日本薬理学雑誌
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126 巻, 6 号
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特集:心不全研究のニューパラダイム
  • 矢野 雅文
    2005 年 126 巻 6 号 p. 372-376
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    心不全は心筋の収縮,弛緩の障害を基盤とする症候群であり,その原因として心筋細胞内Ca2+調節の異常が重要である.なかでも,心筋筋小胞体(SR)は,Ca2+動員機構に重要なタンパク質(リアノジン受容体(RyR),Ca2+-ATPase,ホスホランバン,カルセクエストリンなど)を含んでおりCa2+動員機構の中心的役割をになう.即ちCa2+の放出はRyRを介して,またCa2+の取り込みはCa2+-ATPaseの働きにより行われる.従って,心筋細胞内Ca2+調節の異常にしめるSRの役割は大きく,SRの機能異常とその構成タンパク質の変化は収縮,拡張障害に直接影響する.SRからのCa2+放出をつかさどるリアノジン受容体(RyR:心筋型はRyR2,骨格筋型はRyR1)は,他の多くのイオンチャネルと異なり巨大な高分子タンパクとして存在し,チャネルポアを形成する膜貫通領域は全体の約1割を占めるに過ぎない.残りの約9割は細胞質側に突出した構造物として存在しており,チャネル開閉を調節していると考えられるが,その詳細な役割については不明であった.最近,心不全時に,リアノジン受容体から異常なCa2+漏出が生じており,このCa2+漏出はSR Ca2+貯蔵量の減少から心収縮・弛緩能の障害を惹起しうること,さらに,delayed after deporalization(DAD)を介して致死的不整脈の要因となることが示された.さらに,RyRとその調節タンパクであるFKBP12.6の相互作用やRyR内の特定領域の構造変化は生理的なチャネル開閉にとって極めて重要であるが,それらの機能的異常はCa2+漏出を生じ心不全や不整脈の発症ないし病態の悪化に深く関与することも明らかとなった.また,このような細胞内Ca2+制御異常を正常化することにより心不全の発現を抑制できる可能性が実験的に示されるようになり,SRのCa2+制御タンパクは新たな心不全治療ターゲットとしても期待されている.
  • 吉村 道博
    2005 年 126 巻 6 号 p. 377-380
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    心臓はポンプ臓器であることから,心不全は,一見,ある基礎疾患によって生じた心臓の拍出低下がその全ての原因である様に思える.しかしそうではなく,低下した心機能を維持すべく種々の代償機構の「働き過ぎ」が,結果的に心不全を悪化させている.よって,過剰に活性化したホルモンバランスを修復すれば心不全は改善するはずである.心臓の動きを無理に上げる治療よりも,ホルモンバランスを改善させる治療がより優れていることは最近の多くのエビデンスで証明されている.心不全の病態形成に,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系の亢進の関与は重要であるが,最近注目されているのは,心臓組織内でのRAA系の活性化である.アンジオテンシンII(AII)がまさに組織でも合成されるが,心不全や高血圧心においてアルドステロンも合成されることが判明し,極めて興味深い.アルドステロンは酸化ストレスをもたらし,心臓の繊維化を促進する.よって,アルドステロンを抑制する治療はAIIを抑制する治療と同じ位に大事であろう.心臓においては,アルドステロン以外のステロイドが合成されることも徐々に明らかになっており,心臓を保護すると思われるdehydroepiandrosterone(DHEA)が微量ながら分泌されている.そして,興味深いことに,adrenocorticotropic hormone(ACTH)の合成も確認されており,心臓アルドステロンは,AIIとともにACTHにても合成促進される可能性がある.心臓アルドステロンの合成と作用を抑制するホルモンとして,ナトリウム利尿ペプチドがある.副腎のみならず心血管系においてその作用を発揮し,心不全の進展を抑制している.心不全の治療はまさにホルモン治療であり,ホルモンバランスを改善させることを主眼におくことが肝要である.
