日本薬理学雑誌
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136 巻, 2 号
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特集 循環器疾患治療薬の研究戦略
  • 西尾 将史
    2010 年 136 巻 2 号 p. 72-76
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    テレメトリーシステムは開発から約20年が経っており,その優れた機能と利便性から世界中の研究機関に広く普及している.特に安全性薬理の分野では心循環機能に対する毒性試験に用いられており,現代の創薬において必要不可欠な試験ツールとなっている.血圧測定という観点では従来法では測定が困難であったマウスのような小動物からイヌ,サルのような大動物まで幅広い動物に適用可能という利点がある.一方,高血圧治療薬の分野には既に作用機序の異なる優れた薬剤が複数上市されているが,治療抵抗性高血圧症,夜間高血圧症などでは既存薬で十分な降圧目標が達成できないこと(アンメットニーズ)が明らかになりつつある.遺伝子組換え技術の進歩により種々の遺伝子改変マウスが作成されている中,表現型として高血圧を呈するマウスがテレメトリー法により明らかにされている.これらの中には新たな高血圧モデル動物として期待される動物もあり,今後,アンメットニーズを対象とした創薬においてテレメトリー法と遺伝子改変動物の組み合わせが極めて重要なツールになると期待されている.
  • 橋本 哲郎
    2010 年 136 巻 2 号 p. 77-82
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    心房細動は臨床で最も頻繁にみられる不整脈の1つであり,心原性脳梗塞,血栓塞栓症および心不全の重要な危険因子である.加齢とともに罹患率が増加することから,高齢化社会において対処が必要な疾患として認識されている.心房細動の薬物治療には刺激伝導抑制や有効不応期延長を引き起こすNa+チャネル遮断薬(I群抗不整脈薬)やK+チャネル遮断薬(III群抗不整脈薬)が用いられている.しかしながら,これら既存の薬剤は心房に作用して抗不整脈作用を示す一方,心室筋にも同時に作用するため,心収縮力低下作用や心室再分極遅延に基づく催不整脈作用などの副作用が課題となっている.特に,心室再分極相の延長に伴う催不整脈作用は心臓突然死を惹起する重篤な副作用として認識されている.また,これら既存の抗不整脈薬は発作性心房細動患者には比較的高い有効性を示すものの,持続性心房細動患者に対する有効性が低いことが知られており,治療満足度は高くない.そのため,より高い有効性と安全性を有する抗心房細動薬の開発が求められている.理想的な抗心房細動薬に求められる特性は,「心房選択的な作用」と「持続性心房細動に対する高い有効性」と考えられる.アセチルコリン感受性K+チャネル(IKAChチャネル)は心房に豊富に存在する一方,心室には存在しないことから,心房選択的な作用を有する抗心房細動薬のターゲット分子として期待されている.
  • 森島 義行, 芝野 俊郎
    2010 年 136 巻 2 号 p. 83-87
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    血栓症の予防・治療薬として用いられる抗血栓薬の研究戦略および経口血液凝固Xa因子(FXa)阻害薬エドキサバンの薬効薬理について述べる.血栓症とは何らかの原因で血管内の血液が固まり,血管をふさぐことによってその下流の組織に虚血や梗塞が引き起こされる疾患である.血栓には動脈血栓(脳梗塞や心筋梗塞など)と静脈血栓(静脈血栓塞栓症など)の2種類があり,動脈血栓には抗血小板薬が,静脈血栓には抗凝固薬が主に使用される.抗凝固薬の研究戦略として,50年以上臨床で使用されてきたワルファリンやヘパリンの欠点を解消した経口投与可能な抗凝固薬を獲得することを目標に設定した.創薬の標的分子として血液凝固カスケードの中のFXaを選択し,FXaを競合的・選択的に阻害する低分子化合物をスクリーニングした.経口吸収性がテーマ最大の難問であり,サルを用いた経口投与でのPK/PD試験を化合物評価の重点項目として研究を進め,エドキサバンの獲得に至った.エドキサバンはFXaを競合的・選択的に高い阻害活性で抑制した.ラットの病態モデルにおいてエドキサバンは既存の抗凝固薬と同等の抗血栓効果を示すとともに,既存抗凝固薬の欠点の克服が可能なプロフィールを示した.エドキサバンの対象疾患として,心房細動患者における脳塞栓症の予防,整形外科手術後の静脈血栓塞栓症の予防,および静脈血栓塞栓症の再発予防を選択した.整形外科手術後の静脈血栓塞栓症の予防は国内で製造販売承認申請を行い,心房細動患者における脳塞栓症の予防および静脈血栓塞栓症の再発予防は第三相臨床試験を実施中である.エドキサバンはワルファリン以来の日本初の経口抗凝固薬として,今後の医療に大きく貢献できると期待する.
