日本薬理学雑誌
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139 巻, 2 号
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特集 トランスポートソームの破綻による疾患と創薬標的としての可能性
  • 安西 尚彦
    2012 年 139 巻 2 号 p. 52-55
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    多細胞生物にとって,細胞内外環境の恒常性維持はその生存にとって必須である.受動拡散により細胞膜を通過できる脂溶性の低分子物質に対し,無機イオンや生体代謝に関与する多くの水溶性有機物質は脂質二重層不透過であり,細胞の内外環境を一定に保つためにはその膜通過を可能にする膜輸送分子(チャネル,トランスポーター)を必要とする.これらの分子実体解明に続くチャネル病・トランスポーター病などの遺伝子異常による疾患が明らかになると,膜輸送分子自体の異常のみならず,それを調節する感受装置からのシグナル(ホルモン等)がレセプター異常により伝達されない場合や,トラフィッキングの障害により細胞膜上に適正に移動できずに膜輸送が障害される場合などの例が見出された.それらがチャネル・トランスポーターを中心とした膜輸送機能ユニット(分子複合体)である「トランスポートソーム」の概念を生み出したと言える.すなわち生体膜物質輸送の機能単位を,輸送分子群,機能制御分子群,それらを束ねる足場タンパク質からなる輸送分子複合体と捉えることで,膜輸送研究が現在直面している個々の単一輸送分子からのアプローチの限界を克服し,細胞・組織・個体の機能および病態を分子レベルで理解することが可能になるというアイデアである.生体膜輸送研究をこのような新たな主導原理のもとに推進し,トランスポートソームの分子構築,生体膜との相互作用,および生理機能とその破綻による病態を解析することにより,トランスポートソームの実体と生体恒常性における意義の解明が期待される.「分子」と「生体」を結ぶ新たな階層「輸送分子複合体(トランスポートソーム)」の導入は,生理学・基礎生物学のフロンティアの開拓,および臨床医学・創薬科学等の実用面での重要な基盤の確立につながるものと期待される.
  • 高田 龍平, 山梨 義英, 鈴木 洋史
    2012 年 139 巻 2 号 p. 56-60
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    コレステロールの胆汁排泄はコレステロールの恒常性維持を考える上で重要な要素の1つであり,このプロセスはコレステロール排出トランスポーターであるATP-binding cassette G5(ABCG5)とABCG8のヘテロダイマー(ABCG5/G8)と,コレステロール吸収トランスポーターであるNiemann-Pick C1-like 1(NPC1L1)により制御されている.筆者らは,これらトランスポーター以外の新たなコレステロール胆汁排泄制御因子として,胆汁中に分泌されるコレステロール結合タンパク質であるNiemann-Pick C2(NPC2)に着目した.ABCG5/G8およびNPC1L1のコレステロール輸送活性に及ぼす分泌型NPC2の影響について,当研究室で構築したin vitro機能評価系を用いて検討を行ったところ,NPC2はNPC1L1機能には影響を与えないものの,ABCG5/G8によるコレステロール排出の促進因子として機能しうることが示された.そこで,in vivoにおける胆汁中NPC2の生理作用を検討するために,アデノウィルスによる遺伝子導入システムを用いて,肝臓におけるNPC2発現量を人為的に変動させたマウスを作出し,その胆汁脂質を解析した.その結果,胆汁中NPC2量と胆汁中コレステロール濃度の間には正の相関関係が認められ,生体内においても胆汁中NPC2がコレステロール排出を正に制御していることが示された.また,細胞内コレステロール輸送能を欠損した変異型NPC2もこの作用を有することから,胆汁中NPC2は細胞内コレステロール輸送とは独立した機能としてコレステロール排出促進作用を持つことが示された.さらに,このようなABCG5/G8とNPC2間の機能連関に加えて,NPC2の発現量・分泌量がNPC1L1により負に制御されるという新たな制御機構も見出された.コレステロールの胆汁排泄制御機構の破綻は脂質異常症や胆汁うっ滞,コレステロール胆石などの肝胆道系疾患の発症につながりうることから,新たに見出されたNPC2・ABCG5/G8・NPC1L1による相互機能連関は,コレステロールの全身動態制御や種々の脂質関連疾患の発症リスクを考える上で重要な知見である.
  • 喜多 紗斗美, 岩本 隆宏
    2012 年 139 巻 2 号 p. 61-65
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    筋収縮,神経伝達,ホルモン分泌などの様々な生体機能は,Ca2+チャネルやCa2+トランスポーターの機能連関から形成される時空間的な細胞内Ca2+シグナルにより巧みに制御されている.心筋細胞や平滑筋細胞のCa2+シグナルは,収縮タンパク質に供給するCa2+量および伝達速度を規定することから,Ca2+シグナルが異常になると筋収縮機能が破綻し,心不全や高血圧などの心血管病に陥ることになる.1型Na+/Ca2+交換輸送体(NCX1)は,生体膜Ca2+輸送を担うトランスポーターであり,Ca2+を両方向性に輸送する.通常,細胞膜を介したNa+濃度勾配に依存して細胞内Ca2+を細胞外へ排出するが,細胞内Na+が増加する特殊な状況下では逆輸送(Ca2+取り込み)を行う.古くから,この輸送体の異常が種々心血管病に関連することが推察されているが,その実体はこの輸送体の機能的複雑性(両方向性輸送や基質イオンによる活性制御機構)により未だ明確になっていない.これまでに,私達は,NCX1を介するCa2+流入が食塩感受性高血圧の発症に重要な役割を果たすことを明らかにした.さらに最近,α1受容体刺激による血管収縮にもNCX1を介するCa2+流入が引き起こされることを見出した.これらの知見は,NCX1が循環器系疾患の新たな治療ターゲットとなる可能性を示すとともに,NCX1がNa+ポンプやNa+透過性チャネルなどと共に細胞膜ミクロドメインに集積し,それらが機能共役することによってCa2+流入を引き起こしているという新しい仮説を支持している.このように,血管平滑筋細胞において,血管トーヌスの調節や病態発症に関わるNCX1膜輸送複合体(トランスポートソーム)の実在が強く示唆された.
