日本薬理学雑誌
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153 巻, 6 号
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特集:最先端プローブによる細胞外微小環境のシグナル計測
  • 大垣 隆一, 寺村 裕治, 林 大智, 永森 收志, 高井 まどか, 金井 好克
    2019 年 153 巻 6 号 p. 254-260
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    細胞外表層pH環境,特に細胞膜近傍の微小酸性領域は様々な生命現象に関与している.しかし,その時空間的な広がりや特性,機能的意義の解析において有用な,汎用性の高い蛍光イメージングプローブは限られている.筆者らは,細胞表面工学の分野で既に合成されていた,蛍光色素FITC(フルオロセインイソチオシアネート)を結合させたPEG結合リン脂質(FITC-PEG-lipid)を細胞膜アンカー型pHプローブとして用いることで,in vitroの蛍光レシオイメージング解析で細胞表面近傍のpHを計測する方法を確立した.FITC-PEG-lipidは,そのリン脂質部分を介して自発的に細胞膜脂質二重層の単外層膜(outer leaflet)に挿入されるため,細胞標識が非常に迅速かつ簡便におこなえる.また,親水性のPEGの効果により,エンドサイトーシスによる細胞内への取り込みが起こりにくく,細胞表面に数時間は安定に保持される.蛍光色素FITCにはpH依存性があり,特に中性から弱酸性領域で,450 nm付近と490 nm付近の励起によって得られる蛍光レシオ値が大きく変化し,且つpHに応じて固有の値をとる.実際に哺乳類培養細胞を用いて実施したレシオイメージング解析では,pH 5.0~7.5の範囲でpHに応答した蛍光レシオ値の変化が認められた.同法を用いることで,蛍光レシオ値の変曲点付近である弱酸性pH(pH 6.0付近)では,pHユニット0.1の違いも検出可能である.またこの蛍光レシオ値の変化は可逆的であり,還流条件下のライブイメージングにおいて,細胞表面のpH変化を経時的に可視化できた.以上の結果より,FITC-PEG-lipidの細胞膜アンカー型蛍光pHプローブとしての有用性が示された.今後,PEG結合リン脂質を基本骨格とすることで,様々なインジケーターを細胞膜表面に選択的に配置させることも可能になると考えられる.pHに限らず,細胞膜と細胞外領域の間に存在する生体界面の環境にアプローチするための,種々のプローブの開発に繋がることが期待される.

  • 藤井 拓人, 清水 貴浩, 久代 京一郎, 竹島 浩, 高井 まどか, 酒井 秀紀
    2019 年 153 巻 6 号 p. 261-266
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    胃酸分泌細胞において胃プロトンポンプ(H,K-ATPase)は,胃酸(HCl)のプロトン(H)分泌を担っており,逆流性食道炎や胃潰瘍など酸関連疾患の重要な創薬標的である.H,K-ATPaseは触媒鎖でイオン輸送機能を持つαサブユニット(αHK)と糖タンパク質で補助サブユニットのβサブユニット(βHK)のヘテロ二量体で形成されている.これまでβHKの糖鎖は,αHKの原形質膜へのトラフィッキングおよび機能発現に必須であることが報告されている.通常,糖鎖末端にはシアル酸が結合しており,免疫や細胞の分化など生理的に重要な役割を果たしている.最近我々は,生体適合性に優れたポリマーをベースとする蛍光ナノ粒子にレクチンを結合させた新規のシアル酸蛍光ナノプローブを用いて,βHK糖鎖末端のシアル酸修飾の動態を初めて捉えることに成功した.H,K-ATPase発現細胞,ラットの胃粘膜組織および初代培養胃酸分泌細胞のシアル酸イメージングにおいて,胃内pH環境によりβHK糖鎖のシアル化/脱シアル化が制御されており,酸分泌抑制薬による胃内pHの上昇によりβHKがシアル化されることが示唆された.また,βHKの脱シアル化処理により,αHKの酵素活性が減少することから,βHKのシアル酸修飾がαHKのポンプ機能を調節していることが示唆された.従って,H,K-ATPaseには自身のH分泌による胃内酸性化によりβHKが脱シアル化されαHKのポンプ機能が低下するというネガティブフィードバック機構が存在する可能性が明らかとなった.本プローブは,細胞外微小空間においてシアル酸が関与する様々な生理機能の可視化に応用可能であると考えられる.

  • 高橋 康史, 周 縁殊, 福間 剛士
    2019 年 153 巻 6 号 p. 267-272
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    マイクロスケールの微小電極を利用し,細胞が放出・消費する化学物質の濃度プロファイルを2次元の電流イメージとして取得する走査型電気化学顕微鏡(SECM)は,非染色・非侵襲計測が可能であり,細胞の代謝物や細胞により消費される酸素などの計測に大変有効である.我々は,このSECMの解像度の向上と単一細胞計測への応用を行った.具体的には,ナノスケールの電極の簡便・迅速な作製手法の開発と,細胞表面のナノスケールの凹凸を非接触・非標識で計測可能な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)の融合技術の開発を行うことで,SECMの解像度の飛躍的向上とともに,化学物質の濃度プロファイルと細胞表面形状の同時イメージングを実現した.本手法を用いて,ラット副腎褐色細胞腫(PC12)細胞からの神経伝達物質の放出を計測することに成功した.さらに,ナノスケールの電極の開発により,細胞内に電極を挿入することが可能となり,細胞内の活性酸素種(ROS)の計測にも成功した.

