日本薬理学雑誌
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125 巻, 2 号
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ミニ総説:情動のメカニズム研究の最近の進歩 ―動物からヒトへの外挿
  • 西条 寿夫, 堀 悦郎, 田積 徹, 小野 武年
    2005 年 125 巻 2 号 p. 68-70
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    扁桃体は,自己の生存にとってそれぞれ有益および有害な刺激に対する快および不快情動の発現(生物学的価値評価)に関与する.一方,ヒトの扁桃体損傷例や自閉症患者の研究から,扁桃体は,これら情動発現だけでなく,表情認知など人間生活に必須な社会的認知機能(相手の情動や意図を理解する精神機能)に中心的な役割を果たしていることが示唆されている.さらに,われわれの神経生理学的研究によると,サル扁桃体には,価値評価に関与するニューロンおよび相手の表情に識別的に応答するニューロンが存在する.以上から,生物学的価値評価と社会的認知の2つのシステムが扁桃体に存在し,2つのシステムが並列的に機能している仮説的神経回路を提唱した.
  • 永井 拓, 山田 清文, 鍋島 俊隆
    2005 年 125 巻 2 号 p. 71-76
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    不安障害は全般性不安障害,パニック障害,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害などに分類されており,それぞれの不安障害に対して有効な薬物の種類が異なっていることも知られている.したがって,不安障害における情動変化のメカニズムの解明や治療薬を開発する上で,分類された各々の不安障害に対応した動物モデルの作製が必要である.しかし,ヒトの不安や恐怖などの情動変化を動物レベルで測定することは容易ではない.神経精神薬理学的な研究において,動物に不安や恐怖状況を設定し,これらにより生じる行動変化や行動変化に対する薬物の反応性を客観的かつ定量的に評価することにより,病態を反映した妥当性の高い動物モデルの作製が試みられてきた.一方,最近の分子生物学の進歩に伴い,様々なノックアウトおよびトランスジェニックマウスが作製され,これらの遺伝子改変動物を用いて遺伝子レベルで情動性の分子機構を解明しようとする研究が盛んに行われている.本稿では,情動性の代表的な評価試験方法および不安との関連が示唆されている遺伝子改変動物について概説する.
  • 吉岡 充弘, 富樫 広子, 山口 拓, 松本 真知子
    2005 年 125 巻 2 号 p. 77-82
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    生体は恒常性を維持するため,様々なストレス応答システムを有している.脳内システムは,生後,発達の過程で形成される.幼児期に受けたストレスが,成長後における抑うつや心的外傷後ストレス障害などの精神疾患の背景となっている可能性がある.本研究は,幼児期の一定期間に過度のストレスを負荷すると,脳内神経回路に機能的異常が生じるとの仮説に基づき,幼若期におけるストレス負荷と脳機能発達との関連性を,臨界期という視点から探索した.また関与する内因性制御因子としてセロトニン(5-HT)に着目し,その調節的役割を考察した.幼若期ストレスとして,生後2週齢および3週齢時ラットに足蹠電撃ショック(FS)を負荷し,成熟後(10-12週齢)の情動表出におよぼす影響を,行動学的応答性を指標として追究した.Y-maze試験により,認知機能におよぼす幼若期ストレスの影響は認められなかった.Open field試験による新奇環境ストレスに対しては,3週齢時FS群に行動パターンの変化がみられた.また2週齢時FS群では,文脈的条件付け恐怖(CFC)試験におけるすくみ行動が抑制され,不安水準の低下がみられた.一方,5,7-DHT側脳室内投与により,脳内5-HT神経を化学的に破壊したラットにおいても,CFCによるすくみ行動の減弱が認められた.すなわち2週齢時FS群と5-HT神経破壊ラットは,記憶に基づいた不安・恐怖ストレスに対し,極めて類似した行動学的応答性を示した.以上の結果から,幼若期ストレス負荷は,負荷時期に応じて成熟後のストレス誘発行動に変化を引き起こす,すなわち臨界期が存在することが示唆された.またストレス応答に関わる脳内システムの発達形成過程には5-HT神経による調節機構が関わっていることが推察された.
  • 藤井 俊勝, 平山 和美, 深津 玲子, 大竹 浩也, 大塚 祐司, 山鳥 重
    2005 年 125 巻 2 号 p. 83-87
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    情動は個体の身体内部変化(自律神経活動,内臓活動など)と行動変化を含めた外部へ表出される運動の総体であり,感情は個体の心理的経験の一部である.ヒトの脳損傷後には,個々の道具的認知障害や行為障害を伴わずに,行動レベルでの劇的な変化がみられることがある.本稿では脳損傷後に特異な行動変化を呈した3症例を提示し,これらの症状を情動あるいは感情の障害として捉えた.最初の症例は両側視床・視床下部の脳梗塞後に言動の幼児化を呈した.次の症例は両側前頭葉眼窩部内側の損傷により人格変化を呈した.最後の症例は左被殻出血後に強迫性症状の改善を認めた.これら3症例の行動変化の機序として,情動に関連すると考えられる扁桃体-視床背内側核-前頭葉眼窩皮質-側頭極-扁桃体という基底外側回路,さらに視床下部,大脳基底核との神経回路の異常について考察した.