  • 伊藤 宏
    2005 年 126 巻 6 号 p. 381-384
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    増殖能を持たない心筋細胞においては,細胞増殖のメカニズムである細胞周期は本来機能していないものと考えられていた.われわれは以前から心不全の発症メカニズムと治療法に関する研究を続けてきたが,最近の一連の研究で,心筋細胞においても細胞周期制御因子が存在し,それが心不全に関連する心筋細胞特有の機能を担っていることを見いだした.その一つは,心不全の重要な増悪因子である心筋細胞肥大に,細胞周期の制御因子が関わっていることを示唆するいくつかのデータである.われわれはCDKインヒビターのp16タンパクを発現するアデノウィルスベクターを作成し,それを培養心筋細胞に作用させてみた.するとこのアデノウィルスを作用させた細胞で,血清刺激やエンドセリン,アンジオテンシンIIなどによる心筋細胞肥大が抑制されることがわかった.このことは細胞周期制御因子が心筋細胞においては肥大の制御に関わることを示唆すると考えられた.二番目の知見は,本来増殖をしない心筋細胞の細胞周期制御因子を操作することにより心筋を再生することが出来たことである.その研究では,サイクリンD1を核移行シグナル(nuclear localizing signals=NLS)により強制的に核に移行させるアデノウィルスベクターを作成し,培養心筋細胞に作用させた結果,本来増殖能を持たない心筋細胞を増やすことに成功した.このことは自己心筋細胞自体を増やすことが可能であることを示唆しており,今後の展開によっては新しい心不全治療法としての心筋再生療法につながるものと考えられた.これらのことより,心筋細胞における細胞周期の研究の発展が,心不全の克服のために今後も重要であると思われる.
  • ―肥大心から不全心への進展における小胞体ストレスの役割―
    岡田 健一郎, 南野 哲男, 北風 政史
    2005 年 126 巻 6 号 p. 385-389
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    小胞体は分泌タンパク質や膜タンパク質の折り畳みやタンパク質の品質管理を行うオルガネラである.しかしながら,虚血・遺伝子変異・タンパク合成の亢進・酸化ストレス等の細胞にかかる刺激は,小胞体における正常なタンパク質の折り畳みに支障をきたし,異常な構造を持つタンパク質が蓄積されるようになる(小胞体ストレス).小胞体ストレスが過剰であったり,遷延化した場合,小胞体由来のアポトーシスシグナルが活性化し,細胞死が誘導される.不全心では,酸化ストレスや分泌タンパク合成亢進により小胞体ストレスが誘導されていることが予測される.そこで,本研究では,不全心における小胞体ストレスの役割について検討した.まず最初に,肥大心・不全心における小胞体ストレスの役割を検討するため,マウスの大動脈を縮窄し(TAC),肥大心から不全心に移行するモデルを作成した.肥大心,不全心モデルでは,小胞体ストレスマーカーであるGRP78が発現増加していることを確認した.さらに,不全心モデルにおいてTUNEL陽性細胞の有意な増加を認めた.同時に,小胞体ストレス発信のアポトーシスシグナルについて検討を行ったところ,CHOPのみが不全心モデルにおいて発現増加していた.このことから,マウスの圧負荷モデルでは小胞体ストレスが誘導されていることが確認された.さらに,不全心モデルで認められる心筋細胞のアポトーシスには,小胞体特異的アポトーシスシグナルであるCHOPが重要な役割を果たしている可能性が考えられた.次に,ラット培養心筋細胞を用いて,小胞体ストレスと心筋細胞のアポトーシスの関連について検討した.小胞体ストレス誘導薬剤であるツニカマイシンの投与により,TUNEL陽性細胞数の増加が認められた.同時に,小胞体発信アポトーシスシグナルであるCHOP,JNK,カスパーゼ12の活性化が認められた.小胞体ストレスによる心筋細胞のアポトーシスは,RNA干渉法によるCHOPの発現抑制により有意に抑制されたが,JNK阻害薬やカスパーゼ12阻害薬では抑制されなかった.以上より,小胞体ストレスによる心筋細胞のアポトーシスにはCHOPが中心的な役割を果たすことが明らかになった.最後に我々は,ヒト不全心における小胞体ストレスの関与について検討を行った.ヒト不全心サンプルを用いた検討にて,GRP78が著明に発現増加していることを確認した.次に,小胞体発信アポトーシスシグナルであるCHOPの発現について検討を行ったところ,不全心の心筋細胞において著明な発現の増加を確認した.すなわち,ヒト不全心において,小胞体ストレスならびに小胞体特異的アポトーシスシグナルであるCHOPの誘導が明らかになった.以上より,CHOPを介する小胞体ストレスシグナル活性化により心筋アポトーシスが誘導され,肥大心から不全心への進展に関与する可能性が示された.
