミクログリアの活性化領域とほぼ一致することも確認している.一方,我々はこれまでに,過酸化水素などの活性酸素種に対するセンサーとして機能し,免疫系細胞やグリア細胞にも発現するtransient receptor potential melastatin 2(TRPM2)が神経障害性疼痛に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた.本研究において我々は,TRPM2遺伝子欠損マウスとGFPトランスジェニックマウスを組み合わせた骨髄キメラマウスを作製し,末梢神経損傷時の免疫系細胞の脊髄内浸潤にTRPM2が関与することを明らかにした.本稿では,神経障害性疼痛における末梢由来免疫系細胞の脊髄内浸潤について,我々の最近の知見を中心に概説する.
  • 山田 清文
    2013 年 142 巻 5 号 p. 221-225
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    統合失調症(SZ)は思春期から青年期に好発する精神疾患である.その病因は不明であるが,遺伝要因と環境要因が関与しており,神経発達障害がその基盤にあると考えられている.SZ遺伝子や環境要因が脳機能と神経発達に及ぼす影響を明らかにするために,これまでに多くのモデル動物が考案され,病態解明や創薬研究に用いられている.我々は,周産期のウイルス感染が神経発達に及ぼす影響を解明するためにpolyI:C誘発性周産期擬似ウイルス感染モデルを作製し,その分子機構の解明に取り組んできた.本稿では,polyI:Cモデルの神経発達障害における神経-グリア細胞相互作用とinterferon-induced transmembrane protein 3(IFITM3)の役割について概説する.PolyI:Cモデルは社会性行動やプレパルス抑制の障害など,SZに関連した行動異常と海馬グルタミン酸神経伝達の異常を示す.PolyI:Cはアストログリア細胞のToll-like receptor 3で認識され,インターフェロンシグナルを介してアストログリア細胞の初期エンドソームにIFITM3が誘導される.IFITM3はアストログリア細胞のエンドサイトーシスを抑制し,神経-グリア細胞相互作用を介して神経発達を抑制する.一方,IFITM3-KOマウスを用いたpolyI:Cモデルでは,神経発達障害や脳機能障害は認められない.IFITM3は免疫系ではウイルスに対する感染防御因子として重要な役割を果たす一方,神経系ではアストログリア細胞のエンドサイトーシスを抑制して神経発達を障害すると考えられる.今後,神経-グリア細胞相互作用に関与するグリア因子の同定を含め,polyI:Cモデルにおける神経発達障害の分子機構の全貌を解明することにより,SZの新たな治療標的を見出すことができると思われる.
  • 大倉 正道, 中井 淳一
    2013 年 142 巻 5 号 p. 226-230
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    Ca2+イメージングは多細胞の時空間活動パターンを同時に解析できる研究手法としてきわめて有用である.我々は緑色蛍光タンパク質GFPを用いた遺伝子コード型蛍光Ca2+プローブG-CaMP(ジーキャンプと呼ぶ)を開発・改良し,生体モデル動物の単一細胞レベルで精度の高いCa2+イメージングを目指してきた.本稿では微弱なCa2+シグナルを検出できる改良型G-CaMPとR-CaMPの開発について,さらにその神経細胞とアストロサイトにおける応用例について紹介したい.具体的には①高感度・高性能なG-CaMP6,7,8の開発と神経細胞の単一発火活動に伴うCa2+活動の検出,②樹状突起スパインに局在するCa2+プローブG-CaMP6-actinの開発と神経細胞の発火閾値下での興奮性シナプス入力に伴うCa2+シグナルの検出,③光刺激プローブであるchannelrhodopsin-2(ChR2)との併用が可能な高性能な赤色Ca2+プローブR-CaMP1.07の開発とChR2の光刺激で誘発させた神経発火活動の検出,④G-CaMPを用いたアストロサイトの突起内や細胞膜局所のCa2+活動の検出,について紹介したい.近年のG-CaMPの性能向上には目覚ましいものがあり,今後は高感度・高性能なCa2+プローブを用いてグリア-神経連関をはじめとする多細胞・多シナプスの時空間活動パターンを同時に解析する研究が進むことが期待される.
総説
  • 林 良憲, 中西 博
    2013 年 142 巻 5 号 p. 231-235
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    ミクログリアは突起が特有の屈曲を示す小膠細胞としてHortegaによって94年前に発見された.この発見は師匠であるCajalの「第三要素」は突起を持たないという主張を否定するものであったことを考えると,Hortegaのミクログリア突起に対する強い思い入れが感じられる.2005年,NimmerjahnとGanの2つの研究チームは2光子励起顕微鏡を用い生きているマウスの脳内ミクログリアの観察に成功した.その結果,休止状態にあると考えられてきたラミファイドミクログリアが突起を動かし伸縮を繰り返して活発に活動しているという驚くべき事実を発見した.この研究はミクログリア研究のブレークスルーとなり,「ミクログリア突起の動きと働き」に注目が集まることになった.その後,ミクログリアは突起を伸展することでシナプス部に接触し,シナプス監視を行っていることが示唆された.また,ミクログリアの突起が不要なスパインを取り込むことで脳発達期におけるpruning(刈込み)によるニューロン回路形成,シナプス再編による損傷からの回復ならびに外環境への適応反応などに関与することが次々と明らかになった.さらに最近,時計遺伝子の支配下にあるミクログリア特異的分子P2Y12受容体ならびにカテプシンSの発現がミクログリア突起構造に日内変化をもたらし,ニューロン活動の概日リズム形成に関与することが明らかとなってきた.「ミクログリア突起の動きと働き」の障害が脳機能不全を引き起こすことも示唆されており,新たな薬剤開発のターゲットとなりうる可能性を秘めている.