  • 田代 学, 鹿野 理子, 福土 審, 谷内 一彦
    2005 年 125 巻 2 号 p. 88-96
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    現代社会の複雑化とともに,うつ病や不安神経症,心的外傷後ストレス症候群(PTSD)といった多くの精神疾患の患者が増えている.その解決に向けた基礎的・臨床的研究が重要である.ヒトの情動メカニズムを解明するための方法論として,脳イメージングが注目されている.患者の頭部を傷つけることなく(非侵襲的に)生きた脳活動を観察できるのが大きな特長である.核磁気共鳴画像(MRI)を用いて扁桃体や海馬の形や大きさを調べる形態画像研究に加えて,生体機能を画像化する機能画像研究も精力的に行われている.機能画像では,ポジトロン断層法(PET)などを用いた脳血流や脳糖代謝の測定だけでなく,セロトニン,ドパミン,ヒスタミン神経系の伝達機能測定も行われている.研究デザインは,安静時脳画像を健常人と患者群の間で比較するものと,課題遂行中の脳の反応性を観察する研究(脳賦活試験)に分類される.  うつ病では,前頭前野や帯状回における脳活動低下に加え,セロトニンやヒスタミンの神経伝達機能の低下がPETを利用した研究で明らかにされている.また海馬や扁桃体の体積減少も報告されている.ストレス障害であるPTSDでも類似した結果が報告されており,うつ病とストレス障害の関連が強いことが推測され,ストレスが様々な精神疾患の発症に関与していることも推測される.精神疾患の発症には性格傾向も強く影響しているといわれている.不安傾向や,自身の情動変化を認知しにくいアレキシサイミアなどの脳イメージング研究がすでに行われている.最近では,セロトニントランスポーターの遺伝子多型とうつ病発症率との関係や,遺伝子多型と扁桃体の反応性の関係なども調べられており,今後,遺伝子多型と脳の機能解剖学が融合される可能性がでてきた.ヒトの情動研究における今後の発展が大いに期待される.
実験技術
  • 岩田 幸一, 北川 純一
    2005 年 125 巻 2 号 p. 99-102
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    鎮痛効果の新たな評価法として熱刺激弁別課題を訓練したサルを用い,侵害刺激に対するサルの弁別時間と大脳皮質第一次体性感覚野および前帯状回ニューロン活動との関係について検索を行った.サルの前面に設置されたボタンを押すと,顔面皮膚にプローブを介して44,46あるいは47°Cの温度刺激(T1)が与えられる.サルがボタンを4~8秒間押し続けるとT1に加えて,0.2~0.8°Cの小さな温度上昇(T2)が与えられる.サルはこの小さな温度変化を弁別してボタンを放す.3秒以内に弁別できればリオードが与えられる.サルがこのタスクを行っている間に,大脳皮質第一次体性感覚野(SI)あるいは前帯状回(ACCx)から単一ニューロン活動を導出した.SIニューロンは刺激強度が増すにしたがってニューロン活動が増強し,弁別時間が早いほど高いスパイク応答を示した.また,SIニューロンの受容野は比較的狭くプローブを含む顔面領域に限局していた.これに対し,ACCxニューロンは刺激強度を増すとそれにしたがってスパイク頻度が増加するにもかかわらず,弁別速度とは有意な関係を示さなかった.この結果はSIニューロンが痛みの弁別に重要な機能を有する可能性を示している.一方,ACCxニューロンは弁別速度との関係は認められないものの,受容野が広く,逃避行動が誘発される時にスパイク頻度を増加したことなどから,この領域が痛みの弁別よりも情動的機能に関与する可能性が強く示された.
  • 渡邊 直樹
    2005 年 125 巻 2 号 p. 103-108
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/04/05
    ジャーナル フリー
    アクチン細胞骨格系は細胞表層の形態を制御し,遊走,細胞質分裂,細胞間のネットワーク構築などに重要な役割を果たす.細胞内のアクチンは数十秒単位で重合,脱重合を繰り返すが,その詳細をリアルタイムで捉えることは困難であった.筆者は,蛍光スペックル顕微鏡を改良し,標識体の濃度を下げることで,蛍光標識アクチンが生きた細胞内で一分子ごとに可視化できることを見出した.細胞骨格のように比較的ゆっくり,秒の単位で改編するものでは,この単分子スペックル法によって分子が構造に会合する部位,そこから解離する速度を高い分解能をもって可視化解析できる.これを用い,その伸展運動がアクチン重合で駆動されるラメリポディアにおける詳細なアクチン重合分布,線維の寿命分布を明らかにした.現在,その制御様式の解明を目指し,種々のアクチン結合分子への応用が進行中である.また,この単分子イメージングを応用し,我々はアクチン重合によって駆動される新規分子移動機構を発見した.このように,単分子イメージングは生きた細胞内で特定の分子のキネティクスを観察し,その生化学的性質を捉えることを可能とする.また,アクチン作用薬処理における作用特異的な反応を分子レベルで可視化することにも成功しており,細胞などの複雑系における薬剤と分子機能の連関を知るための手法として,将来応用が広がるかもしれない.
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