私が医師になって40年,消化器病診療,研究の進歩は目覚ましく,消化器病患者の生命予後とQOLは改善してきた.本稿では,私が関わってきた診療と研究から,HBV高浸淫地区36年間の肝検診成果,HBV基礎研究ならびにラミブジンを保険収載前に使用した症例について,次に肝癌自然退縮3例の経験を契機とした肝癌治療の基礎研究(血管新生抑制,腫瘍免疫誘導,肝癌増殖シグナル阻害)と分子標的薬,免疫療法について,最後に移植・消化器外科との協働によって経験できた肝移植後HCV再感染に対するDAA治療の劇的効果,肝移植後に生じる代謝変化,細胞シートを用いた再生医療への参画などについて,当時の想いも含めつつ述べる.
自己免疫性肝・胆道疾患とは,肝・胆道に対する異常な自己免疫反応によって発症する肝・胆道疾患の総称である.いずれも病因が明らかになっておらず,長期にわたる治療が必要であり,国が指定難病としている.自己免疫性肝炎・IgG4関連硬化性胆管炎では免疫抑制薬が,原発性胆汁性胆管炎では胆汁うっ滞改善薬が奏効し,長期予後は良好であるが,原発性硬化性胆管炎では有効な内科的治療薬が存在せず,いまだに予後不良の疾患である.現在各疾患に対して新規治療薬の開発が進められており,近い将来には個別化治療により,原発性硬化性胆管炎も含めた各疾患の長期予後および健康関連QOLの改善がもたらされることが期待される.
近年,自己免疫性肝炎(AIH)の有病率は増加しており,急性肝炎例の割合が約20%を占めている.日本の診療ガイドラインが2022年1月に改訂され,診断基準項目の順番の変更,CQを2項目追加,重症度判定項目の修正,治療反応性定義の記載,PSCオーバーラップ,薬物起因性AIH様肝障害,非侵襲的線維化診断に関する内容が追記となっている.周辺疾患として,免疫チェックポイント阻害薬による肝障害や脂肪性肝障害との関連が注目されている.海外の新たな動向も踏まえながら,わが国としてのAIH診療の対応を確立していく必要がある.
原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis;PBC)は,肝内小型胆管細胞の自己免疫性破壊を病理像とする慢性肝疾患である.Ursodeoxycholic acid(UDCA)が治療薬として導入されPBCの予後は改善したが,現在PBC診療の焦点はUDCA不応例に向かっている.一方で臨床経過と治療反応,予後の予測に関する理解も深まっており,治療パラダイムを見直す機運も高まっている.本稿では,PBCの疫学,病因と病態,診断と治療に関する近年の進歩について概説する.
ゲノムワイド関連解析などにより,原発性硬化性胆管炎(primary sclerosing cholangitis;PSC)の病態に免疫が深く関与していることが明らかになりつつある.腸内細菌叢や胆管上皮の老化に関する研究も進んでいる.PSCの診断は特徴的な胆管像に基づくが,ERCPに代わって,侵襲の少ないMRCPやEUSが行われるようになっている.診断のためのバイオマーカーもいくつか報告されている.PSCの根本的治療は肝移植のみであるが,薬物療法ではウルソデオキシコール酸による肝胆道系酵素低下作用が改めて注目されている.病態解明が進み,それに応じた治療の開発も期待される.
IgG4関連硬化性胆管炎臨床診断基準2020は,①肝内,肝外胆管の狭細像,②胆管壁の肥厚像,③血清学的所見,④病理学的所見,⑤他のIgG4関連疾患の合併,⑥ステロイド治療の効果,からなる.自己免疫性膵炎の合併の有無,胆管像分類により診断を行うこと,画像診断は胆管像と胆管壁の肥厚の状態の2方面から検討することを特徴とした.また,診断基準を利用しやすくするためにアルゴリズムを作成した.さらに2019年に施行した全国調査の結果を紹介した.
症例は72歳,女性.7年間,断続的な消化器症状と肝障害の原因が不明のまま,再度症状が出現し入院精査した.腹部CT所見も踏まえ,今回初めて行った十二指腸造影検査では,十二指腸水平脚が腹部正中を越えず右側に一塊となり偏位し,下行部2カ所で腸管ループ所見を認めた.西島分類の右傍十二指腸ヘルニアをともなう腸回転異常症(不完全回転型+不完全固定型)と診断し,外科にてヘルニア修復術を施行され症状の改善が得られた.
症例は78歳,男性.十二指腸浸潤をともなう横行結腸癌と診断され,当科紹介となった.重度の肺気腫もあり,化学療法を開始した.化学療法開始3カ月後,全身倦怠感と食欲低下で入院.第9病日に肺炎を発症した.抗菌薬の投与でも呼吸状態は悪化し,肺結核と診断.気管内挿管の上,結核治療を開始した.結核は改善するも,癌による衰弱もあり第94病日に死亡退院となった.癌化学療法中では肺結核にも注意が必要と考えて,報告する.
症例は71歳,男性.腹痛を契機に肝転移,腹部大動脈周囲リンパ節転移をともなう胃腺癌と診断した.S-1+オキサリプラチン+トラスツズマブ療法を開始し,転移巣は縮小したが原発巣の一部が短期間に増大した.増大部分からの再生検により神経内分泌癌が疑われ,胃全摘術を行った結果,混合型腺神経内分泌腫瘍と診断した.このような経過で混合型腺神経内分泌腫瘍と診断された既報はなく,まれな症例と考えられた.
症例は70歳代女性.右季肋部痛を主訴に来院した.腹部CTで右腎周囲に13mmの腫瘤を認め,2カ月間で82mmまで増大したため手術にて摘出した.病理組織学的検討により炎症性筋線維芽細胞腫瘍(inflammatory myofibroblastic tumor;IMT)と診断された.本邦において,後腹膜原発のIMTはまれな疾患であり,短期間での増大を確認した1例を経験したので報告する.