実験技術
  • 藤井 誠, 喜多 紗斗美, 平田 雅人, 岩本 隆宏
    2013 年 142 巻 5 号 p. 236-240
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    ホスファチジルイノシトールリン脂質(phosphoinositides:PIs)およびイノシトールポリリン酸(inositol polyphosphates:IPs)は,細胞外刺激に応答して可逆的なリン酸化・脱リン酸化を受け,異なる分子種へと変換される.現在までにPIs/IPs合わせて30種以上が真核生物に存在することが知られており,それぞれに機能ドメインを持つタンパク質と特異的に結合することにより,タンパク質の構造変化や細胞内の特定の部位への集積を引き起こし,その機能を発揮すると考えられている.PIs/IPsは細胞内情報伝達のみならず,細胞内小胞輸送やイオンチャネル活性調節,細胞骨格制御,mRNA核外輸送,クロマチンリモデリング,転写活性制御など,多様な生理機能と密接に関わっている.また,PIs/IPsの代謝異常は,がんや糖尿病,アルツハイマー病などの疾患に関係することも報告されており,PIs/IPs代謝経路の解明や特異的阻害薬の開発は創薬研究としても非常に興味深い.本稿では,これら研究に必須のPIs/IPsの分離・定量法について紹介する.
創薬シリーズ(7)オープンイノベーション(9)
  • 山口 時男
    2013 年 142 巻 5 号 p. 241-246
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    理化学研究所は100年に及ぶ歴史の中で,自然科学における大きな足跡を残してきた.それは基礎科学研究成果に加え「理研コンツェルン」に象徴される「成果」の産業化であった.脈々と受け継がれたこの理研精神は,野依理事長の強力なリーダーシップのもとにアカデミア発創薬を支援する「創薬・医療技術基盤プログラム」へとつながる(2010年).本プログラムは,「研究開発を牽引するマネージメントオフィス」,「革新的な創薬・医療技術を目指すテーマ・プロジェクト」及び「テーマ推進を支える創薬・医療技術プラットフォーム技術」の3つの機能を有しており,理研や大学などから提供された「アカデミアシーズ」から,疾患領域,作用機序,Druggabilityなどを考慮してテーマ・プロジェクトを採択している.現在,30を超えるテーマ・プロジェクトが画期的新薬・医療技術の創出を目指し,理研の総力を結集した研究として進められている.このように,本プログラムの使命は「高付加価値のテーマあるいは開発候補化合物・抗体・細胞の創出」を通して社会に貢献することである.
新薬紹介総説
  • 今井 希, 藤井 裕, 天野 学
    2013 年 142 巻 5 号 p. 247-254
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/11/11
    ジャーナル フリー
    アピキサバンは血液凝固第Xa因子(FXa)を強力かつ可逆的に直接阻害し,FXaの阻害を介してトロンビン産生を抑制することで抗血栓作用を発揮する経口抗凝固薬である.18,000例を超える非弁膜症性心房細動(NVAF)患者を対象にした国際共同第III相試験において,アピキサバン1回5 mg 1日2回経口投与(5 mg BID)の有効性と安全性をワルファリンと比較した.その結果,アピキサバン5 mg BID投与群で,脳卒中および全身性塞栓症の発症リスクにおいてワルファリン投与群に比して有意な抑制が認められ,安全性評価項目の大出血の発現頻度に関しては,ワルファリン投与群と比較し有意に少なかった.その他の有害事象に関しても,肝機能および腎機能を含む安全性,忍容性に問題は認められなかった.また,一つ以上の脳卒中リスクを有するNVAFのうち,ワルファリン不適応とされた非日本人患者5,599例を対象にした国際共同第III相試験において,アピキサバン5 mg BIDの有効性と安全性をアスピリン(81~324 mg/日)と比較した結果,アピキサバン5 mg BID投与群で,脳卒中および全身性塞栓症の発症リスクにおいてアスピリン投与群に比して有意な抑制が認められた.安全性評価項目の大出血の発現頻度に関しては,アスピリン投与群と同様であり,頭蓋内出血に関しても両群間に差を認めなかった.アピキサバンは,プロトロンビン時間測定によるモニタリングの必要がなく,また,薬物代謝に影響する飲食物や併用薬剤への注意もワルファリンと比較し極めて少ないことから患者の治療満足度の向上に寄与するものと考えられる.さらに,ワルファリンが使用できない,あるいは十分な抗血栓治療がなされなかったNVAF患者においても,アスピリンに対するアピキサバンの有用性が示されたことから,今後,本薬を用いることにより,抗血栓治療の選択肢が広がるものと考えられる.
最近の話題
feedback
Top