消化管希少疾患の臨床研究の進歩について,特に炎症性腸疾患と消化管ポリポーシスを中心に概説した.遺伝子解析技術の進歩により炎症性腸疾患の遺伝的背景に関する研究が進み,250領域を超える疾患関連遺伝子が同定された.それらのなかで,単一遺伝子のバリアントが腸管の炎症を惹起する希少な疾患群が存在し,monogenic IBDと総称されている.一方,遺伝性消化管ポリポーシスは1960年代から特徴的な臨床像を呈する疾患群として知られ,腺腫性ポリポーシスと過誤腫性ポリポーシスに大別されてきたが,近年新たな原因遺伝子の存在が示されている.消化管専門医としては,これらの希少疾患の臨床像の特徴を熟知しておくことが重要である.
クロンカイトカナダ症候群は,胃・大腸にポリポーシスが分布し,高率に蛋白漏出性胃腸症を合併する「発病の機構が明らかでない」疾患であり,指定難病である.蛋白漏出性胃腸症にともなう低ガンマグロブリン血症状のために免疫不全状態となるため,「長期の療養を必要とする」.現在までに世界で約500症例の報告に留まる「希少な疾病である」が,症例の4分の3以上が本邦からの報告であり,風土病の側面がある.胃癌,大腸癌の発生率は明らかに高率である.ステロイドが治療の主体だが,しばしばステロイド不応性の症例に遭遇し,代替治療法は確立していない.厚労省「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班)で,全国レジストリーの準備中である.
非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)は,病理学的に肉芽腫などの特異的所見の見られない潰瘍が小腸を中心に多発するまれな疾患である.プロスタグランジン輸送体をコードするSLCO2A1遺伝子の変異を原因とする.男女比は約1:2と女性に多く,胃や十二指腸にも病変をきたすことがあり,ばち指,骨膜症や皮膚肥厚所見などの消化管外徴候をともなうことがある.小腸病変は回腸に好発し,輪走,斜走する浅い潰瘍や多発狭窄という特徴を有し,約半数の症例で腸管切除が必要となる.診断には家族歴,臨床経過,小腸病変の病理・形態的評価の他,上部消化管病変や消化管外徴候の有無が参考となり,確定診断にはSLCO2A1遺伝子検査が有用である.
インフラマソームの活性化異常は種々の疾患発症に関与し,その1つに家族性地中海熱(familial Mediterranean fever;FMF)が存在する.FMFは周期性発熱と漿膜炎を特徴とする自己炎症性疾患(責任遺伝子:MEFV(MEditerranean FeVer)遺伝子)である.現在までの研究結果から,MEFV遺伝子変異を有する分類不能腸炎(IBDU)患者の約40%が現行のFMF診断基準に合致していた.MEFV遺伝子変異陽性腸炎患者に対するコルヒチン投与後の腹部症状改善率は77%と良好な反応を示し,本疾患を既存のIBD群から分類する重要性が示唆された.
腸管型ベーチェット病は,本邦の診断基準ではベーチェット病の特殊型とされているが,診断基準を満たさない疑い例が多く,非専門医が診断に困惑する場合もある.その病態は近年のゲノムワイド関連解析などにより徐々に解明されつつあるが,trisomy 8をともなう骨髄異形成症候群合併例など,今後,疾患概念の整理が必要になるかもしれない領域が残されている.従来,術後の高い累積再手術率など,治療に難渋する場合が多かったが,世界で初めて抗TNF-α抗体製剤による治療が保険承認され,以前より治療の有効性は向上している.本稿ではベーチェット病診療ガイドライン2020の記載内容をベースに,臨床でのポイントを述べる.
症例は79歳男性.便潜血陽性で施行した全大腸内視鏡検査で,直腸RaにIsp型ポリープを認め,腺腫と診断し内視鏡的に切除した.病理学的に腺腫内癌であったが,主病変の基部に異型リンパ球の集簇を認め,免疫染色所見の結果plasmablastic lymphoma(PBL)と診断した.各種検査で他に病変を認めず直腸原発と考えた.消化管原発のPBLはまれであり内視鏡治療例はなく,文献的考察を含め報告する.
症例は50歳代,男性.既往歴は高血圧症.S状結腸癌にて腹腔鏡下S状結腸切除後化学療法を受け,無再発であった.11カ月後下腹部痛が出現し,吻合部より肛門側の腸管浮腫を認めた.造影CTでは動脈の血流増加,動静脈瘻,静脈うっ滞が疑われた.保存加療で改善せず,人工肛門造設術を施行した.術後疼痛は改善し,人工肛門閉鎖後再燃はない.静脈血流障害が原因と推察される虚血性直腸炎はまれと考え,報告する.
症例は63歳男性.膵神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;NET)G2に対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行し,再発を認めず3年で経過観察を終えた.術後5年目に胃癌の診断で腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行し,病理組織学的検査でmixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplasm(MiNEN)の診断となった.MiNENと膵NETとは病理学的に特徴が異なるものであり,異時性に発生した腫瘍と考えられた.まれな症例を経験したため報告する.
60歳代女性.貧血を認め当科紹介受診.上部消化管内視鏡検査で,胸部食道に5mm大で中心に軽度陥凹をともなう扁平隆起性病変を認めた.生検で上皮下の間質に多核巨細胞をともなう類上皮細胞性肉芽腫を認めた.CTで両側肺門・縦隔リンパ節腫大と肺野に粒状・スリガラス影を認め,PET-CTで心臓・脾臓にもFDG異常集積を認めた.以上より全身性サルコイドーシスと診断し,内視鏡所見は食道サルコイドーシスの微小病変と考えられた.
57歳男性.切除不能膵癌に対しGemcitabine(GEM)+nab Paclitaxel(nab PTX)療法5コース,GEM療法9コース施行後,頭痛,呼吸困難が出現した.酸素化不良,溶血性貧血,血小板減少,腎機能低下を認め,GEMによる二次性血栓性微小血管障害(TMA)と診断し,経過観察で症状は改善した.GEM投与中に破砕赤血球,高血圧が出現した場合は,TMA早期発見の契機となりうる.
症例は62歳男性.黄疸,血便にて紹介となる.高IgG4血症あり,CTにてびまん性膵腫大,膵仮性囊胞,結腸脾彎曲部の血腫を認めた.MRIでは膵仮性囊胞と結腸脾彎曲部に瘻孔を認め,下部消化管内視鏡検査でも同部位に瘻孔を認めた.ERCPでは主膵管狭細像,下部胆管狭窄を認めた.自己免疫性膵炎に起因した膵仮性囊胞,結腸穿通による消化管出血と診断し,ステロイド治療を開始したところ,膵仮性囊胞,瘻孔は消失した.