日本薬理学雑誌
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139 巻, 1 号
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特集 シグナル分子および細胞保護因子としての硫化水素
  • 木村 英雄
    2012 年 139 巻 1 号 p. 6-8
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    卵の腐敗臭を放つ毒ガスとして知られている硫化水素(H2S)が,生体内で作られることが日本でもようやく知られるようになってきた.Cystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE),3-mercaptopyruvate surfurtransferase(3MST)の3つの酵素が脳,肝臓,腎臓,血管,膵島などでH2Sを生産する.そして,神経伝達調節,平滑筋弛緩,細胞保護作用,インスリン分泌調節,抗炎症,血管新生など,H2Sは多様な作用を示す.このうち,細胞保護作用は神経細胞を酸化ストレスから保護する働きを皮切りに,心筋を虚血再還流障害から保護することが見つかり,アメリカではH2Sを冠状動脈バイパス手術に適用する第II相効果試験に入るなど,臨床応用への動きが目覚ましい.H2Sがmonoamine oxidase(MAO)を抑制する作用やミクログリアからのサイトカイン放出を抑制する作用を利用し,レボドパ(L-dopa)にH2Sをゆっくりと放出する構造をもつ化合物が開発され,パーキンソン病モデル動物ではL-dopaより優れた結果が出ている.さらに,H2Sが非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)による消化管の炎症を抑えることから,新薬の開発が進んでいる.基礎研究においても今年に入ってから,すでに5つのグループからそれぞれ特色の異なったH2S蛍光プローブが報告されている.これによって,H2Sがどのような時に,いかなる刺激によって放出され,消失していくかをリアルタイムで追跡できることが期待される.
  • 林 周作, 竹内 孝治
    2012 年 139 巻 1 号 p. 9-12
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    硫化水素(H2S)は哺乳動物の体内でL-システインからcystathionine β-synthaseやcystathionine γ-lyaseなどの産生酵素によって作られており,ガス状のシグナル分子として認識されている.近年,H2Sは神経調節物質や平滑筋弛緩因子として機能することが提案され,細胞保護,抗炎症作用や疼痛への関与など生体内において多様な役割を演じていることが明らかにされている.消化管においても例外でなく,H2Sは非ステロイド性抗炎症薬の副作用である胃傷害の発生を抑制することや,炎症性腸疾患に対して治療効果を示すことなど,保護的に働くことが報告されている.最近著者らは,H2Sが十二指腸の粘膜防御において重要な役割を担っているアルカリ(重炭酸イオン)分泌を著明に促進することを見いだした.H2Sによる十二指腸アルカリ分泌の促進作用は,内因性のプロスタグランジン,一酸化窒素およびカプサイシン感受性知覚神経を介して発現する.さらに,内因性H2Sは粘膜酸性化によって誘起されるアルカリ分泌の増大反応に関与しており,十二指腸においても粘膜保護因子として作用することが判明している.
  • 仁木 一郎
    2012 年 139 巻 1 号 p. 13-16
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    硫化水素(H2S)は細胞で産生されるガス性のメッセンジャーであり,その作用は多岐に及ぶ.私たちは膵B細胞を研究の対象としてH2Sの機能と産生調節について検討してきた.その結果,(1)このガスがインスリン分泌を抑制すること,(2)酸化ストレスを軽減することによって膵B細胞を障害から保護すること,(3)小胞体ストレスによる細胞死には影響を与えないこと,(4)グルコースによりH2Sの産生が増えることを報告してきた.さらに,(5)分泌刺激濃度のグルコースがH2S産生酵素であるcystathionine-γ-lyase(CSE)の発現を誘導することを発見した.ここで不思議なのは,なぜインスリン分泌刺激であるグルコースが,このホルモンの分泌を抑制するH2Sの産生を増すかである.これについて私たちは,高濃度のグルコースによってもたらされる酸化ストレスや細胞内Ca2+の恒常的な上昇に起因する障害から,H2Sが膵B細胞自らを保護する安全弁の役目を果たす,と考えている.しかし,H2S産生酵素の誘導や,その膵B細胞死に対する影響に関する結果は報告によって異なり,この方面のH2S研究を論文でフォローする場合にしばしば当惑することもあるのではないかと思う.この稿では,そういった報告間の齟齬にも触れつつ,私たちが自らの知見をもとに立てた「H2Sが膵B細胞に内蔵されたブレーキ(intrinsic brake)である」という仮説を紹介する.
  • 湯沢 由紀夫
    2012 年 139 巻 1 号 p. 17-21
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    硫化水素(H2S)は,有毒で時には致死的なガスであるが,一酸化窒素(NO)および一酸化炭素(CO)に加えて第3のガストランスミッターとして,その生物学的機能が近年大きく注目されている.特に神経系,心血管系,消化器系では,神経伝達物質,血圧のコントロール,インスリン分泌などに深く関与していることが確認され,さらに炎症やアポトーシス,酸化ストレスの誘導にも重要な働きをしている.さらにH2Sの発現不全状態は,高血圧,動脈硬化,心筋梗塞,糖尿病など生活習慣病の主要な病態を引き起こす.急性腎傷害(AKI)は,直接生命予後に影響する病態として近年注目されている.虚血腎障害モデルに対して,H2Sドナーの投与により組織傷害および腎機能が改善されたことから,H2Sは虚血性AKIに対する重要な治療標的として期待される.また,H2Sは内皮細胞上のアンジオテンシン変換酵素(ACE)の活性の抑制効果がある.さらに,ホモシステインは,I型アンジオテンシンII受容体(AT1R)の発現を誘導する.このため,高ホモシステイン血症に伴うH2S産生低下は,ACE活性の上昇と血管のAT1R発現増加を介して,高血圧や腎の線維化を誘導する.一方,高ホモシステイン血症は慢性腎臓病の主要な危険因子であるが,ホモシステインはH2Sの基質であることから,H2S合成酵素(CBS,CSE)の発現不全に由来する内因性H2S産生低下状態を反映した病態として理解されるようになってきた.糖尿病および糖尿病性腎症に関しては,H2Sは直接膵でのインスリン分泌に関与し,糖尿病発症に深くかかわることが示された.高血糖に由来する糸球体でのNO発現低下は,内皮細胞障害により糖尿病性腎症における糸球体病変の発症・進展に深く関与し,CSE発現低下に伴うH2S産生低下は,尿細管・間質での虚血障害を進行させ,腎機能低下が進行すると考えられる.