  • 野田 裕美
    2012 年 139 巻 2 号 p. 66-69
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    アクアポリン2(AQP2)は水分子のみを通し,他には一切の分子を通すことはないという特徴をもつ水チャネルである.AQP2は腎臓の集合管で尿濃縮に関わっており,体内水分量調節を担っている.体内が脱水になるとバソプレシン刺激を受けてAQP2は細胞内から細胞表面に移動し,原尿から水のみを再吸収し尿を濃縮する.AQP2の遺伝子異常では体内が重篤な脱水となる腎性尿崩症をきたす.一方,心不全,肝硬変,神経疾患などで問題になることが多い水利尿不全もAQP2の機能異常が原因となっている.さらにAQP2は,その特徴的な動態から膜タンパク質輸送メカニズムの解明においても重要なモデルとなっている.近年次々と新たな知見が報告され,制御機序の全貌が明らかになろうとしている.特にAQP2はモーターコンプレックスを形成し,細胞骨格をコントロールして自らの輸送経路を切り開いていることが明らかになったことはチャネルなどの膜タンパク質輸送研究に新たな展開を生む可能性がある.水チャネルの分子動力学的実体が明らかになることにより尿崩症および水利尿不全の新規治療法の開発が進むことが期待されている.
総説
  • 高取 真吾, 座間味 義人, 橋川(芳原) 成美, 川崎 博己
    2012 年 139 巻 2 号 p. 70-74
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    インスリン抵抗性は,カロリーの摂取過剰,運動不足,肥満等が原因となり食後高血糖が継続することで,末梢組織におけるインスリンの糖取込み効果が得られにくくなった状態を示す.病態初期には,インスリン分泌が維持されているため,結果として血中のインスリン値が上昇して高インスリン血症を生じる.その後,膵臓β細胞の疲弊の結果,インスリン分泌不全となり糖尿病へ進展するので,糖尿病の前段階の病態である.また,脂質異常症および高血圧の発症やそれらの進展に深く関与するほか,脳や心臓などに動脈硬化症を起こしやすくなることが明らかにされている.しかしながら,糖尿病に伴う高血圧についてはその発現機序が十分に明らかにされていない.そこで我々は,インスリン抵抗性により誘導される高血圧(インスリン抵抗性高血圧)の発症メカニズムの解明を目的として,血管周囲神経を介した血管調節機構に及ぼす高インスリン血症および高血糖の影響について検討を行い,(1)血管拡張性神経(カルシトニン遺伝子関連ペプチド,CGRP神経)の分布減少と機能低下,(2)交感神経の分布増加と機能亢進などのメカニズムを介して,高血圧の発症・進展に関与しているという新たな知見を得た.これらの研究成果は,インスリン抵抗性高血圧の病態解明に繋がるのみならず,インスリン抵抗性時に認められる神経リモデリング作用に基づいて神経因性疼痛などの神経変性疾患の治療薬開発など新しい研究分野の創出にも新たな知見をもたらし,社会的貢献は非常に大きいと考えられる.
新薬紹介総説
  • 矢野 誠一, 鎌野 世民, 佐藤 稔康, 陳 嵐
    2012 年 139 巻 2 号 p. 75-82
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/02/10
    ジャーナル フリー
    フルベストラント(フェソロデックス®)は,エストロゲン受容体のダウンレギュレーション作用を有するアゴニスト作用のない新しいタイプの抗エストロゲン薬であり,「閉経後乳がん」の効能・効果で2011年9月に承認された.タモキシフェンがエストロゲン応答遺伝子に対して転写活性化作用を示すのに比べ,フルベストラントはエストロゲン応答遺伝子の転写活性化能を示さず,乳がん・子宮以外の組織においてもエストロゲン作用を示さなかった.フルベストラントはヌードマウスに移植したエストロゲン感受性ヒト乳がん細胞の増殖を抑制した.さらに,フルベストラントはタモキシフェン耐性腫瘍の増殖に対しても抑制作用を示した.臨床試験においても,タモキシフェンやアナストロゾール治療後に再発した閉経後乳がんに対する有効性が示された.従って,フルベストラントは既存の抗エストロゲン薬とは異なる薬理プロファイルを有する新しいタイプの抗エストロゲン薬として,閉経後進行・再発乳がんに対する内分泌療法において新たな選択肢の1つとなると考えられる.
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