炎症性腸疾患(IBD)治療における現在の目標は,患者が(1)腹部症状のない日常生活を送ることができる,(2)コルチコステロイドを使用することなく,内視鏡的に粘膜治癒の状態となること,である.IBD治療の進歩は著しい.特に,抗tumor necrosis factor(TNF)抗体の出現は,IBD患者の自然経過を変えてきたといえる.新しい医薬品の開発により,生物学的製剤のみならず低分子化合物も使用可能となってきた.しかし,IBDと診断されたすべての患者が,これら新規薬剤を必ずしも必要とはしていない.われわれは,IBD治療の基本が従来の治療法を最大限に活用することを忘れてはならない.
クローン病治療における抗TNFα抗体製剤とチオプリン製剤の併用の可否については,有益性,副作用リスクの観点から議論が続いている.本邦において,生物学的製剤ナイーブクローン病患者における抗TNFα抗体製剤アダリムマブ(ADA)とアザチオプリン(AZA)の併用療法と,ADA単独療法の多施設共同ランダム化比較試験(DIAMOND試験)が行われた.本稿ではこのDIAMOND試験を中心に,本邦のリアルワールドデータを示したADJUST study,チオプリン製剤のリスクを明らかにしたMENDEL studyなど,本邦から発信されたエビデンスをもとに抗TNFα抗体製剤とチオプリン製剤の併用について考察する.
Janus kinase(JAK)阻害剤は,IBDの病態に関与している多くのサイトカインの細胞質内シグナル伝達を阻害することにより,腸炎抑制効果を有する.JAK阻害剤の1つであるトファシチニブは潰瘍性大腸炎に対して,日本人を含めた国際共同試験により,寛解導入・寛解維持効果が確認され,2018年に保険承認された.JAK阻害剤は既存治療と異なる作用機序を有し,既存治療効果不十分例にも効果が期待できる.一方で強い免疫抑制を有することより,感染症などの副作用の可能性があること,特に帯状疱疹は日本人を含めたアジア人で頻度が多く,使用にあたっては十分な注意が必要である.
インテグリンは,細胞外マトリックスと相互作用し,細胞接着に関与する細胞表面タンパク質であるが,腸に特異的な白血球ホーミングにはインテグリンα4β7とそのリガンドであるmucosal addressin cellular adhesion molecule(MAdCAM)-1との間の相互作用が重要なはたらきを担っている.基礎研究およびその後の臨床試験の結果,インテグリンに対する抗体製剤を用いて本経路を遮断する治療は炎症性腸疾患(IBD)に対する腸管選択的な治療法として高い有効性を示した.特に,抗インテグリンα4β7特異的な阻害抗体であるベドリズマブは,IBDに対する高い有効性と安全性を示すことで,IBDに対する新たな治療アプローチとして期待される.
ウステキヌマブ(UST)はIL-12/23経路を抑制する抗炎症性の生物学的製剤である.クローン病(CD)においては,UNITI試験において本剤による寛解導入と寛解維持効果が確認され,現在本邦でも使用可能となっている.現時点では,抗TNFα抗体製剤に対する一次・二次無効症例あるいは不耐症例への使用が基本となるが,CD治療におけるUSTの位置付けについては,さらなるreal-world dataの集積と解析が必要である.
Faecalibacterium prausnitzii(Fp)は,ヒト腸内に定住する代表的な酪酸産生菌である.酪酸はIL-10産生およびTreg分化を促進することで抗炎症効果を発揮する.さらに,クローン病では症状の増悪・寛解に腸内Fp数の減少・増加がともなうため,Fpのプロバイオティクス(PRO)としての投与も考慮される.しかし,Fpは高度に偏性嫌気性であるため大量培養が困難で,PROとしてはまだ実用化されていない.これに対して,最も低分子のフラクトオリゴ糖である1-ケストースはFpの増殖および酪酸産生に対して優れた促進効果を持つため,クローン病に対するプレバイオティクスとして用いることを提唱する.
症例は74歳男性.肺扁平上皮癌に抗PD-1抗体ニボルマブを投与後に下痢が出現した.ニボルマブの有害事象を疑いプレドニゾロン20mgを開始したが改善せず,下部消化管内視鏡にて潰瘍性大腸炎に類似した粘膜とサイトメガロウイルス感染を疑う潰瘍を認め,ニボルマブの有害事象による大腸炎とサイトメガロウイルス腸炎の合併疑いと診断した.ニボルマブ中止とプレドニゾロン60mg,ガンシクロビルにて大腸炎は改善した.
症例は71歳,女性.胆管非拡張型の膵・胆管合流異常(PBM)および胆囊隆起性病変に対して5年前に腹腔鏡下胆囊摘出術を施行し,病理結果は胆囊癌であった.術後,緩徐に主膵管が拡張し,頭部の主膵管内に腫瘤が出現したため膵頭十二指腸切除術を施行した.病理では主膵管内に乳頭状に発育する腫瘍であり,免疫染色で膵胆道型の膵管内乳頭粘液性腺癌と診断した.PBMでは膵臓の悪性腫瘍にも注意が必要である.
症例は86歳,男性.膵頭部癌に対し膵頭十二指腸切除術,門脈合併切除再建を施行した.術後10カ月から貧血が進行し,CTにて門脈狭窄と腹水,挙上空腸静脈瘤を認め,静脈瘤からの消化管出血が貧血の原因と診断した.これに対し回結腸静脈経路で門脈ステント留置,側副血行路コイル塞栓を行った.治療後のCTでは挙上空腸静脈瘤の消失を認め,現在初回手術より3年4カ月無再発生存中である.
症例は72歳男性.腹部膨満感,嘔吐にて当院受診し,画像検査と血清IgG4高値から自己免疫性膵炎と診断された.また膵体部と連続した空腸近位部狭窄・空腸壁内囊胞性病変を認め,狭窄部の口側は腸管拡張を呈していた.腸管狭窄解除のため空腸切除術を施行した.切除標本の病理学的検索ではIgG4陽性細胞浸潤と線維化が認められた.空腸閉塞を合併した自己免疫性膵炎はまれであり,報告した.