消化管の運動原理は数多くの研究者によって観察・記述され,理解されてきているが,脳(自律神経)・腸管神経系・内分泌・腸内細菌叢の相互作用を統合して運動する消化管は,知見が蓄積するほどにその複雑性が明らかになり,現在でも最先端の研究領域になっている.そこで本号の特集では,重要性が増している消化管運動研究にスポットを当て,これまでの知見を紹介する.本特集別稿の先生方が紹介される総論の理解の一助になるよう,本稿では,これまでの消化管収縮運動研究の興隆と現在まで知られている消化管収縮運動モデル,さらには消化管運動調節機構を概説する.
嚥下をすると食道の上部から下部に向かって伝播する1次蠕動波が認められる.一方,食道の蠕動波は伸展刺激などによっても誘発され,嚥下にともなわない蠕動は2次蠕動波と呼ばれている.食道と胃の間には高圧帯が存在し,食道の下部食道括約部とそれを取り巻く横隔膜脚がその括約機能に寄与している.嚥下をすると下部食道括約部と横隔膜脚は弛緩し,食道を運ばれてきたボーラスが胃内に流入することができる.このように,食道には嚥下した食物を胃へ運ぶという役割に加えて,胃内容物の食道への逆流を防止する機能も有しており,その運動は複雑に制御されている.
胃収縮は,明らかに異なった形態を持つ空腹期収縮と食後期収縮に分けられる.空腹期収縮は伝播性強収縮運動であるInterdigestive Migrating Motor Contraction(IMMC)が特徴であり,胃から始まり小腸に伝播する.IMMCは消化管ホルモンであるモチリンによって調節されており,IMMCに同期して血中濃度が変動している.食後期収縮は連続する律動的収縮であり食後6~8時間持続し,空腹期に移行する.胃底部,胃体部は食物が流入すると受容性に弛緩し,胃前庭部は律動的収縮によって食物を粉砕する.粉砕された食物は2mm以下になると幽門輪を通過し十二指腸に送られる.
生理的な小腸運動は空腹期と食後期に大きく二分される.空腹期運動は腸管のハウスキーパーの役割を担い,腸管内環境を維持し次の摂食に備える.食後期運動は適切な時期に適切な部位へと腸管内容を輸送することで適切な消化吸収を可能とする.小腸運動や小腸輸送を通常臨床の場で測定することは現状では一般的ではないが,最近の研究で小腸運動や小腸輸送の異常がある種の疾患や病態に深く関与していることが明らかとされてきた.今後,小腸運動の測定法の進歩により,各消化器疾患の病態や原因がより明確となり,適切な治療の選択が可能となっていくものと思われる.
大腸運動の特徴として,排便時の特徴的な収縮,食事摂取直後から大腸運動が亢進する現象(胃結腸反射),口側へと伝播する逆行性収縮,がある.排便時に出現する収縮は伝播速度が速く,直腸に到達すると排便が認められる.また,胃結腸反射は外来性神経を介した反射と考えられている.従来の測定法では逆行性収縮の詳細を明らかにできなかったが,近年導入されたhigh-resolution manometryは逆行性収縮の詳細を明らかにし,また,その結果から大腸収縮波の新たな分類が提唱されるなど,新知見をもたらしつつある.今後は,新知見に基づいた,下痢や便秘における大腸収縮異常の指標の提言が期待される.
53歳男性.全大腸炎型,中等症の潰瘍性大腸炎増悪に対してメサラジンおよびステロイド経口投与後,外来通院中に原因不明の発熱を呈して入院した.頭痛や髄膜刺激徴候を認めなかったが,血液培養陽性を契機に髄液検査を行い,Listeria monocytogenesによる細菌性髄膜炎・菌血症と診断した.適切な抗菌薬投与と白血球除去療法を追加し,髄膜炎の治癒と潰瘍性大腸炎の寛解導入を得た.
左下腹部痛と血便を主訴とする70歳代男性.CTで下行結腸から直腸まで連続性の壁肥厚を認めた.虚血性大腸炎を疑い保存的治療で症状は改善したが,排便困難が続き3カ月後に再検.CTおよび内視鏡で直腸に全周性壁肥厚・狭窄が残存し,前立腺は腫大著明で辺縁不整であった.生検で前立腺癌と診断し,内分泌療法後に改善した.虚血性大腸炎で直腸まで全周性壁肥厚所見が連続する場合は,前立腺癌直腸浸潤の合併を鑑別する必要がある.
44歳男性.心窩部痛,全身倦怠感,褐色尿を主訴に受診し肝機能障害を指摘され入院した.来院3カ月前に性風俗店を利用し,2カ月前より陰部潰瘍が出現,皮膚科受診歴があったため梅毒を疑い精査したところ血清反応が陽性であり,梅毒性肝炎と診断した.駆梅療法を開始したところ症状および肝機能障害は改善した.本邦における梅毒の爆発的な増加を踏まえ,性的活動性のある年代の肝炎において梅毒の関与を念頭に置く必要がある.
50歳代女性.膵頭部に充実性腫瘤を指摘された.超音波内視鏡下生検により神経内分泌癌と診断し,膵頭十二指腸切除術を施行した.切除胆管内に高分化型腺癌を認め,膵腫瘍との関連が示唆された.遺伝子検索では,並存癌ではなく胆管癌が間質浸潤後に神経内分泌癌へ転化した可能性が示唆され,肝外胆管原発の神経内分泌癌と最終診断した.消化管神経内分泌腫瘍の0.2~2%とまれな病態であり,今回文献的考察を交えて報告する.
症例は75歳女性.肺癌に対して放射線・化学療法後,durvalumabが投与された.Grade 3の肝障害が出現し,当科へ紹介された.肝組織は自己免疫性肝炎に類似した所見で,免疫染色ではCD8陽性リンパ球の浸潤が特徴的であった.ステロイドパルス療法にて肝障害は改善した.免疫チェックポイント阻害薬はさまざまな臓器で免疫関連有害事象を惹起するため,各診療科とも対応に慣れておく必要がある.