日本薬理学雑誌
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138 巻, 4 号
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特集 急性肺傷害治療戦略の現状と展望
  • 橋本 悟
    2011 年 138 巻 4 号 p. 136-140
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    急性肺傷害(acute lung injury: ALI)およびその重症型である急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS,以下ALI/ARDSと総称)は肺胞領域の非特異的炎症による肺水腫であり,活性化好中球の肺への集積,肺胞透過性亢進,肺外水分量増大,肺コンプライアンスの低下,肺におけるガス交換能の低下,そして胸部X線上の浸潤影などの所見を有する疾患である.疾患が初めて紹介されてから40年以上が経過した現在でも集中治療の領域において敗血症とならんで未だに死亡率の高い疾患であり,早急な病態の解明と治療法の確立が望まれている.ALI/ARDSは様々な先行疾患に続発する症候群であり,多臓器不全症候群における肺の一分画症として捉えられることが多い.原因としては肺への直接損傷もしくは間接損傷に起因するものがあげられる.頻度の多い直接損傷の基礎疾患は肺炎,誤嚥であり,間接損傷としては敗血症,外傷があげられるが,その他多くの基礎疾患から発症しうる.これまでALI/ARDS治療においてその死亡率を下げることを証明し得た薬物は存在しない.唯一,治療法として死亡率を下げるとのエビデンスを示せたものは6 ml/kgの1回換気量での低容量人工呼吸管理法である.このような人工呼吸管理概念は一般に「肺保護戦略」と呼ばれている.ALI/ARDSの定義は1994年に統一された.この定義自体が非常にシンプルであった故にその後,多くの大規模臨床試験が施行可能となったが,その反面,定義があいまいであることで治療介入によって有用性が見いだせないという批判もある.今後は基礎疾患や病期に応じた薬物治療等によって有用性が示される可能性が期待される.
  • 今井 由美子
    2011 年 138 巻 4 号 p. 141-145
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    近年,SARS,H5N1鳥インフルエンザ,そして2009年の新型インフルエンザ(H1N1)と,新興ウイルス感染症が社会的問題となっている.これらの新興ウイルス感染症はヒトに急性呼吸窮迫症候群(ARDS),全身性炎症反応症候群(SIRS),多臓器不全(MOF)をはじめとした非常に重篤な疾患を引き起こし,集中治療室(ICU)において救命治療が必要となる.2009年にパンデミックを引き起こした新型インフルエンザ(2009/H1N1)は弱毒型であったが,一部では重症化してARDS,心筋炎,脳炎などを引き起こした.その中には少数ではあるが,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とするような劇症型のものも含まれていた.一方,東南アジア,中国などを中心に拡がりをみせている強毒型のH5N1鳥インフルエンザが,次の新型インフルエンザのパンデミックを引き起こすリスクは依然として続いている.しかしながら新興ウイルス感染症が重症化して,ARDS,SIRS,MOFを引き起すメカニズムは十分解明されておらず,重症化すると決め手となる有力な治療法がない.本章では新興ウイルス感染症による呼吸不全の病態に関して,インフルエンザによるARDSの発症機構に焦点を当てて,RNAiスクリーニング,マウスモデル,ヒト検体などを用いた研究を中心に述べる.次いで,抗ウイルス薬,新しい治療薬の可能性に触れ,最後に,救命に不可欠である人工呼吸に関して,肺保護戦略の重要性に言及したい.
  • 高野 健一, 大石 博史, 服部 裕一
    2011 年 138 巻 4 号 p. 146-150
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    急性肺傷害/急性呼吸窮迫症候群(acute lung injury/acute respiratory distress syndrome: ALI/ARDS)は,種々の疾患や外傷などをきっかけとして急性に起こる非心原性肺水腫であり,臨床的には呼吸困難,低酸素血症,胸部レントゲン写真で両側肺野の浸潤影を呈する症候群である.原疾患は多様であるが,中でも敗血症は最も重要な原疾患の1つとされている.一方,敗血症は病原微生物の感染に起因する全身性炎症反応であり,この敗血症を原疾患とする急性肺傷害を敗血症性急性肺傷害と呼ぶ.この敗血症時に血管内皮,肺胞上皮がアポトーシスを起こすことが,ALI/ARDSの病態形成に重要な役割を果たしていると考えられている.従って,アポトーシスを制御することは,特異的治療法の未だ存在しないALI/ARDSに対する治療戦略の鍵になる可能性を秘めている.臨床において,重症敗血症,ALI/ARDSの発症頻度,死亡リスクを改善させる可能性があるとされている3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A(HMG-CoA)還元酵素阻害薬のピタバスタチンを敗血症モデルマウスに投与したところ,肺機能損傷の軽減効果,生存予後改善とともに,肺におけるアポトーシス細胞の増加抑制が確認できた.それには細胞増殖や生存のkey regulatorであるAktの活性が関わっていることが示唆された.さらに,同様の効果が細胞内cAMPを増加させるオルプリノンとコルホルシンの投与によっても認められた.これらの薬剤は,既存の臨床薬剤でありながら,敗血症性急性肺傷害という新たな分野で治療薬としての可能性を示した.Akt活性を増強することで抗アポトーシス効果を得たこの治療法は,特異的治療の存在しない敗血症性急性肺傷害に対する光明となることが期待される.
