日本薬理学雑誌
Online ISSN : 1347-8397
Print ISSN : 0015-5691
ISSN-L : 0015-5691
123 巻, 4 号
選択された号の論文の9件中1~9を表示しています
ミニ総説号「PACAP/VIPシグナル系-新しい創薬標的」
  • 宮田 篤郎, 菅原 英輝, 岩田 真一, 清水 隆雄, 寒川 賢治
    2004 年 123 巻 4 号 p. 235-242
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    多機能神経ペプチドPACAPは,主に中枢神経系に分布し,ニューロトランスミッター,ニューロモデュレーターとしての機能の他,神経栄養因子としての作用が注目されている.PACAP遺伝子の発現調節の解析において,我々は,神経選択的サイレンサー(NRSE)に相同性の高い抑制的エレメント(NRSLE1,NRSLE2)が存在することを見出した.これらのエレメントは,ヒト,ラット,マウスの3種類の動物種において,翻訳開始点からの距離および塩基配列の相同性の点でよく保存されていた.NRSEは神経特異的転写制御の中核を担う転写抑制エレメントとして知られており,神経特異的遺伝子の近傍に存在し,それらの発現制御に関与したり,神経細胞の最終分化に関与するなど重要な転写要素として考えられている.NRSEは,21 bpのエレメントであり,NRS因子(NRSF)が結合することにより神経特異的遺伝子の発現を神経以外の細胞で抑制する.神経細胞では,NRSFのバリアントであるNRnVが発現することにより,ドミナントネガティブ的にNRSFの機能が阻害されることが知られている.3T3細胞核抽出物のゲルシフトアッセイにより,NRSLE1およびNRSLE2が,Naチャネル2型遺伝子のNRSEと共通の核タンパクと結合することが示唆された.また,ルシフェラーゼレポーターアッセイによりSV40プロモーターに及ぼす効果を検討したところ,PC12細胞では抑制効果は見られなかったが,3T3細胞ではルシフェラーゼ活性を抑制した.また,RT-PCR解析により,PC12細胞では,PACAPと共にNRnVの発現が観察されたのに対して,非神経細胞である3T3細胞やC6細胞では発現していなかった.因みにNRSFは,いずれにおいても発現が見られた.これらのことから,PACAPの神経特異的発現調節に,神経選択的サイレンサーが関与することが示唆された.
  • 塩田 清二, 大滝 博和, 鈴木 隆介, 中町 智哉, 竹ノ谷 文子, 土肥 謙二, 中条 茂男
    2004 年 123 巻 4 号 p. 243-252
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    PACAPによる海馬細胞死防御とその分子制御機構について,機能形態学的方法を用いて調べた.ラットおよびマウスの虚血-再灌流モデルでは,海馬領域の特にCA1の神経細胞が多数遅発性細胞死をおこす.超微量(pM, nMオーダー)のPACAPを脳室内および静脈内投与すると,この遅発性神経細胞死は著明に抑制されることが明らかになった.さらに,再灌流1日後からPACAPを脳室内および静脈内投与しても神経細胞死を有意に抑制することが明らかになった.また神経細胞死のおきる部位に一致して星状膠細胞にPACAP受容体が強く発現した.また,外傷モデルのEGFP-GFAPトランスジェニックマウスでも,虚血実験と同じく星状膠細胞にPACAP受容体が特異的に発現した.さらに細胞死のシグナル伝達系路として最も重要であると考えられているMAPキナーゼカスケードについて虚血モデル動物の海馬領域を採取して調べたところ,神経細胞死とともにこの系路が活性化しているのが明らかになった.PACAPはこの系路を介して遅発性神経細胞死を抑制することが明らかになった.また,PACAPによる虚血性神経細胞死抑制作用として,PACAPが星状膠細胞を刺激してIL-6の産生·分泌を促進し,遅発性神経細胞死を抑制していることが,IL-6ノックアウトマウスを用いた実験で明らかになった.PACAPは,神経細胞に直接あるいは星状膠細胞を介して間接的に作用し,虚血性神経細胞死を防御することが明らかになった.