総説
  • 中谷 祥子, 小林 真一
    2005 年 126 巻 6 号 p. 391-398
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    医学研究において,動物実験の結果をヒトに外挿するためには,ヒト組織を用いた研究は欠かせない.海外ではヒトでの薬物の反応性や動態を予測するため,ヒト組織の研究利用が広く行われている.そこで活用されているのがヒト組織バンクである.わが国ではヒト組織の研究利用のための基盤整備が遅れていたが,2001年に厚生労働省の支援の下,財団法人ヒューマンサイエンス振興財団により公共のヒト組織バンク;ヒューマンサイエンス研究資源バンク(以下,HSRRB)が開設された.HSRRBでは高等動物の細胞や遺伝子の取り扱いに加えてヒトの組織を取り扱うこととなった.ここでは,全国の医療機関から手術等で摘出されたヒト組織の提供を受け,適切に保存,管理し,研究者に適正に分配する役割を担っている.ヒト組織は,厳重に扱われるべきであり,また遺伝子解析研究への利用の可能性も高いことから,HSRRB運営指針では「ヒトゲノム遺伝子解析研究における倫理指針」を遵守することが定められている.従って,各医療機関には本指針に則った体制が求められる.そのようななか,聖マリアンナ医科大学(以下,本学)では,ヒト組織提供医療機関としての基盤整備を行ってきた.そして,2005年3月には,日本薬理学会年会シンポジウムで,ヒト組織を研究利用するための倫理面の検討やシステム作りの検討,さらに診断目的で摘出した組織の研究利用についてなど紹介があり,本学のヒト組織提供システムについても報告した.そこで,今回は本学での研究を詳細に報告するため,(1)臨床試験コーディネーターの導入による,同意説明文書の作成やインフォームドコンセントの実施など業務の円滑化,(2)診断病理部門の協力による組織提供の効率化,(3)個人情報管理者の設置による匿名化,(4)組織処理者の導入による,組織摘出から保存までの迅速化および切除範囲の明確化などについて詳しく報告するとともに,多くの問題点,課題についても検討する.
実験技術
  • 今泉 美佳, 永松 信哉
    2005 年 126 巻 6 号 p. 399-405
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    インスリンは膵β細胞内の分泌顆粒に貯蔵され,開口放出によって細胞外へ分泌される.この開口放出機構の解明には,インスリン分泌顆粒動態の画像解析が有力なアプローチとなる.私達は,遺伝子工学的手法によるインスリンのGFP標識と,全反射蛍光顕微鏡(total internal reflection fluorescence microscopy:TIRFM)を用いた画像解析技術を組み合わせることにより,グルコース刺激による2相性インスリン分泌における分泌顆粒の形質膜への供給,ドッキング,フュージョン/開口を単一顆粒レベルで画像解析することに成功した.この画像解析法を用いることにより,2相性インスリン分泌の分子機構の解明,加えて糖尿病におけるインスリン分泌不全の解明,糖尿病治療薬の開発の飛躍的な進展が期待される.
