日本薬理学雑誌
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147 巻, 5 号
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特集 幹細胞研究と臨床利用の進歩
  • 岩﨑 広高, 今村 武史
    2016 年 147 巻 5 号 p. 260-263
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    骨格筋組織は体重の約40%を占める生体内最大の臓器であり,基礎代謝に占める割合も22%と最大の代謝器官である.基礎代謝を介して骨格筋萎縮は肥満や糖尿病などの生活習慣病の成立に強く関連しており,Ⅱ型糖尿病ではⅠ型,Ⅱa型筋線維の減少,サルコペニアではⅡa型線維の減少が報告されている.このように筋線維組成の制御は,生活習慣病や筋疾患に対する新規治療として有望である.ただし,ヒト骨格筋線維特異的な筋分化過程は不明の点が多い.本研究では,ヒト多能性幹細胞を成熟骨格筋細胞に分化誘導する骨格筋細胞分化モデルを用いて,筋線維特異的な分化機序の解明を目的とした.分化初期に高発現が認められたmicroRNA(miR)-494は,骨格筋細胞への分化誘導に従い有意な発現量減少が認められた.miR-494過剰発現実験による機能解析より,miR-494は好気的代謝活性の高いⅡa型筋線維形成を有意に抑制し,同時に細胞の酸素消費率を低下させることが見出された.即ち,miR-494作用が過剰である場合は,Ⅱa型筋線維タンパク質発現が低下することにより,好気的代謝活性の高い骨格筋線維が減少すると考えられた.以上のように,本研究ではヒトiPS細胞由来の骨格筋細胞分化システムを用いることにより,筋線維型特異的な骨格筋細胞分化調節機序の一端をヒト細胞において初めて明らかにした.
  • 森実 飛鳥, 高橋 淳
    2016 年 147 巻 5 号 p. 264-268
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    パーキンソン病の治療としてはL-dopaをはじめとした薬剤による内服治療が標準的である.薬剤治療は初期には有効であるが,4~5年を経過すると薬の有効性が減じ,ジスキネジアやon-off現象などの副作用が出現し,薬剤のみでの疾患コントロールが困難になってくる.補助的な治療の一つとして中絶胎児組織を使った中脳細胞移植治療が欧米で試験的に行われてきた.この胎児移植では一定の効果はあるものの,ドナー細胞の供給が難しく,そのために質の安定性が保たれないことなどから一般的な治療とはなっていない.この問題点を解決すべく,人工多能性幹細胞(iPS細胞)の応用が期待されている.我々はiPS細胞からドパミン神経前駆細胞を分化誘導し,パーキンソン病に対する細胞移植治療を目指して研究を行ってきた.すでに臨床応用可能な分化誘導のプロトコールを確立し,パーキンソン病モデル動物等を用いて前臨床試験を行っている.移植した細胞は脳内に生着し,モデル動物の機能回復に寄与することを確認している.iPS細胞利用の1つのアドバンテージとして自家移植の可能性が挙げられる.自家移植は拒絶反応が最小限に抑えられて理想的ではあるが,コストや時間の問題から臨床現場で普及するにはハードルが高い.次善の策として,健常者の細胞から臨床グレードで樹立された既存のiPS細胞を用いる方法が考えられる.京都大学で始まったiPS細胞ストックプロジェクトではヒト白血球型抗原(HLA)がホモ接合体である健常人ドナーの細胞から樹立したHLAホモiPS細胞を備蓄していき,各患者の種々な型のHLAと適合し易いiPS細胞を集めている.これが整備されると将来的には様々な領域でHLA適合移植が可能となる.我々はこのストックiPS細胞を利用し,パーキンソン病に対し他家(同種)移植を行う臨床治験を計画している.
  • 宮川 繁
    2016 年 147 巻 5 号 p. 269-271
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    重症心不全治療として最も重要な治療法である心臓移植は,極めて深刻なドナー不足であり,新しい移植法案が可決されたものの,欧米レベルの汎用性の高い治療法としての普及は困難が予想される.一方,左室補助人工心臓(LVAD)については,日本では移植待機期間が長期であるため,感染症や脳血栓等の合併症が成績に大きく影響している.このような状況を克服するため,世界的に再生医療への期待が高まっているが,重症心不全を治癒させるまでに至らず,心臓移植やLVADに代わる新しい治療開発が急務である.このような現状のなか,重症心不全においては,細胞移植,組織移植,また再生医療的手法を用いた再生創薬の研究がすすみ,臨床応用化が進んでいる.本稿では,これまでの筋芽細胞シートのトランスレーショナルリサーチとともに,iPS細胞由来心筋細胞シートを用いた心不全治療のこころみに関して紹介し,今後の展望に関して概説する.