  • 小西 典子, 廣江 克彦, 川村 正起
    2010 年 136 巻 2 号 p. 88-92
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    これまでワルファリンは半世紀にわたり,唯一の経口抗凝固薬として世界中で使用されてきた.近年,活性化血液凝固第X因子(factor Xa, FXa)阻害薬が,ワルファリンの欠点を克服した新たな経口抗凝固薬の候補として注目されている.FXa阻害薬の適応症としては,静脈血栓症である深部静脈血栓症や肺塞栓症,動脈血栓症である急性冠動脈疾患,そのほか心原性脳塞栓症が挙げられ,これらの疾患を想定した種々動物モデルでの薬効および出血に関する成績が数多く報告されている.臨床開発段階にある経口FXa阻害薬,TAK-442(当社),リバロキサバン(バイエル−ジョンソン・エンド・ジョンソン),アピキサバン(ブリストル・マイヤーズ スクイブ−ファイザー)およびエドキサバン(第一三共)については,静脈血栓症モデルにおいて,出血時間を延長しない用量から抗血栓作用を示すこと,抗血栓作用と出血時間延長との安全閾はワルファリンよりも広いことが報告されている.また,動脈血栓症モデルにおいても,アピキサバンは出血時間の延長を伴わずに抗血栓作用を示すこと,臨床での併用が想定される抗血小板薬との組み合わせでその薬効を増強させることが確認されている.さらにラット脳塞栓症モデルにおいて,FXa阻害薬,DPC602(ブリストル・マイヤーズ スクイブ)は,血栓の自然溶解を促進して脳血流を改善し,脳梗塞巣や神経脱落症状を改善することが示されている.よりヒトの臨床病態に近いモデルを指向して筆者らが作成したサル血栓性脳塞栓症モデルにおいても,FXa阻害薬TAK-239は神経脱落症状の改善を示した.これらの前臨床成績は,経口FXa阻害薬がワルファリンよりも優れた画期的な次世代経口抗凝固薬となることを示唆し,現在進行中の複数の臨床試験でのその有効性,安全性評価が待たれている.
総説
  • 齊藤 秀俊, 津田 誠, 井上 和秀
    2010 年 136 巻 2 号 p. 93-97
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    脳の高次機能は神経活動そのものに由来するが,神経細胞を取り囲む環境はグリア細胞によって維持されており,その活動もグリアによる影響を受けている.ATPをはじめとする細胞外ヌクレオチドは,近年,神経−グリア間伝達物質としての役割が証明され,ATP受容体を介したシグナル伝達は研究対象としての注目を集めている.生体内に普遍的に存在するヌクレオチドの細胞間情報伝達物質としての作用はリガンドや受容体の種類だけでなく,ヌクレオチド代謝酵素や様々なリン酸化酵素の存在を含め,時間的空間的に巧妙に制御されているようである.グリア細胞の1種であるミクログリアは中枢神経系における免疫担当細胞として多彩な機能を発揮する.これまでにミクログリアに発現するATP受容体にはP2X4,P2X7,P2Y2,P2Y6,P2Y12受容体が知られているが,各サブタイプの活性化はミクログリアに対して全く異なる細胞応答を引き起こす.脊髄神経傷害時,ミクログリアのP2X4受容体発現量は増大し,これを介した脳由来神経栄養因子(BDNF)の放出が脊髄後角神経の興奮性を変化させ痛覚の伝達に大きな変調をもたらす.P2X7受容体を介した細胞外液性因子の放出は,中枢組織の傷害時における炎症応答,また一方で神経保護作用を担い,神経細胞の生死に大きな影響を持っている.さらに,P2Y12受容体はミクログリアの細胞外ATPに対する走化性を制御しており,P2Y6受容体の活性化は細胞外異物に対する貪食作用を惹起する.このようにミクログリアに対する各ATP受容体サブタイプの作用は広範であり,細胞外ヌクレオチドによるミクログリアの細胞機能調節は中枢環境の調節に深く関与している.