創薬シリーズ(6)臨床開発と育薬(6)
  • 宮田 雅代
    2012 年 139 巻 1 号 p. 22-25
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    近年の臨床開発計画では「国際共同治験」という言葉がよく聞かれる.ドラッグ・ラグ(欧米で承認されている医薬品が日本では未承認であり使用できない状況)の解消のためには国際共同治験は重要な開発戦略である.日本における国際共同治験の実施数は増加しているが,国際共同治験を円滑に進めるにはいくつかの課題がある.治験実施の観点からは,治験依頼者(製薬会社など,医療機関に治験の実施を依頼する者)および治験実施医療機関とも言語への対応に加え,実施体制の整備,外国の規制等に対する具体的な方策の検討が必要である.世界同時開発を目指すためには,より早期の段階から国際共同治験に参加することも重要であり,臨床開発に携わる関係各位の協力が不可欠である.
新薬紹介総説
  • 藤井 章史, 品川 理佳, 茶谷 祐司, 鳥山 和宏, 白波瀬 徹, 鈴木 和彦
    2012 年 139 巻 1 号 p. 26-32
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    リバスチグミンパッチはフェニルカルバメート系の化合物であるリバスチグミンを有効成分とし,アルツハイマー型認知症(以下,AD)治療薬では本邦において初めての経皮吸収型製剤である.本剤は「軽度および中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」を効能・効果として2011年7月より販売が開始された.リバスチグミンはアセチルコリンエステラーゼおよびブチリルコリンエステラーゼに対し可逆的かつ強力な阻害作用を有し,脳内のアセチルコリン量を増加させる.非臨床試験において,アルツハイマー病動物モデルにおける学習記憶障害を改善した.国内後期第II相/第III相試験では,軽度および中等度(MMSE 10~20)のAD患者を対象とし,リバスチグミンパッチ(9 mg,18 mg)の有効性,安全性および忍容性を24週間投与,無作為割付,プラセボ対照,二重盲検並行群間比較試験により検討した.その結果,主要評価項目であるADAS-J cog(認知機能評価)では18 mg群においてプラセボ群との間に有意な差がみられた.一方,もう1つの主要評価項目であるCIBIC plus-J(全般臨床評価)では,プラセボ群との間に有意な差はみられなかった.副次評価項目では,日常生活動作(ADL)を評価するDADや介護者が患者の印象を評価する改訂クリクトン尺度において18 mg群とプラセボ群との間に有意な差がみられた.安全性評価では大きな問題はなく,忍容性は良好であった.パッチ剤は上記の有効性に加えて服薬コンプライアンスおよび利便性の向上をもたらす可能性があり,本剤がAD治療の選択肢を広げるものと期待される.
  • 阿部 務
    2012 年 139 巻 1 号 p. 33-38
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/01/10
    ジャーナル フリー
    ペンテト酸カルシウム三ナトリウム(Ca-DTPA)およびペンテト酸亜鉛三ナトリウム(Zn-DTPA)は,キレート試薬として広く利用されているdiethylene-triamine-penta-acetic acid(ジエチレントリアミン五酢酸,別名はペンテト酸)(DTPA)とそれぞれカルシウム(Ca)および亜鉛(Zn)とのキレートである.これらの薬剤は,原子核反応を利用して人工的に作られる超ウラン元素体内除去剤として独国および米国ですでに承認され,緊急時に使用できるよう備蓄されている.本邦では,これらの薬剤は承認されておらず,以前より関連学会等から早期承認の要望が出され,厚生労働省主導の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で,医療上の必要性の基準に該当するという評価を得た.古くからCa-DTPAおよびZn-DTPAに関する多くの文献が公表され,さらに,有効性および安全性を評価するための臨床試験を行うことは倫理的に不可能であったことから,これらの薬剤の公知申請を行った.DTPAはCaおよびZnより高いキレート安定度定数を有する超ウラン元素(プルトニウム,アメリシウムおよびキュリウム)とより安定な水溶性のキレートを形成する.また,DTPAは未変化体として速やかに尿中に排泄される.このような特性から,Ca-DTPAおよびZn-DTPAは血液中および細胞外液中の超ウラン元素とキレートを形成し,尿中排泄を促進し,体内除去作用を示す.米国で発生した放射線事故においてCa-DTPAおよびZn-DTPA製剤が投与された超ウラン元素汚染患者の使用実績を解析した結果,超ウラン元素体内除去作用が確認された.また,有害事象等の報告は限られており,適切な注意喚起の下で必要な検査等を行いながら使用することで安全性は忍容可能と考えられた.放射線事故等で超ウラン元素による内部被ばくが問題となるような万一の事態に備え,これらの薬剤が本邦においても備蓄されることを期待する.
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