  • 緒方 元気, 浅井 開, 佐野 大和, 澤村 晴志朗, 高井 まどか, 楠原 洋之, 栄長 泰明, 日比野 浩
    2019 年 153 巻 6 号 p. 273-277
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    生体に投与した薬物の濃度は,さまざまな組織の内部で刻々と変化する.それに伴い,標的となる細胞集団の働きも不均一に変動していく.狭い範囲,すなわち〝局所〟におけるこれらの事象の推移を高時間分解能で測定することは,薬効や毒性の仕組みを理解する上で極めて重要である.しかし,従来の方法では,その実現は難しい.そこで本研究では,先端素材である「導電性ダイヤモンド」を用いて計測システムを創出した.この新技術は,薬物濃度を測定するための先端径が約40 μmの針状ダイヤモンド微小電極と,細胞の電気現象を捉えるガラス微小電極の組み合わせに基づく.本システムにより,麻酔下の動物へ静脈投与した利尿薬,抗てんかん薬,抗がん薬の薬物濃度の変化とその作用を,内耳や脳にてリアルタイム計測した.創出した画期的な生体内薬物センシングシステムは,多様な薬物や臓器に適用可能であり,次世代の創薬や治療法の展開に貢献すると期待される.

総説
  • 笠井 淳司, 勢力 薫, 橋本 均
    2019 年 153 巻 6 号 p. 278-283
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    脳機能は,複雑な神経ネットワークの情報伝達を介した個々の神経細胞の活動により制御されている.そのため,脳機能を理解するには,個々の神経細胞の活動を統合的に把握する必要がある.個々の神経細胞の活動を記録する方法としては,これまで電気生理学的な手法やカルシウムイメージング法などが汎用されてきた.しかしながら,これらの手法では,脳のごく一部の神経細胞の活動を記録することしかできず,神経活動の統合的な理解は困難であった.そこで最近,全ての神経活動を網羅的に検出する全脳全細胞活動マッピング法が開発されている.これを可能にしたのは,筆者らが開発したFASTシステムを含め,単一細胞を識別できる空間解像度で全脳をイメージングする光学顕微鏡技術である.単一細胞レベルの全脳イメージング法と神経活動レポーターマウスなどと組み合わせることにより,全ての脳領域から全細胞活動の情報を取得できるようになってきた.そこで本稿では,筆者らのFASTシステムを中心に高精細な全脳イメージング法について紹介し,さらに全脳神経活動マッピングの実施例とその解析法について紹介したい.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(32)
  • 大渕 雅人
    2019 年 153 巻 6 号 p. 284-288
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    ヒト初代培養肝細胞はヒトにおける薬物代謝や代謝酵素に対する薬物の誘導能の評価に広く用いられている.しかしながら,既存の培養系は培養開始後に速やかに代謝機能が低下したり,長期の培養ができないといった欠点があった.近年,よりヒトの生体を模倣した培養系,すなわち生体模倣システム(microphysiological system:MPS)の開発および創薬研究への活用が精力的に進められている.このような新規の培養系は,低クリアランス化合物の薬物動態予測や遅延型の薬剤性肝障害評価,肝線維症のように病態発症に長い過程を要する疾患研究などへの活用が期待されている.本稿では,特に3Dバイオプリンターで構築したヒト肝組織モデルについて,その特徴や研究事例も交えながら解説する.

新薬紹介総説
  • 毛戸 祥博, 幸迫 正憲
    2019 年 153 巻 6 号 p. 289-298
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/06/08
    ジャーナル フリー

    リナクロチド(リンゼス®錠0.25 mg)は,グアニル酸シクラーゼC(GC-C)受容体に高い選択性と結合親和性を有するGC-C受容体作動薬である.日本では,2016年12月に「便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)」を効能・効果として承認され,2018年8月に「慢性便秘症(器質的疾患による便秘を除く)」への適応が追加された.非臨床薬理試験では,リナクロチドがGC-C受容体に結合することで細胞内cGMPが増加し,腸管腔では腸管分泌と腸管輸送能を促進させ,大腸粘膜下組織では正常時の大腸痛覚に影響を及ぼすことなく,大腸痛覚過敏時に細胞外cGMP増加により求心性神経を介した大腸痛覚伝達を抑制することが示唆された.臨床試験では,IBS-C患者でIBS症状の全般改善効果及び完全自然排便頻度の改善が,慢性便秘症患者で自然排便頻度の改善が認められ,それらの改善が長期にわたり維持された.また,IBS-C及び慢性便秘症患者のquality of life(QOL)と既存治療に対する満足度を下げる要因と考えられる腹部膨満感,及びIBS-QOLの継続的な改善がみられた.臨床試験中にリナクロチドの薬理作用に基づくと考えられる下痢を認めたが,症状に応じてリナクロチドを減量することで概ねコントロールが可能で,既存治療の課題である連用時の耐性はみられなかった.これらの非臨床薬理試験及び臨床試験の結果から,新規作用機序を有するリナクロチドは,その多様な薬理作用によって,IBS-C及び慢性便秘症患者の便秘や様々な腹部症状,QOLを改善し,安全性に大きな問題なく使用可能な薬剤であると考えられる.

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