私は研究開始当時,ようやく日本でも研究が可能となったPCRをまず導入,消化器疾患における遺伝子の関与に着目して,領域をアルコール代謝・肝炎ウイルス・消化器癌と少しずつ広げて研究を行ってきた.患者さん一人一人の疾患においてはわからないことがたくさんあるが,これら未知の部分に着目して,それを解明しようとするサイエンティストとしての視点が臨床医には必要だと考えている.またこの思いを若い先生にもつなげてゆくことが,私の消化器病学の夢でもある.
Early-stage肝癌における近年のトピックスの1つとしてSURF試験が挙げられる.SURF試験の結果,RFAと切除の間でRFSやOSに有意差がなかったことから,2021年版肝癌診療ガイドラインの3cm以下3個以内の肝細胞癌の治療戦略は切除とRFAが横並びとなった.Intermediate-stage肝癌においては,近年薬物療法とTACEとの組み合わせがTACE単独よりも良好であることが示されるようになってきた.Advanced-stage肝癌については,IMbrave150試験の結果によりアテゾリズマブ+ベバシズマブが1st lineの第一選択の薬剤となった.
近年の本邦におけるランダム化比較試験で径3cm以下・3個以下の肝細胞癌では肝切除とラジオ波焼灼法の成績に差は見出されなかった.しかし,治療法の決定には腫瘍位置や大きさを十分検討する必要があり,手術は正確な手技に基づく系統的切除を行うことが術後再発抑制の上で重要である.また,近年の薬物療法の発達にともなって肝細胞癌でも“Borderline Resectable”および“術前化学療法”という概念が視野に入りつつあり,多職種チームによる集学的治療の中で手術の安全性を担保することが重要である.背景肝機能不良の場合でも,近年適応拡大された肝移植を選択肢に入れて専門の移植施設と連携して診療を行っていくことが重要である.
肝細胞癌に対して本邦で行われている局所療法は,アブレーションとしてラジオ波焼灼術(RFA)とマイクロ波凝固術,肝動脈化学塞栓術(TACE)としてconventional TACE(cTACE)とdrug-eluting TACE(DEB-TACE)が確立されている.近年,肝切除とRFAとの比較試験により,RFAの位置づけが変わった.cTACEとDEB-TACEの違いについても比較試験にて明らかにされた.肝細胞癌の薬物療法が免疫療法へ変遷したことにより,これら局所療法と免疫療法の併用が現在検討されている.
肝細胞癌の薬物療法はこの10数年で大きく様変わりした.ソラフェニブの分子標的治療薬に始まり,アテゾリズマブ+ベバシズマブの複合免疫療法と,現在では6レジメンが使用可能な状況となっている.これらの薬剤をどのように使い分けていくかは,患者の状態,治療効果,有害事象などを考慮の上選択していく必要がある.実際どのように使用されているのかは,リアルワールドデータから明らかにされると思われる.現在,Advanced stageの一次治療,二次治療,Intermediate stage,Early stage別に数々の第III相試験が行われており,これらの試験の結果から新たな薬物療法の登場も期待される.
肝細胞癌は,治療は体系立てられていて,複数の治療モダリティーが確立されている稀有な疾患であるが,必ずしもすべての病態が網羅できているわけではない.こういった既存治療がうまくフィットしない症例に対して,放射線治療,特に体幹部定位放射線治療(SABR)や粒子線治療が期待されている.SABRや粒子線治療は従前の緩和,姑息的な放射線治療と異なり,高精度に病変を狙い撃つことにより,焼灼術と同等の高い局所制御率と低い毒性を実現した治療であり,近年急速な拡大をみせている.本稿では,それぞれの特徴と成績,また具体的にどのような病態が良い適応かを紹介していく.
70歳以上で初回手術を施行した高齢者潰瘍性大腸炎(UC)104例を対象として,その臨床経過を後方視的に検討した.高齢者UC手術例では,術前後の状態が初回手術の術式や二期目以降の手術を実施するかに影響しており,最終的に自然肛門が温存可能であった症例は約半数であった.自然肛門温存例の排便機能は比較的良好で,永久人工肛門造設例の長期経過も良好であった.高齢者UCでは術後合併症発生率や死亡率が高く,特に術前performance status(PS)低下例と長期入院症例で術後合併症発生率や死亡率が高かった.高齢者UCでは,長期入院でPSが低下する前に手術適応と手術時期を適切に判断することが重要である.
膵腺扁平上皮癌は膵原発悪性腫瘍の中ではまれであり,その予後は非常に不良とされ,標準的な治療は定まっていない.症例は71歳女性で,黄疸を主訴に受診した.膵頭部腫瘍を認め,EUS-FNAにて腺扁平上皮癌と診断した.遠隔転移を認めたが,化学放射線療法を中心とした集学的治療により28カ月の予後を得られた.
症例は77歳女性.自己免疫性肝炎にともなう肝硬変にてステロイド治療が行われていた.画像検査にて胆囊壁の不整肥厚と肝S1に淡い濃染結節を認め,胆囊摘出術,肝S1切除術を施行,病理結果はdiffuse large B-cell lymphomaの診断であった.化学療法が開始されたが病勢は急激に進行し,術後5カ月で永眠された.胆囊に発生する悪性リンパ腫は非常にまれで,自己免疫的素因も発生に関係すると推測された.
症例は70歳,女性,黄疸を主訴に来院.画像検査にて,胆管拡張および遠位胆管腫瘤を認め,閉塞性黄疸と診断.内視鏡的逆行性胆管造影にて,遠位胆管に平滑な類円形腫瘤を認め,経乳頭的胆管生検にて神経内分泌癌(NEC)と診断.遠隔転移を認めず,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行,切除検体病理組織でも,NECと診断された.胆管生検にて胆管原発NECと診断し得た1例を経験したので報告する.
71歳女性.腹部超音波検査で膵頭部腫瘤と主膵管拡張を指摘され精査となった.CTで膵頭部腫瘤を認め尾側主膵管は拡張していたが,膵尾部で主膵管が高度に狭窄していた.膵頭部腫瘤はEUS-FNAにて腺癌の診断となったが,膵尾部の病変も悪性が否定できず膵全摘術を行った.手術標本で膵尾部の主膵管狭窄はクリプトコッカスによる膵肉芽腫であった.近年真菌感染と膵癌の発生の関連が報告されており,本症例は示唆に富む症例であった.