  • 櫻井 英俊
    2016 年 147 巻 5 号 p. 272-276
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    骨格筋疾患には,有効な治療法が確立されていない難病が多くあり,新規治療薬の開発に向け患者由来iPS細胞を活用した研究が期待されている.その実現のため我々は高効率で極めて再現性高くiPS細胞を骨格筋へ分化誘導させる方法を確立した.この方法はテトラサイクリン誘導性に骨格筋分化のマスター遺伝子であるMyoD1を強制発現することで,未分化iPS細胞からわずか10日程度で成熟骨格筋を分化誘導する方法であり,その筋分化効率は70~90%程度と極めて高い.この骨格筋分化誘導法を活用して,三好型ミオパチーの病態再現を行った.三好型ミオパチーの原因遺伝子であるDysferlinは,筋細胞膜に存在する分子で筋損傷時に細胞膜を修復する.三好型ミオパチー患者由来細胞では,レーザー照射による膜損傷後の膜修復が遅延することを明らかにした.さらにDysferlinの発現を回復することで,この膜修復の遅延は改善することを見出し,病態再現に成功した.次にデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対してはエクソンスキッピング製剤の開発が進んでいるが,この治療法は遺伝子変異特異的であり適応患者が限られているため,共通の初期病態をターゲットにした創薬が渇望されている.我々はDMDに共通の初期病態として,筋収縮時のCa2+の過剰な細胞質への流入というモデルの確立に成功した.また過剰なCa2+の流入が細胞障害を引き起こし,培養上清中のCK活性の上昇という表現型も見出した.これらの表現型は原因遺伝子Dystrophinの発現回復により改善することから,Dystrophinの欠失が引き起こす細胞障害モデルを確立したと言える.今後,スクリーニングに適した解析システムを構築することで,これらの筋疾患に対する新たな薬剤の開発につながるものと期待できる.
特集 活性イオウ含有分子による代謝シグナル制御
  • 井田 智章, 松永 哲郎, 藤井 重元, 澤 智裕, 赤池 孝章
    2016 年 147 巻 5 号 p. 278-284
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    感染や炎症に伴い生成される活性酸素(ROS)は,酸化ストレスをもたらす組織傷害因子となる一方,細胞内レドックスシグナルのメディエーターとして機能していることがわかってきた.著者らは,生体内でROSと一酸化窒素の二次メッセンジャーである親電子物質8-ニトロ-cGMPの代謝にcystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE)が深く関わることを報告した.しかしながら,その代謝機構については未だ不明な点が多く残っていた.そこで,8-ニトロ-cGMPを代謝する真の活性分子種の同定に向けて,質量分析装置(LC-MS/MS)を用いた詳細なメタボローム解析を行った.その結果,CBS,CSEはシスチンを基質にシステインのチオール基が過イオウ化(ポリスルフィド化)したシステインパースルフィド(Cys-S-SH)を効率よく生成することが示された.さらに,LC-MS/MSを用いて,細胞,組織における代謝物プロファイリングを行った結果,CBS,CSEに依存したCys-S-SHなどの多様な活性イオウ分子種の生成を認めた.特に,マウス脳組織においては,100 μMを超える高いレベルのグルタチオンパースルフィドの生成が示された.活性イオウ分子の機能について,抗酸化活性とレドックスシグナル制御機能に注目して解析した結果,高い過酸化水素消去活性と8-ニトロ-cGMP代謝活性を発揮することが明らかとなった.これらの結果より,CBS,CSEにより産生される真の代謝活性物質は,Cys-S-SHなどの活性イオウ分子種であり,これらはその高い求核性や還元活性を介して,レドックスシグナルの重要なエフェクター分子として機能することが示唆された.活性イオウ分子種によるレドックスシグナル制御機構の解明は,酸化ストレスが関わる疾患の新たな治療戦略や創薬開発につながることが期待される.
