日本薬理学雑誌
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136 巻, 5 号
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特集 代謝性疾患治療薬の研究戦略
  • 吉田 茂
    2010 年 136 巻 5 号 p. 259-264
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    2型糖尿病は糖尿病の90~95%以上を占め,遺伝素因および過食・肥満・運動不足などの環境素因を原因とする生活習慣病である.これらの因子が複雑に絡み合い,膵臓β細胞からのインスリン分泌不足と末梢組織でのインスリン作用不足の両面により,初期においては食後のインスリン分泌量の低下による食後高血糖が起こる.その後,慢性的な高血糖状態を経て,最終的には網膜症・神経症・腎症・心血管障害などの合併症を引き起こし,患者のquality of lifeを著しく損ない,死に至るケースもある.臨床においては,複数の血糖降下薬が存在し,単剤もしくは併用剤・合剤による治療が行われているが,新規に糖尿病および合併症へ移行する患者数は世界レベルで増加の一途を辿っている.従って,その抑止には,厳格な血糖コントロールに加えて,膵臓保護作用,体重抑制作用,心血管イベントに対する保護作用などのいずれかを有するもしくは併せ持つような新規メカニズムの画期的薬剤が必要であり,各製薬企業においてその開発が進められている.GPR119は,膵臓β細胞と腸内分泌細胞に高発現しているGαSタンパク質共役型のGPCRで,細胞内cAMP上昇を介し,膵臓β細胞においては,グルコース依存性のインスリン分泌促進作用,腸内分泌細胞においては,インクレチンホルモンであるglucagon-like peptide-1(GLP-1),glucose-dependent insulinotropic peptide(GIP)の分泌促進作用に関与している.これらの機能から,GPR119アゴニストは新規2型糖尿病治療薬となる可能性があり,現在,多くの製薬企業において,研究が進められている.また,化合物の構造によっては抗肥満作用を示すような化合物も見出されており,単剤で糖尿病のみならず,肥満をカバーできる創薬コンセプトの可能性を秘めている.本稿では,これまでに報告されているGPR119の機能,低分子GPR119アゴニストの薬理作用の知見に加えて,現在臨床試験が進行中の化合物に関する情報について紹介したい.
  • 石井 伸一
    2010 年 136 巻 5 号 p. 265-269
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    2型糖尿病患者では脂肪肝/NAFLDを合併する頻度が高く,肝臓への異所性の脂肪蓄積が,インスリン抵抗性の増大やメタボリックシンドローム発症の危険因子の1つとして考えられている.また,ALT値やγ-GTP値の上昇が糖尿病発症率と相関することから,肝機能異常の糖尿病発症への関与が示唆されている.さらに,我国の糖尿病患者の死因の調査結果によれば,全死因に占める肝癌・肝硬変症の割合が増大していることから,糖代謝異常と肝疾患は密接に関係している可能性が高い.コレステロール異化の最終産物である胆汁酸は,肝臓・胆嚢および腸管を中心とした生合成や脂質の吸収排泄を調節する因子として研究されてきた.近年,新たに胆汁酸が核内受容体FXRやGPCRのTGR5の内因性リガンドとして働くことが報告され,metabolic modulatorとしての作用に注目が集まっている.胆汁酸によるFXRあるいはTGR5活性化作用は,主に疎水性胆汁酸では認められるが,ウルソデオキシコール酸(UDCA)のような親水性胆汁酸にはほとんど見出されない.一方タウリン抱合型UDCAのERストレス減弱によるインスリン抵抗性改善作用が最近報告され,親水性胆汁酸の作用にも着目されている.本稿では,胆汁酸の機能や胆汁酸からの糖・脂質代謝異常への新たなアプローチについて紹介する.
  • 雪岡 日出男
    2010 年 136 巻 5 号 p. 270-274
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    ニューロペプチドY(NPY)は摂食を亢進し,エネルギー消費を抑制する神経ペプチドである.NPYには少なくとも4つの受容体の存在が確認されており,このうちY5受容体がエネルギー代謝に重要な役割を果たすことが知られている.したがって,この受容体を介したNPYのシグナルを遮断することによって体重の減少,すなわち抗肥満作用が期待できる.我々はこの仮説を検証すべく,Y5受容体アンタゴニストS-2367を創製し,抗肥満作用を検討してきた.Y5受容体過剰発現細胞を用いた検討で,S-2367はヒトY5受容体に対して高い結合親和性を示し,フォルスコリンが誘導するサイクリックAMP産生に対するNPYの抑制効果に対し,拮抗作用を示した.また,ラットの脳室内にY5受容体に特異的なペプチドアゴニストを注入した際に誘導される摂食行動は,S-2367の事前投与により顕著に阻害された.以上の結果から,S-2367は経口投与可能なY5受容体アンタゴニストであることが確認された.また,あらかじめ高脂肪食を負荷して肥満を誘導したマウスにS-2367を反復経口投与したところ,体重,腹腔内脂肪量,肝臓の中性脂肪含量が有意に抑制された.さらに,米国で実施された1年間の臨床試験でS-2367投与群では偽薬群と比較して有意な体重減少が観察され,肥満治療におけるY5受容体アンタゴニストの有用性が確認された.
