生体は恒常性を維持するため,様々なストレス応答システムを有している.脳内システムは,生後,発達の過程で形成される.幼児期に受けたストレスが,成長後における抑うつや心的外傷後ストレス障害などの精神疾患の背景となっている可能性がある.本研究は,幼児期の一定期間に過度のストレスを負荷すると,脳内神経回路に機能的異常が生じるとの仮説に基づき,幼若期におけるストレス負荷と脳機能発達との関連性を,臨界期という視点から探索した.また関与する内因性制御因子としてセロトニン(5-HT)に着目し,その調節的役割を考察した.幼若期ストレスとして,生後2週齢および3週齢時ラットに足蹠電撃ショック(FS)を負荷し,成熟後(10-12週齢)の情動表出におよぼす影響を,行動学的応答性を指標として追究した.Y-maze試験により,認知機能におよぼす幼若期ストレスの影響は認められなかった.Open field試験による新奇環境ストレスに対しては,3週齢時FS群に行動パターンの変化がみられた.また2週齢時FS群では,文脈的条件付け恐怖(CFC)試験におけるすくみ行動が抑制され,不安水準の低下がみられた.一方,5,7-DHT側脳室内投与により,脳内5-HT神経を化学的に破壊したラットにおいても,CFCによるすくみ行動の減弱が認められた.すなわち2週齢時FS群と5-HT神経破壊ラットは,記憶に基づいた不安・恐怖ストレスに対し,極めて類似した行動学的応答性を示した.以上の結果から,幼若期ストレス負荷は,負荷時期に応じて成熟後のストレス誘発行動に変化を引き起こす,すなわち臨界期が存在することが示唆された.またストレス応答に関わる脳内システムの発達形成過程には5-HT神経による調節機構が関わっていることが推察された.
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