  • 渡邊 泰男
    2016 年 147 巻 5 号 p. 285-289
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    システインのチオール基側鎖にイオウ原子が繋がったポリサルファー化システインなどの活性イオウ分子は,細胞のレドックス恒常性の維持に重要な生理活性物質である.実は,これまでに,ほ乳類動物では活性イオウ分子の存在が知られていたが,その生体におけるシグナル応答と制御メカニズムについては不明であった.近年,質量分析法によるプロダクト解析によって,ヒト組織・血漿中に低分子から高分子の多種多様な活性イオウ分子が存在することが発見された.その一部は既知のグルタチオンと比しても,極めて強力な活性酸素消去能を有することが分かってきた.興味深いことは,このポリサルファーシステインは,タンパク質の構成アミノ酸にも認められていることである.これまで,タンパク質構成アミノ酸中の特定のシステインのチオール基の化学修飾(酸化,S-ニトロシル化,S-グルタチオン化,アルキル化)が,そのタンパク質の機能制御に関わることが報告されていた.つまり,この〝再発見〟された活性イオウ分子は,これまでのシステインチオール基を介した酸化修飾に新たに,あるいは既に相乗りする形でタンパク質機能を制御していると考えられる.本稿では,活性イオウ分子のユニークな生理機能の1つである細胞内タンパク質の修飾について,これまでのシステインのチオール基の化学修飾との関連性について述べる.
  • 居原 秀
    2016 年 147 巻 5 号 p. 290-293
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    システインなどのチオール基に過剰のイオウ原子が付加したパースルフィド(R-SSH)は,高い求核性をもち反応性に富んだ〝活性イオウ分子〟である.活性イオウ分子は,ユニークな化学特性を持ち,強力な抗酸化能,親電子シグナル制御活性を有することが知られている.酸素に由来する活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)やメチル水銀など環境中の親電子性物質は,生体分子の求核置換基に共有結合することにより非特異的な分子損傷をもたらし,最終的に細胞毒性を引き起こす.また,レドックスセンサータンパク質のレドックスアクティブなシステイン残基のチオール基を親電子修飾することにより,親電子シグナルを活性化させ,細胞毒性が惹起される機構も報告されている.最近の研究で,このような親電子性物質に起因した細胞毒性が,活性イオウ分子により調節されていることが明らかになってきている.活性イオウ分子は,高い求核性を持つので,効率よくROSの親電子性は消去することによってROS毒性を軽減する.また,活性イオウ分子は,メチル水銀などの親電子性毒物とイオウ付加反応,二量体形成反応することで,毒物の親電子性を減弱させ解毒している.さらに,活性イオウ分子は,8-ニトロ-cGMPのような内在性の親電子性セカンドメッセンジャーと反応し,イオウ付加体(8-メルカプト-cGMP)を形成することによって親電子シグナルを調節し,その下流にある細胞毒性の制御を行っている.
  • 中川 秀彦
    2016 年 147 巻 5 号 p. 294-298
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    活性イオウ種は,近年注目されるタンパク質修飾因子あるいは生体シグナル因子の1つである.実験的に非常に扱いにくく,一部はガス状の分子であることから,実験系中や生体内でこれらの化学種を放出する化合物(供与剤,ドナー)が用いられることが多い.光化学反応により目的の化学種を生成する化合物を「ケージド化合物」と称するが,活性イオウ種のケージド化合物は,時間・場所を制御して投与することが可能であるため,生体内でメディエーターとしての作用を研究する上で有用である.ケージド硫化水素化合物の研究はまだ発展途上であるが,2つのグループが先行して研究を行っており,1つは,光解除性保護基が脱保護され,その後,加水分解を受けることで遊離の硫化水素を発生する.2つめの化合物は,2個の光解除性保護基が同時に脱保護されることで直接硫化水素が遊離する化合物である.それぞれの化合物に特徴があり,後者の化合物は細胞応用も可能であることが示されている.