  • 永井 克也
    2004 年 123 巻 4 号 p. 253-260
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    筆者らはラットを用いて哺乳類のエネルギー代謝と摂食行動の概日リズム機構について検討中に,概日リズムの体内時計の存在する視床下部視交叉上核(SCN)のVIPニューロンが血糖調節に関与することを示す以下の結果を得た.即ち,1)糖を必須のエネルギー源とする脳内に糖利用阻害薬である2-deoxy-D-glucose(2DG)を投与すると生体は交感神経を興奮させ,副交感神経を抑制してインスリン分泌を抑制し,アドレナリンとグルカゴン分泌を促進して血糖を上昇させて生き残る,2)SCNの電気破壊は2DGの脳内投与による交感神経の興奮と高血糖反応を消失させ,SCN破壊により消失した2DG脳内投与によるこれらの反応はVIPの脳内投与により回復する,3)VIPを脳内投与すると交感神経が興奮して血糖が上昇するが,これらの反応もSCN破壊により消失した,4)2DG脳内投与による交感神経興奮と高血糖反応はVIP脳内投与により増強され,VIP antagonistの脳内投与により減弱する,5)VIP antisense oligoのSCNへの注入はSCNでのVIPの発現を減少させ,2DG脳内投与による高血糖反応を消失させ,VIP antisense oligoにより消失した高血糖反応はVIPの脳内投与により回復する,6)多シナプス性に神経を逆行するpseudorabies virus(PRV)を膵臓や肝臓および副腎へ注入すると1週間後にPRVはSCNのVIPニューロンに逆行するが,この逆行は横隔膜下での膵臓へ到達する末梢交感神経と副交感神経を両者とも切断すると消失する.以上の事実はSCNのVIPニューロンから末梢諸臓器への自律神経経路が存在し,SCNのVIPニューロンが自律神経を制御して血糖調節に関与することを示唆する.
  • 富本 修平, 橋本 均, 新谷 紀人, 馬場 明道
    2004 年 123 巻 4 号 p. 261-266
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)は,有力な糖尿病の新薬として注目されているGLP-1と同じファミリーに属する.PACAPは10−14 Mという超低濃度から,グルコース依存的なインスリン分泌促進作用を示すことや,ヒト糖尿病の原因遺伝子の一つが,PACAP遺伝子の位置する18p11の位置に存在することなどが報告されている.しかし,PACAP受容体の特異的な低分子リガンドが見いだされていないことから,PACAPのin vivoでの長期作用や,糖尿病態下における意義の解析は進んでいなかった.そこで筆者らは,遺伝子工学的な方法を用いて,膵β細胞特異的にPACAPを過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスを作製し,その機能を解析し,これまでに以下の各知見を得た.β細胞を障害して糖尿病を起こすstreptozotocin(STZ)投与後において,Tgマウスの血糖上昇は軽減されていた.またこのとき,β細胞の増殖が亢進していることが見いだされた.一方,肥満·糖尿病を起こすKKAyという系統のマウスでは膵島の肥大が観察されるが,PACAPの過剰発現により,これが著明に抑制された.以上のように,PACAPにはインスリン分泌を促進するだけでなく,β細胞の増殖を促進したり,膵島の肥大を調節する作用があることを初めて見い出した.これらの結果は,PACAPが新しい糖尿病の治療薬になる可能性を示す有力な知見になるものと考えている.
  • 中田 正範, 矢田 俊彦
    2004 年 123 巻 4 号 p. 267-273
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    PACAPは中枢神経系から末梢神経に広く分布する神経伝達物質であり,PACAPの生理作用は多様である.我々はPACAPおよびPACAP受容体が膵島に存在し,強力なインスリン分泌促進作用を有することを見い出した.PACAPのインスリン分泌促進作用はGs-cAMP系を介している.またPACAPの中和抗体にて,高グルコース刺激によるインスリン分泌が有意に抑制される.PACAPは膵島から分泌され,オートクラインに膵β細胞に作用して,インスリン分泌を促進する膵島内インスリン分泌調節因子である.一方,PACAP受容体は脂肪細胞にも存在している.我々は,PACAPが脂肪細胞においてインスリンの作用を増強する事を報告した.PACAPは脂肪細胞分化促進作用も有している.従ってPACAPは糖代謝において,インスリン分泌の促進およびインスリン作用の増強の2面から重要な因子である.次に,糖尿病治療における,PACAPの応用を検討するために,2型糖尿病モデルラットのGKラットに,PACAPの頻回投与の実験を行った.PACAP投与群では高血糖の発症が抑制された.この結果は,糖尿病の治療におけるPACAPの有用性を示唆する.本稿では文献的考察も加えてPACAPの糖尿病治療への臨床応用の可能性について総説する.