総説
  • 江頭 伸昭, 川尻 雄大, 大石 了三
    2010 年 136 巻 5 号 p. 275-279
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    近年,がん化学療法の有用性が高まってきたが,タキサン系抗がん剤であるパクリタキセルや白金系抗がん剤であるオキサリプラチンは,末梢神経障害を高頻度で発現し,身体的苦痛から患者の生活の質(Quality of Life: QOL)を著しく低下させるだけでなく,がん治療の変更や中止を余儀なくさせることから,臨床上大きな問題となっている.無作為化二重盲検臨床試験において,オキサリプラチンの末梢神経障害に対しては,カルシウム/マグネシウム静脈内投与,グルタチオンおよびキサリプロデンの有用性が報告されているが,いろいろな理由により臨床現場ではほとんど用いられておらず,パクリタキセルの末梢神経障害に対しては明らかに有用な効果を示す薬物はない.抗がん剤による末梢神経障害動物モデルでは,パクリタキセルは坐骨神経の変性に伴い機械的アロディニアならびに低温知覚異常を発現する.オキサリプラチンは急性期より低温知覚異常を,その後遅発的に機械的アロディニアを発現するが,前者はオキサレート基で後者は白金を含む部分の化合物で発現される.今後は,末梢神経障害の発現機序を明らかにして,予防策や治療法の確立には発現機序に基づいた取り組みが重要である.
  • 石井 明子, 鈴木 琢雄, 多田 稔, 川西 徹, 山口 照英, 川崎 ナナ
    2010 年 136 巻 5 号 p. 280-284
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    腫瘍や自己免疫疾患等の治療を目的とした分子標的薬として,抗体医薬品の研究開発が国内外で活発に行われている.抗体医薬品の特徴は標的分子に高い親和性をもって極めて特異的に結合することであるが,他のバイオ医薬品と比較して血中半減期が長いことも特筆すべき点である.ペプチドあるいはタンパク質を医薬品として応用する場合には血中半減期が実用化のためのハードルとなることが少なくない.しかし,多くの抗体医薬品は,生体内IgGの分解抑制に関わるneonatal Fc receptor(FcRn)を介したリサイクリング機構を利用することができるため,数日~数週間という長い血中半減期を有している.FcRnは齧歯類の新生児小腸に高発現し,乳汁に含まれる母親由来IgGの吸収に関与する受容体として同定された.その後の研究により,FcRnが成体においても種々の組織に発現し,IgGのリサイクリングやトランスサイトーシス等に関与していることが報告され,母子免疫以外にも様々な側面でIgGの体内動態制御に関わっていることが明らかにされている.我々は,既承認抗体医薬品のFcRn結合親和性を解析し,ヒトでの血中半減期とFcRn結合親和性の相関,および抗体医薬品のFcRn結合親和性を規定する構造特性の一端を明らかにした.近年の創薬研究では,FcRn結合親和性を改変した抗体医薬品等の開発が進んでいる他,FcRnのもう1つのリガンドであるアルブミンを利用することにより体内動態特性を改変したタンパク質医薬品の開発も進んでいる.FcRnは,抗体医薬品をはじめとするバイオ医薬品の体内動態制御に関わる鍵分子の1つと言えるであろう.
実験技術
  • 小原 祐太郎, 中畑 則道
    2010 年 136 巻 5 号 p. 285-289
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    神経伝達物質やホルモンなどの様々な生理活性物質はそれぞれの受容体に特異的に結合後,細胞内でその情報がcAMPなどのセカンドメッセンジャーに変換され,それぞれの細胞・組織に特有な応答を示す.それゆえに細胞内のcAMPレベルを定量することは,細胞の応答を理解する上で非常に重要なことである.現在までにELISA,ラジオイムノアッセイ,FRETなどの様々なcAMPレベルの定量法が開発されているが,それぞれの定量法には利点と欠点があり,万能とは言い難い.そこで,新たなcAMPの定量法の開発を目的として,PKAのcAMP結合ドメインをホタルルシフェラーゼ遺伝子に組み込んだルシフェラーゼ改変体(GloSensor cAMPTM)が報告された.本稿では,この新しいcAMPセンサーを用いた定量法の実験原理と実際の細胞内cAMPレベルの定量結果を紹介し,このcAMPセンサーの特徴を既存の定量法と比較して考察する.