実験技術
  • 笠松 真吾, 藤井 重元, 赤池 孝章
    2016 年 147 巻 5 号 p. 299-302
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    システインパースルフィドなどの活性イオウ分子種は,チオール基に過剰にイオウ原子が付加したポリスルフィド構造を有する化合物であり,通常のチオール化合物に比べ,高い求核性と抗酸化活性を有している.近年,ポリスルフィドは,システインやグルタチオンなどの低分子チオール化合物だけでなく,タンパク質中のシステイン残基にも多く存在し,細胞内の様々なタンパク質がポリスルフィド化されていることが明らかになってきた.タンパク質中のシステインチオール基は,活性酸素や親電子物質によりもたらされる酸化ストレスのセンサーとして重要な役割を果たしていることが知られており,ポリスルフィド化はタンパク質機能制御を介したレドックスシグナル伝達メカニズムとして,細胞機能制御に関与することが予想される.しかしながら,複雑な化学特性を有するポリスルフィドは検出が難しいことから,生体内におけるタンパク質ポリスルフィド化の分子メカニズムやその生理機能は不明な点が多く残っており,特異的で高感度,かつ簡便なポリスルフィド化タンパク質検出方法の開発が求められている.タンパク質ポリスルフィド化の検出に関してはこれまで様々な問題点があり研究進展の妨げになっていたが,最近,信頼性のあるポリスルフィド化タンパク質の解析方法が報告され,様々なタンパク質が内因的にポリスルフィド化していることや複雑なポリスルフィドの構造と化学特性などが徐々に明らかになってきている.検出におけるいくつかの問題点は残されているものの,プロテオミクス研究への応用も期待されている.今後さらに,タンパク質ポリスルフィドのユニークな構造と化学特性に基づく特異的で高感度な検出方法の開発を進めることにより,タンパク質ポリスルフィドの生物学的意義の解明が大きく進展するものと考えられる.
創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(3)
  • 高安 義行, 塚本 哲治
    2016 年 147 巻 5 号 p. 303-309
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    バイオ後続品(バイオシミラー)は,品質,安全性および有効性について,先行バイオ医薬品との比較から得られた「同等性/同質性」を示すデータ等に基づき開発される.国内では既に7剤のバイオ後続品が販売されており,バイオ後続品の開発や承認申請に関する企業側の経験も蓄積されてきている.高額な先行バイオ医薬品に比べ,薬価が低く設定されるバイオ後続品は,高騰する国民医療費の抑制策として,また,患者の医療費負担軽減策として大いに期待されており,今後,大型バイオ医薬品の特許が次々と満了することも相まって,この分野の開発競争は激化するものと予想される.一方,医療の現場におけるバイオ後続品の認知度は依然として低く,十分にその価値が発揮されるためには,国の政策に加え,開発・販売する企業がバイオ後続品に関する正しい情報を発信し,医療機関や患者と共有してくことが重要である.
新薬紹介総説
  • 田原 誠, 柴田 篤, 桂 紳矢
    2016 年 147 巻 5 号 p. 311-318
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/05/13
    ジャーナル フリー
    慢性骨髄性白血病(CML)患者の95%以上で発現しているBcr-Abl融合遺伝子は,その恒常的な活性化が白血病細胞の増殖に関与しており,Bcr-AblチロシンキナーゼはCMLの治療における分子標的と考えられている.ボスチニブ水和物(以下ボスチニブと記す)はCMLの治療薬として開発された,AblおよびSrcを選択的に阻害する経口チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)である.ボスチニブは酵素レベルではAblおよびSrcに加えて数種のイマチニブ耐性型Bcr-Ablに対しても阻害作用を示し,細胞レベルでは種々の野生型およびイマチニブ耐性のCML細胞株に対して増殖阻害作用並びにシグナル伝達阻害作用を示した.一方ボスチニブは,イマチニブ,ダサチニブおよびニロチニブと異なり,c-Kitおよび血小板由来成長因子受容体(PDGFR)に対しては阻害作用を示さず,骨髄抑制および体液貯留に起因する副作用の軽減が期待された.In vivoにおいてもボスチニブはCMLを始めとする種々の異種移植モデルにおいて,臨床的に到達可能な血漿中濃度で抗腫瘍作用を示した.臨床試験では,2次治療および3次治療のCML患者を対象として国内外で実施した第Ⅰ/Ⅱ相試験の第Ⅱ相部分(有効性検討試験)で主要評価項目に設定した2次治療の慢性期CML患者の24週時点での細胞遺伝学的大寛解(MCyR)率は,海外試験では35.5%,国内試験では35.7%であった.また忍容性は全般的に良好であり,安全性プロファイルは許容可能であった.さらに骨髄抑制および体液貯留に起因するボスチニブの副作用の発現率はイマチニブ,ダサチニブおよびニロチニブより低く,非臨床試験で示された標的阻害プロファイルの違いが臨床的に裏付けられた.これらの非臨床および臨床試験成績からボスチニブの有用性が確認され,本邦では前治療薬に抵抗性又は不耐容の慢性骨髄性白血病を適応症として2014年9月に承認された.
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