  • 新谷 紀人, 橋本 均, 馬場 明道
    2004 年 123 巻 4 号 p. 274-280
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    PACAPは神経伝達物質·神経調節因子としての作用のほか,神経栄養因子様の作用や神経発生の調節作用が示唆されている神経ペプチドである.これまで主として脳室内投与実験からPACAPの高次脳機能調節作用の一端が示唆されてきた.しかし,薬理学的濃度よりも極めて低濃度でも作用が認められることから,PACAP投与実験の結果が生体内におけるPACAPの働きとして普遍化できるものではなかった.そこで最近著者らは,PACAPの遺伝子欠損マウス(PACAP-KO)を作成し,主として行動薬理学的解析により本マウスの種々の高次脳機能を解析した.PACAP-KOは新規環境や新規物体刺激に対する反応性が変化しており,不安レベルの低下あるいは好奇心の亢進が認められた.また各種中枢神経作用薬に対する反応性が変化していることも見い出された.PACAP-KOでは記憶·学習の分子基盤として考えられているin vivo LTP形成や,記憶·学習行動にも異常が見い出された.また雌性PACAP-KOでは交配時の行動異常に起因すると考えられる妊孕率の低下が認められた.以上の結果により,多様な高次脳機能の調節にPACAPが関与することが示されたとともに,内因性PACAPの予想外の生理機能が見い出された.また,これらの精神運動行動の異常はある種のヒト精神疾患の一面を反映すると考えられることから,本マウスがこれらの疾患の発症メカニズム等を解析する上で有用なツールとなる可能性が示されたと言える.
実験技術
  • 鈴木 順, 古頭 謙一, 錦邉 優
    2004 年 123 巻 4 号 p. 281-287
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    小動物(マウス)を用いた肥満症·糖尿病などの病態研究や薬理試験において,体組成(体脂肪量)の測定は重要な評価項目であるが,既存の方法は非常に労力がかかったり,遮蔽などの特別な設備を必要とされるため研究者に多大な負担となる.そこで,無麻酔で短時間に非侵襲的測定が可能とされる核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance,NMR)技術を用いた小動物(マウス)用体組成測定システムが新たに開発されたのでその導入評価と応用検討を行なった.はじめにcanola oil,生体軟組織(脂肪組織·骨格筋)やげっ歯類用飼料を用い機器精度について評価をおこなった.その結果,NMR法は従来の化学·生化学分析法と正確性·精密性·再現性の点で同等であり,それらの測定法との間に非常に高い正の相関(y=xの関係)があることが示された.次に,絶食(体脂肪の減少)と高脂肪食負荷(体脂肪の増加)の処置をしたマウスを用いNMR法での体組成の定量性と測定幅を検討するとともに,システムの操作性に関しても評価した.絶食処置については体脂肪率の減少(9.1から5.1%に減少)が明確に検出·定量された.fat massとlean massの減少の合計値(5.0 g)は動物の体重減少分(5.2 g)とほぼ一致した.高脂肪食負荷の動物は,通常食の動物と比較し,週ごとにfat massが増加とlean massの減少する経時的変化が定量された.実際の測定での操作性は簡便で迅速(約1分)であり,かつ任意な場所で測定可能であった.次に,応用として,肝臓の脂質含量およびその変動についての定量性と測定幅を,絶食およびPPARγアゴニストの投与の2種類の処置をおこなったマウスの肝臓を用い評価した.その結果,それら処置による増加および減少が定量的に検出され測定幅も十分広かった.NMR法による総脂肪含量の測定結果は,生化学的測定法による中性脂肪およびコレステロール値の変動とよく一致した.