創薬シリーズ(5)トランスレーショナルリサーチ(8)(9)
  • 田中 紀子
    2010 年 136 巻 5 号 p. 290-293
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    「トランスレーショナルリサーチ」という用語が「基礎から臨床へ」,すなわち“Bench to Bedside”という基礎研究におけるコンセプトの臨床における実現の可否を検討する「橋渡し研究」との意味で用いられるようになって,すでに15年以上が経過している.抗がん薬,発がん予防の領域に特化して使われ始めたこの用語は,現在では幅広い疾患の薬剤,医療機器,または治療法の初期臨床開発に対しても用いられるようになり,多数の国際誌の創刊により,発表の機会が与えられるようになった.本用語の使用開始時においてはがん領域で浸透していった経緯があるが,日本では“官”主導で,種々の領域の治療法,治療シーズの“学”における研究テーマの採択および臨床試験拠点の整備が行われ,「がん治療」を当初は対象としたが,「がん」に特化することなく,幅広い疾患に対する治療薬,治療法が対象になり,「基礎から臨床へ」の橋渡し研究という命題が,シーズから患者に届くまで,いかなる領域であっても外挿を推進するという環境が醸成されている.総予算額が小さい「小粒」の対処という印象はいなめないが,産官学こぞって新たな治療薬,機器,治療法を世に出そうという試みとして大きく育ってもらいたい.
  • 和田 智, 西山 正彦
    2010 年 136 巻 5 号 p. 294-297
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    がんの制圧は世界の悲願であり,がんの本態の理解は,新規医療の創生に結び付く.ゲノム医科学の進展は,医療開発研究に新たな可能性を与えるとともに,画期的な新治療への期待をさらに大きなものとした.実際,がんの病態解明研究は急速に進化し,さまざまな分子標的薬を登場させ,個別化医療の新概念を実践の場に根付かせた.しかしながら,現在までのところ,画期的な治療,新薬の開発は稀少例にとどまっており,その成果は総じて期待はずれ,ないしは頭打ちである.「膨大な科学的発見,巨大な資本の投入,されど極めて低率な社会還元」,ためにがんトランスレーショナルリサーチの重要性が広く認識され,その効率化と促進へ向けてさまざまな対策・工夫が試みられている.しかしながら,いまなお多くの課題が山積している.本邦におけるがんトランスレーショナルリサーチの現状,直面する課題,そして今後について概説した.
新薬紹介総説
  • 伊藤 立信, 輪島 輝明, 山口 正之, 三森 信幸, 関口 金雄
    2010 年 136 巻 5 号 p. 299-308
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/10
    ジャーナル フリー
    エクア®はノバルティス ファーマ社で創製されたビルダグリプチンを有効成分とする新規経口糖尿病薬である.ビルダグリプチンはin vitroにおいて,組換えヒトdipeptidyl peptidase IV(DPP-4)に高い親和性で結合すると共に(Ki = 2~3 nM),ヒト血漿DPP-4を強力に阻害した(IC50 = 2.7 nM).2型糖尿病患者にビルダグリプチン(50 mg,1日2回)を反復投与すると,血漿DPP-4活性は24時間にわたって90%以上阻害され,活性型glucagon-like peptide-1(GLP-1)濃度が上昇した.2型糖尿病患者にビルダグリプチンを単回投与すると,インスリン分泌が亢進すると共にグルカゴン分泌が低下し,血糖値が低下した.しかし,血糖値が正常な健康被験者にビルダグリプチン(100 mg)を投与してもインスリン分泌の有意な亢進を認めず,また血糖値の有意な低下を認めなかった.2型糖尿病患者にビルダグリプチン(50 mg,1日2回)を反復投与すると,膵βおよびα細胞機能が改善すると共に,インスリン抵抗性が改善した.また,動物実験において,ビルダグリプチン(30または60 mg/kg)は膵β細胞の分化促進ならびにアポトーシスの抑制作用を示したことから,膵β細胞に対する保護作用が示唆された.ヒトにおける経口投与時のビルダグリプチンの吸収は速やかで,バイオアベイラビリティは良好であった(BA = 85%).ビルダグリプチンの投与後血漿中未変化体濃度は用量の増加に応じて上昇し,約2時間の半減期で消失した.ビルダグリプチンは臨床で併用が予想される様々な薬剤との薬物間相互作用が検討されているが,薬物動態への明らかな影響は認められなかった.2型糖尿病患者を対象に,HbA1c値の低下量を指標として臨床試験が実施された.ビルダグリプチン(10,25,50 mg,1日2回)の12週間投与では,用量依存性が確認された.ビルダグリプチン(50 mg,1日2回),またはボグリボースの12週間投与では,ビルダグリプチンの優越性が検証された.グリメピリドとの12週間併用投与では,プラセボに対するビルダグリプチン(50 mg,1日2回)の優越性が検証された.さらにビルダグリプチンの単独療法,もしくはグリメピリドとの併用療法の52週間投与では,長期投与時の安全性と有効性が確認された.これらの臨床試験における低血糖発現率は低く忍容性は良好であった.以上のように,ビルダグリプチンは経口投与で有効な選択的DPP-4阻害薬であり,血漿GLP-1濃度を上昇させ,膵島機能を改善すると共にインスリン抵抗性を改善した.ビルダグリプチンは2型糖尿病患者を対象とした臨床試験で優れた有効性と安全性を示したことから,新しいタイプの経口糖尿病治療薬として期待される.
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