新薬紹介総説
  • 藤本 和巳, 池谷 理
    2005 年 126 巻 6 号 p. 407-418
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    低分子量(非ペプチド性)のETA/ETB非選択的受容体拮抗薬であるボセンタンの薬理作用と臨床効果を紹介した.ボセンタンはラット胸部大動脈においてETA受容体を介したET-1誘発収縮を抑制し,ウサギ上腸間膜動脈およびラット気管においてETB受容体作動薬であるサラホトキシンS6c誘発弛緩および収縮反応をそれぞれ抑制した.また,ET-1の静脈内投与による降圧作用とそれに続く昇圧作用を抑制し,さらに,ET-1の前駆体であるBig ET-1による昇圧作用に対しても抑制作用を示した.自然発症高血圧ラットの大動脈平滑筋細胞および気管平滑筋細胞において本薬はET-1の細胞分裂促進作用を抑制した.さらに,一酸化窒素合成酵素阻害薬による昇圧反応を抑制した.これらの試験成績から肺高血圧症のような血管内皮機能障害に関連した疾患において,ボセンタンは血管内皮機能を改善し,血管緊張を低下させる可能性が示唆された.肺高血圧動物モデルである低酸素曝露およびモノクロタリン誘発肺高血圧ラットにおいて,本薬は肺動脈圧を低下させた.肺高血圧症発症前の予防的投与および発症後の治療的投与のいずれにおいても有効であった.肺高血圧ラットにおいて,本薬は肺動脈壁の肥厚および右室の肥大を軽減させ,慢性的な構造変化に対しても改善作用を示した.海外において肺動脈性肺高血圧症患者を対象に臨床試験が行われた.その結果,本薬はプラセボに比べ,6分間歩行距離,肺血行動態(平均肺動脈圧,心係数,肺血管抵抗,右心房圧および肺毛細管楔入圧)を有意に改善した.また,日本人の肺動脈性肺高血圧症患者を対象とした臨床試験においても,12週後までの観察において,肺血管抵抗,平均肺動脈圧,心拍出量,心係数および6分間歩行試験で有意な改善を認めた.本薬による肺血行動態パラメータの改善が,患者の運動耐容能および全般的な臨床症状の改善に寄与し,患者の生活の質の向上に貢献していることが確認された.さらに,海外で実施された本薬の2つのプラセボ対照無作為二重盲検試験と継続投与試験における24ヵ月投与時の生存率を検討した結果,NYHA分類IIIの原発性肺高血圧症患者においてボセンタン投与群は旧来の治療法の患者に比べ,生存率を改善することが確認された.以上から,ETA/ETB非選択的受容体拮抗薬であるボセンタン(トラクリア®錠)は中等~重症の肺高血圧症に対して経口投与で有効であり,長期投与においても,効果の減弱が少なく,生存率を改善させる薬剤として期待される.
  • 大杉 義征, 土本 信幸
    2005 年 126 巻 6 号 p. 419-425
    発行日: 2005年
    公開日: 2006/02/01
    ジャーナル フリー
    アクテムラ注200(Actemra®)は遺伝子組換えヒト化抗ヒトインターロイキン-6受容体抗体(トシリズマブ:tocilizumab)を主成分とする点滴静脈内注射剤で,本年4月にキャッスルマン病(Castleman's disease:CD)治療薬として製造承認された.CDはリンパ節腫脹を伴う良性のリンパ増殖性疾患であり,1989年にCD患者のリンパ濾胞で大量のインターロイキン-6(IL-6)が分泌されていることが見出され,CD患者に特徴的な発熱,肝脾腫,食欲不振,および倦怠感などの臨床症状,並びに,高γグログリン血症,貧血,C反応性タンパク高値,および赤血球沈降速度の上昇などの検査値異常は,IL-6の作用に起因することが明らかにされた.トシリズマブは,IL-6とIL-6受容体との結合反応を競合阻害するIL-6阻害薬である.本抗体は種特異性が高く,マウスのIL-6受容体とは結合しないため,マウスモデル実験ではラットで作成したマウスIL-6受容体に対するモノクローナル抗体(MR16-1)が用いられた.ヒトIL-6遺伝子を導入したトランスジェニックマウスでは,CD患者と類似した症状,すなわち貧血,高γグロブリン血症,自己抗体産生,肝脾腫,尿タンパク,メサンギウム細胞増殖性腎炎などが発現するが,MR16-1を注射することで,これらの症状はほぼ完全に抑制された.トシリズマブは,健康成人での第一相試験の後,CD患者での第二相試験,並びに継続投与試験で有効性と安全性が検証された.すなわち,炎症反応の抑制に加えて,全身倦怠感,貧血,および低栄養状態等のCDに伴う異常所見の改善が確認され,腫脹リンパ節の縮小や副腎皮質ホルモンの減量が可能となった.主な副作用は,鼻咽頭炎,発疹,腹痛等であった.本薬は世界で初めてのCD治療薬であり,さらに我が国発の第一号抗体医薬品として,また,IL-6阻害に基づく治療薬として初めて上市されるもので,その特効薬的な治療効果に大きな期待が集っている.
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