新薬開発状況
  • 紺野 隆
    2004 年 123 巻 4 号 p. 289-294
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    近年,眼圧調節因子の一つとしてアデノシンが注目されており,また,ヒト眼房水中のアデノシン濃度と眼圧との関係からその緑内障との関わりも注目されている.本稿ではアデノシン受容体の眼圧調節における役割と2位置換基を有する2-アルキニルアデノシン誘導体(2-AAs)の新規緑内障治療薬としての可能性について紹介する.2-AAsは,その殆どがアデノシンA2受容体に高親和性を有する化合物であり,正常眼圧ウサギへの点眼により眼圧下降のみを示す化合物が幾つか見出され,それらは飲水負荷モデル又はα-キモトリプシン誘発高眼圧モデルにおいても顕著な眼圧下降を呈した.その作用はアデノシンA2受容体作動薬とされているCGS-21680よりも強力であった.眼圧下降のみを示す2-AAsの中で,2-(1-オクチン-1-イル)アルキニル誘導体による眼圧下降はアデノシンA1受容体拮抗薬の8-シクロフェニル-1,3-ジメチルキサンチンによって影響を受けなかったが,アデノシンA2受容体拮抗薬である3,7-ジメチル-1-プロパルギルキサンチンによって顕著に抑制された.さらに,トノグラフィを用いた検討より,ウサギにおける2-AAsによる眼圧下降作用は房水流出の増加がその機序の一部と考えられた.以上,2-AAsは,アデノシンA2受容体の活性化により眼圧下降を示し,その機序として房水流出の増加が示唆された.また,2-AAsによる眼圧変化は更なる機序解明が必要であるものの,今回の知見より,幾つかの2-AAsが緑内障治療薬の候補として有用であると考えられる.
新薬紹介総説
  • 池本 文彦, 融 太郎, 相島 博, 棗田 豊
    2004 年 123 巻 4 号 p. 295-302
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/03/25
    ジャーナル フリー
    リザトリプタン(化合物名は安息香酸リザトリプタン,商品名マクサルト)はセロトニン5-HT1B/1D受容体に対して強力かつ高い選択性を持つアゴニストである.今日の病態生理学によれば,片頭痛の発症には頭蓋内血管の拡張と三叉神経の活性化による種々の神経物質の遊離が主要な役割を果たしていると考えられている.硬膜血管では5-HT1B受容体は血管収縮に働き,三叉神経節では5-HT1D受容体は血管活動性神経ペプチドの遊離抑制に働くとされている.片頭痛治療におけるリザトリプタンの作用は5-HT1B/1D受容体へのアゴニスト活性によるものである.リザトリプタンは1998年から世界の多くの国で発売されたが,わが国では2003年に承認された新薬である.わが国での用量は10 mgであり,錠剤と口腔内崩壊錠(RPD錠:Rapidisc錠)が処方できる.後者は口内で唾液により速やかに崩壊するので,服用時に水などの液体を必要としない.片頭痛は発作時に嘔気を伴うことも多く,RPD錠は錠剤や水を嚥下しにくい状況下でも,口腔内で崩壊させて服用可能であり,外出時などの頭痛発作への対応が容易である.薬物動態学の上では,Tmaxはほぼ1時間であり,速やかな頭痛改善あるいは消失が得られる.生物学的利用率は45%,血漿タンパク結合率は約14%であり,標的受容体への高い親和性と相まって臨床的有効性の高さを裏付けている.また,動態は日本人試験と外国人試験でほとんど差はない.事実,特別な人種差を見ることなく服用後早い場合30分以内での頭痛改善あるいは消失が得られ,頭痛に伴う随伴症状の消失にも効果がみられている.リザトリプタンは頭痛再発に対しても高い有効性を維持し,服用回数を重ねても有効率は低下しない.主な副作用は傾眠,倦怠感,めまい,口渇,脱力,悪心,感覚減退などである.このようにリザトリプタンは有効かつ安全な片頭痛治療薬であり,本症状に悩まされる患者に有益な効果と日常生活の質の保証をもたらすものと考えられる.
feedback
Top