  • 松田 直之, 都築 通孝, 市川 崇, 栃久保 順平, 田村 哲也, 足立 裕史
    2011 年 138 巻 4 号 p. 151-154
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    敗血症(sepsis)は感染により導かれた全身性炎症反応症候群であり,サイトカインや炎症性分子の過剰産生により急性肺損傷や急性腎傷害などの多臓器不全を導く.主要臓器の一部の細胞は白血球系細胞と同様に,炎症性受容体を細胞膜上に発現し,まさに炎症を感知するAlert細胞(警笛細胞)として,ケモカイン,炎症性サイトカイン,一酸化窒素(NO),プロスタノイド,組織因子などの炎症性分子を産生する.このような警笛細胞は,全身性炎症の初期過程で増加する傾向があり,後にオートファジーやアポトーシスなどを介して死に至る.敗血症に合併する急性肺損傷の治療においても,II型肺胞上皮細胞,クララ細胞,血管内皮細胞におけるAlert細胞の機能を抑制し,Alert細胞を救命することが,初期の炎症相,回復期の繊維化相の軽減につながると考えている.
総説
  • 丸 義朗
    2011 年 138 巻 4 号 p. 155-160
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    転移とは病名であり臨床的知見は大きな価値をもつ.画像診断は転移の空間的情報をもたらすと同時に,その質的な所見は原発巣だけでなく転移巣における組織病理学的知見を支持する.がんの進行は血液・血清学的な変化をもたらし,臨床的に治療の有効性や経過の判断に重要である.この変化する分子や細胞の動態こそが,原発巣が遠隔操作の媒体として遠隔臓器にがん細胞を移動させる手段と考えられる.臨床像に類似性の高い実験動物を利用した転移モデルは存在しないため,樹立された複数の人工的転移系で得られた証拠をもとに多くの転移論が主張されている.われわれの視点もその1つであり,転移臓器における本来の生理的機能の恒常性維持に関与している分子プログラムが原発巣によって質的・量的変化を受けた結果であると考えている.具体的には,肺転移の場合,原発巣の産生するVEGFやTNFαによって転移臓器である肺で遊走因子S100A8やSAA3の発現が亢進する.両者は病原体センサーTLR4の内因性アゴニストであり,TLR4を発現している骨髄球系細胞やがん細胞を肺に動員させる.肺に特異的に発現し,正常状態でも間断なく到来する気道由来の微生物や化学物質に対する生体防御機構に関与すると思われるクララ細胞によってSAA3は増幅される.すなわちホメオスターシスレベルの炎症機構ががん細胞によって巧みに利用され,その変化が増幅するような結末となる.骨転移におけるTGFβも理解しやすい例であるが,他の組織・臓器でも未知の分子群が悪循環による増幅をおこし収拾のつかない拡大系として転移微小環境を形成すると推定される.
  • 加藤 総夫, 繁冨 英治
    2011 年 138 巻 4 号 p. 161-165
    発行日: 2011年
    公開日: 2011/10/11
    ジャーナル フリー
    星の光のような放射状の突起を持つ細胞群を1893年にvon Lenhossekが「アストロサイト」(星状膠細胞)と名づけてから,その生理機能の本格的解明が始まるまでに,およそ100年が必要であった.光学顕微鏡観察からは,極めて小さい細胞体(径6~11 μm),長く伸びた20~60本もの突起,および,血管やニューロンと接触する突起先端部(終足)などの特徴が見いだされ,電子顕微鏡観察からは,シナプスを密接に取り囲む姿が認められた.それらに基づき,血液脳関門,神経細胞への栄養供給,そして血管からニューロンにいたる構造物を支える補強構造としての役割が推定された.近年,細胞内カルシウム濃度イメージング法やパッチクランプ法などの新技術が,シナプスとアストロサイトの空間的関係が維持された脳スライス標本やin vivo脳などの標本に応用され,シナプスにおけるその能動的機能の研究が進められた.本稿では,シナプス伝達制御における能動的要素としてのアストロサイトの機能に関する現時点における知見を紹介し,シナプス伝達過程がニューロンに作用する薬物の重要な標的であるのと同じように,シナプスを取り囲むアストロサイトの諸機能もまた,それ以上に重要な薬物の標的であるという筆者らの見解を紹介する.
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