本邦において胃癌手術は減少傾向にあるが,罹患率,死亡率ともに高い疾患である.外科的治療は拡大手術が主流であったが,化学療法の進歩にともない,集学的治療が中心となっている.補助化学療法のコンプライアンスを向上させるためにも,腹腔鏡手術のような低侵襲手術が開発され普及してきている.また従来型腹腔鏡手術の欠点を補完する内視鏡手術支援ロボットも出現し,遠隔操作も可能な時代となってきた.総論では胃癌手術の歴史と現状,そして将来展望について述べ,総説では各術式において第一線の先生方に詳細な解説をお願いした.
胃癌手術はBillrothによる幽門側胃切除術の成功に始まり,Mikuliczによるリンパ節郭清の体系化を受け,切除郭清範囲が拡大した.わが国では胃癌研究会による全国胃癌登録の膨大なデータ解析を経て,D2郭清手技が確立した.1980年代以降,胃癌手術のRCTが欧州と日本で展開され,経験を積んだ外科医によるD2リンパ節郭清が,早期癌を除く胃癌に対して標準術式となった.腹腔鏡下手術は開腹手術とのRCTにおいて,低侵襲性,安全性,根治性が示された.ロボット支援手術は,開腹・腹腔鏡下手術との臨床試験でエビデンスが構築されつつある.今後ロボット支援手術の優越性が示されることが期待されている.
噴門側胃切除術は,胃上部の早期胃癌に対して行われる縮小手術である.胃を1/2以上残すことにより貯留能を維持し,食物が残胃から十二指腸,空腸へと通過することにより胃全摘術に比較して体重減少,ダンピング症候群,間食の頻度,仕事や日常生活への不満,貧血の程度を軽減させるなど利点も多い術式である.しかし食道と残胃をそのまま吻合した場合,高率に逆流性食道炎を発症することから,さまざまな工夫がなされている.代表的なものとして,逆流防止機構を付加した食道残胃吻合,空腸間置法,ダブルトラクト法がある.また残胃癌の発生率も比較的高いことが報告されているため,術後の残胃の観察も長期的に必要である.
胃癌に対する胃全摘術はわが国では1902年に報告された.1940年代から1980年代には切除範囲を拡大した手術が実施されたが,1990年代にD2リンパ節郭清をともなった胃切除術が標準となった.低侵襲手術として開発された腹腔鏡下手術は2000年代に全国に普及し,2010年代後半からロボット支援下手術も導入された.近年手術関連機器の開発が目覚ましく,縫合不全の減少や手術時間の短縮と出血の少ない手術に寄与し,術式も術後QOLを重視するように変遷している.また,映像システムの進歩により微細な外科解剖のもとに精緻な手術が実施可能となった.本稿では胃全摘術の進歩について代表的な臨床試験を踏まえて概説する.
胃癌手術におけるリンパ節郭清に関しては,「転移があり得るリンパ節を徹底的に郭清することで癌を治癒させる」とする本邦の拡大路線と,乳癌に倣って「リンパ節転移をきたした癌はすでに全身病であり,郭清は無意味である」とする欧米の縮小路線が相容れない時代が長らく続いたが,現時点ではD2郭清が,その長期予後の優位性をもって推奨術式とされている.大腸癌で提唱された腸間膜切除の概念を胃癌にあてはめることによって,D2郭清に理論的根拠が与えられた.ただし,著しい薬物療法の進歩は今後,手術の役割さえも変化させる可能性があり,D2郭清が最適な術式であるかどうかは検証し続ける必要がある.
症例は69歳,女性.食欲不振,嘔吐を主訴に前医を受診.上腸間膜動脈症候群による十二指腸狭窄と診断され,保存的加療がなされたが改善せず,精査加療目的で当科へ紹介となった.CT,MRIで骨盤底の腹膜の肥厚を認めたため,審査腹腔鏡を施行し原発性腹膜癌と診断した.原発性腹膜癌は腹水貯留による腹部膨満や腹痛で診断されることが多く,十二指腸狭窄を契機に診断された原発性腹膜癌はまれであるため報告する.
症例は82歳,女性.両眼の視力低下を認め,近医眼科より当院紹介となった.精査により発症4日目にKlebsiella pneumoniaeによる侵襲性肝膿瘍症候群,両側眼内炎と診断した.抗菌薬の全身投与と硝子体内注射を行い,肝膿瘍は改善したが,両眼失明に至った.侵襲性肝膿瘍症候群は発熱を初発症状とする報告が多いが,本例では眼症状発症時に発熱がなく,診断が遅れ,視力予後が不良となった.
79歳,男性.発熱,腹痛,皮膚黄染で来院.CTで上行結腸憩室炎,血栓性静脈炎,門脈血栓と肝内胆管炎の所見を認め入院となった.血液培養ではPrevotella属が検出された.抗菌薬治療とヘパリンにアンチトロンビン製剤を併用した抗凝固療法を実施したところ,腸腰筋血腫を併発した.抗凝固療法を中止して血腫は保存的に消退し,その後は胆管炎と憩室炎も改善し退院となった.治療に苦慮した症例であり報告する.
症例は46歳男性.大酒家.黄疸で当院紹介となりアルコール性肝炎の診断で入院.入院後黄疸は遷延し,白血球数上昇およびプロトロンビン時間延長を認めたため,ステロイドパルス療法,ステロイド内服を行ったが改善はなく,重症型アルコール性肝炎に進展した.顆粒球除去療法により白血球数は低下し,肝機能改善を認めた.顆粒球除去療法にて救命し得た重症型アルコール性肝炎の1例を経験したので,報告する.
肝門部胆管癌に対する外科治療は肝切除が基本であるが,欧米では肝移植で良好な予後が期待できることが報告されている.しかし,肝門部から膵内へ広がる広範囲胆管癌に対して肝移植のみでは根治不能である.今回,原発性硬化性胆管炎を背景とする表層進展を主とした広範囲胆管癌に対して生体肝移植と膵頭十二指腸切除術を施行した.今後,同様の症例について本術式が有用な治療法となり得るとの認知が広まることが期待される.