ヒトの遺伝子の解明が進んだ結果,「すべての疾患の発症に遺伝子異常が関与する」ことが明らかとなってきた.遺伝子異常に基づく疾患は,単遺伝子疾患(single gene disease)と多遺伝子疾患(polygene disease)に大別される.前者は酵素異常に代表されるような「遺伝病」で,メンデルの遺伝法則が根幹をなしている.このうち,機能獲得変異は優性遺伝,機能喪失変異は劣性遺伝形式をとるが,例外も存在する.一方後者は,多くの遺伝子多型が集積されて発症するもので,炎症性腸疾患,胆石症,アルコール性膵炎,NASHなどがこれに該当する.最近の研究の進展によって,これら単遺伝子疾患と多遺伝子疾患の境界がなくなりつつあるのが現況である.
食道扁平上皮癌は,飲酒や喫煙などに含まれる有害な化学発がん物質の摂取が原因で発症し,特に世界では東アジア・東アフリカに好発する.飲酒と喫煙は食道発がんの最も重要な環境因子であるが,近年はそれに加えいくつかの遺伝的要因,すなわちアルコール関連代謝酵素およびたばこに含まれる化学物質に対する代謝酵素の遺伝子多型が食道発がんに深く関与することが明らかとなっている.つまり,有害な化学発がん物質に対する解毒作用の低下した体質の人がこれらの摂取を続けると,食道にさまざまな遺伝子異常を生じ発がんに至るリスクが高まると考えられる.このように食道扁平上皮癌は外因的,内因的な要因に基づく化学発がんにより生じる疾患であるといえる.
突然変異やDNAメチル化異常が癌遺伝子パスウェイの活性化,癌抑制遺伝子パスウェイの不活化を通じて胃発癌に関与する全体像が明らかになってきた.そもそも,Helicobacter pylori感染は胃粘膜に慢性炎症を誘発し,胃粘膜上皮細胞でNF-κBを活性化する.その結果,activation-induced cytidine deaminase(AID)が発現誘導され,各種の突然変異が誘発される.また,DNAメチル化関連分子の異常も誘導され,DNAメチル化異常が誘発されると推測される.胃粘膜に蓄積したDNAメチル化異常の程度を測定することで,胃癌リスク診断も可能である.
大腸癌は発癌経路が単一ではないため,分子異常に基づいて個々の経路を明らかにすることは有用な手法である.Serrated pathwayから発生するsessile serrated adenoma/polyp(SSA/P)は,発生部位やBRAF変異・エピゲノム異常の頻度が高いことから,右側結腸のBRAF変異陽性癌の前癌病変と考えられている.また喫煙習慣や腸内常在微生物のFusobacteriumが同経路からの発癌に関与することが,最近の研究で明らかになりつつある.このように大腸癌の分子異常とそれに関わるライフスタイルや腸内微生物の統合的な研究は,その発生・進展の解明において更なる発展が期待される.
症例はいずれも消化管出血が主訴の70歳代男女であり,緊急上部内視鏡検査では診断に至らず,腹部造影CTでaortoenteric fistula(AEF)と診断した.1例は人工血管置換歴のないprimary AEF,もう1例は置換歴のあるsecondary AEFであった.AEFは緊急内視鏡検査や腹部造影CTを施行しても診断に苦慮することがあり,早期診断には疾患の理解が必要である.
症例は50歳男性.3カ月間持続する10行/日の血性下痢と約25kgの体重減少を主訴に当科入院となった.上下部消化管内視鏡,カプセル小腸内視鏡とバルーン小腸内視鏡を施行し,十二指腸を含む全小腸にびまん性の白色絨毛と粘膜浮腫を認めた.十二指腸と小腸から採取した生検組織の病理所見,電子顕微鏡所見とPCR法によりWhipple病と確診した.CTRXとST合剤の投与により症状と画像所見の著明な改善傾向を認めた.
症例は66歳男性.腸閉塞による入院加療を繰り返し,回腸多発狭窄を合併したクローン病の診断で,回腸回盲部切除術を施行した.狭窄部は2カ所でいずれも小範囲であったが,壁の硬化と肥厚が著明であったため狭窄形成術は困難と判断して病変腸管を一括切除した.術後病理組織学的検査で,2カ所の狭窄部にクローン病病変とともに高分化管状腺癌を認めた.クローン病の狭窄病変に合併した小腸癌の症例として報告する.
症例は60歳代,女性.健診で胃体下部小弯に8mm大の陥凹性病変を認め,生検で腺癌(tub2>tub1)と診断され,加療目的に当院紹介となった.早期胃癌と術前診断し内視鏡的粘膜下層剥離術を施行した結果,腺癌に加えて粘膜下層付近に神経内分泌癌の混在を認めた.早期の胃mixed adenoneuroendocrine carcinomaはまれであり,今回,術前診断が困難であった症例を経験したので報告する.
症例は75歳,女性.心窩部痛を主訴に当院を受診した.血液検査,CTより慢性膵炎の急性増悪と診断した.CT,MRCPから膵管癒合不全が疑われ,十二指腸副乳頭部への膵石嵌頓が急性増悪の原因と考えられた.内視鏡的副乳頭切開術とENPDを行い,膵炎は改善した.ENPD抜去後に症状の再燃は認めなかった.十二指腸副乳頭部への膵石嵌頓により慢性膵炎の急性増悪をきたした膵管癒合不全の報告はまれであり,報告する.
62歳男性.門脈閉塞をともなう慢性膵炎と膵仮性囊胞による閉塞性黄疸のため,胆管空腸吻合,囊胞空腸吻合術が施行されていた.反復する大量下血にて入院した.出血シンチグラフィーが出血部位同定に有用で,血管造影とダブルバルーン小腸内視鏡で胆管空腸吻合部空腸静脈瘤と確定診断した.開腹下空腸静脈瘤塞栓術を施行し,出血は消失した.求肝性門脈血流は肝胃間膜経由の別側副路から保たれ,合併症もなく有効な治療となった.