  • 小澤 健太郎
    2010 年 136 巻 2 号 p. 98-102
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    一酸化窒素(NO)は血管平滑筋弛緩以外にも多くの生理活性があり,最近その分子的メカニズムとしてNOによるシステインのチオール基の修飾が注目されている.気管支喘息においてもS-ニトロシル化の関与が報告され,その分子メカニズムとしてアドレナリンβ受容体の脱感作抑制の可能性が示唆された.今回我々はS-ニトロシル化によるアドレナリンβ受容体の制御の機構としてGRK,β-アレスチン,ダイナミンの3つのタンパク質を使って一連の研究を行い,この3つのタンパク質がS-ニトロシル化され,S-ニトロシル化によりタンパク質の機能が制御され,その結果としてS-ニトロシル化がβ受容体の機能を制御していることを示した.この3つのタンパク質のS-ニトロシル化が生理的/病理的意義,特に気管支喘息において発症に関与するかどうかは,動物実験などによりさらに詳しく検討する必要がある.
実験技術
  • 泉 康雄
    2010 年 136 巻 2 号 p. 103-106
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    たこつぼ型心筋症は,過度のストレスを受けることなどにより心尖部を中心に左室壁運動が低下する疾患だが,その発症機序は十分に解明されていない.我々は,雄性カニクイザルにエピネフリンの持続静脈内投与を2日(Day 1,Day 2)続けることで,Day 3には,「たこつぼ型」心筋症モデルの作製に成功した.慢性心不全に対して有効であるβ受容体遮断薬を単回投与(Day 3)することで,心筋症後の左室駆出率をより早く改善させ,心尖部に認めたエピネフリンによる心筋障害を軽減させた.Day 4の左心室心尖部では基部と比べて,エピネフリン投与で心不全関連遺伝子の増加,カルシウムシグナル関連遺伝子・ミトコンドリア機能関連遺伝子の減少傾向が見られ,β遮断薬による改善傾向を示す遺伝子を認めた.今回,サルのたこつぼ型心筋症モデルを確立した.このモデルは心不全に対するβ受容体遮断薬療法の薬理機序を明らかにする上で重要なツールとなると考えられる.
創薬シリーズ(5)トランスレーショナルリサーチ(5)
  • 植田 真一郎
    2010 年 136 巻 2 号 p. 107-110
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    トランスレーショナルリサーチは基礎的な生命科学研究から生まれた候補化合物の非臨床試験および比較的早期の臨床試験を指すが,臨床薬理学の役割は後者においての課題,すなわちヒトや疾患における多様性と時間軸の長さを解決することである.このためには妥当なゲノムバイオマーカーやサロゲートマーカーを確立し,それらを用いた臨床研究の実施を推進しなければならない.また薬効を評価する試験の結果を現実の診療へ橋渡しする研究もひとつのトランスレーショナルリサーチとして今後重視されるべきであり,この分野でも臨床薬理学者の果たすべき役割は大きい.
新薬紹介総説
  • 味岡 廣房, 森田 文雄, 秋澤 有四郎, 吉田 健一郎, 北村 龍一, 滝本 久美
    2010 年 136 巻 2 号 p. 113-120
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/08/10
    ジャーナル フリー
    パロノセトロン塩酸塩(アロキシ®静注0.75 mg)は,「抗悪性腫瘍薬(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)(遅発期を含む)」の治療薬として2010年1月に承認された,強力で選択的な新規の5-HT3受容体拮抗型制吐薬である.パロノセトロンは,ヒト5-HT3受容体を含む種々受容体に対する結合阻害試験で,他のセロトニン受容体サブタイプ をはじめ,その他種々の受容体に対してはほとんど親和性が認められず,5-HT3受容体に対する選択性が既存の5-HT3受容体拮抗薬に比べ極めて高いことが示された.また,イヌ,フェレットを用いた抗悪性腫瘍薬誘発嘔吐試験で,パロノセトロンは強い制吐作用を示し,その作用は持続的であった.一方,臨床試験では,日本人癌患者における薬物動態が検討され,パロノセトロンは既存の5-HT3受容体拮抗薬と比較し消失半減期が約40時間と非常に長いことが確認された.さらに,高度催吐性抗悪性腫瘍薬投与患者を対象にしたパロノセトロン0.75 mg単回静脈内投与比較試験において,グラニセトロンに対して,抗悪性腫瘍薬投与に起因する急性の悪心,嘔吐についてはパロノセトロンの非劣性,および遅発性の悪心,嘔吐についてはパロノセトロンの優越性が検証された.なお,パロノセトロン群の副作用発現率はグラニセトロン群と同様であった.以上の基礎および臨床試験成績より,パロノセトロンは5-HT3受容体への高い親和性と長い消失半減期から,癌化学療法時の悪心,嘔吐に対する抑制効果が優れており,癌化学療法時の支持療法の向上への貢献が期待される.
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