膵癌におけるプレシジョンメディシンとして,生殖細胞系列BRCA遺伝子異常を有する患者に対するオラパリブが既に実装されているが,治療標的となる遺伝子異常はいまだ少ない.現在,遺伝子相同組み換え修復に関わる遺伝子異常や,膵癌患者の90%以上に認められるKRAS遺伝子変異,KRAS遺伝子に変異がない場合に認められることがある融合遺伝子を有する患者に対する分子標的治療薬の開発などが進んでいる.治療標的となる遺伝子異常を検出するための,組織または血液検体を用いたがんゲノムプロファイリング検査は既に臨床導入され,使い分けられる.がんゲノムプロファイリング検査自体の開発も進んでおり,膵癌化学療法の進歩が期待される.
膵癌は最も予後が不良な癌である.治癒が望める唯一の治療法は外科切除であるが,診断時にすでに遠隔転移を有している症例が多く,また切除可能と思われる症例も不顕性の遠隔転移があり,術後早期に再発することが知られている.そのため,主腫瘍の切除に加えて何らかの薬物療法を加える集学的治療が必要であることは論をまたない.まず術後補助化学療法が先行して確立され,予後の向上が観察されているが,術後の合併症や体力低下などにより術後補助化学療法を行うことができない症例も多く,これらの患者は集学的治療の恩恵を受けることができなかった.術前治療は,このような欠点はなく多くの症例に実施可能であり,膵癌患者全体の底上げを図れることが明らかとなりつつある.本総説では,術前治療の長所と短所を述べた上で今後の課題と将来に向けた展望について概説する.
局所進行膵癌は,主要動脈への浸潤が180°以上の場合,切除不能と診断される.腫瘍が縮小して主要動脈への浸潤が消退すれば切除可能となり,治癒への道が残されている一方で,現実的にはその予後は極めて不良である.局所効果が期待される放射線療法または化学放射線療法が優先されるのか,それとも全身化学療法が優先するのか,いまだ決着はついていないが,膵癌に対する化学療法もゲムシタビン単剤から多剤併用療法に変遷して,強い抗腫瘍効果が期待できるようになった.今後は,各治療のメリット・デメリットを鑑みて,患者にとって最も良い選択ができるようになると考えられる.
遠隔転移を有する膵癌に対しては,積極的治療の選択肢は化学療法のみであり,いかにそれを発展させるかがカギである.GEM単剤が膵癌で初めて延命効果のある化学療法として示されてから四半世紀,現在までに1次化学療法としてGEM+エルロチニブ療法,GnP療法,FOLFIRINOX療法,そしてNALIRIFOX療法と進歩を続けている.1次化学療法(プラチナ)後の維持療法としてオラパリブ(gBRCA PV保持者),2次化学療法としてはnal-IRI+FF療法が標準治療として加わった.Precision medicineや免疫チェックポイント阻害薬についてはこれからに期待,といった領域で今後の開発に期待が寄せられている.
膵癌はいまだに難治癌の1つである.切除不能な理由として局所進行,もしくは遠隔転移を有していることが挙げられる.近年,集学的治療の進歩によりconversion surgeryが行われる機会が増加し,その有用性が多数報告されている.しかし,至適レジメン,切除適応,切除タイミングに関する一定の見解はなく,各施設で独自に判断され行われているのが現状である.また,conversion surgeryの有用性が報告される一方で,術後の早期再発の報告もあり,真の恩恵にあずかることができる症例の選別が必要と考えられる.本稿ではconversion surgeryの現状と課題に関して概説する.
症例は29歳男性.幼少期にEhlers-Danlos症候群と診断され他院通院中であった.心窩部痛および嘔吐で発症し,当院を受診した際の腹部造影CT,上部消化管内視鏡検査および超音波内視鏡検査で,胃前庭部粘膜下血腫による幽門狭窄と診断した.絶食・輸液・経管栄養にて保存的加療を行い,血腫は自然経過で縮小傾向を認めた.食事摂取可能となって軽快退院し,以後再発なく経過している.
症例は50歳代男性.21年前に小腸大腸型クローン病と診断され,11年前よりインフリキシマブが投与されていたが,直腸癌を発症し外科的加療を受けた.Stage II,R0切除であり化学療法をせず経過観察していたが,術後5年で多発転移を認め,化学療法を開始するも1年後に永眠となった.クローン病は癌合併時の予後が不良であることから,今後データの蓄積と解析を通して,診断治療戦略を確立していく必要がある.
症例は57歳男性.DICを併発した重症潰瘍性大腸炎(UC)と診断され,当科に紹介受診した.内科治療では早期に病態をコントロールすることが困難と判断し,大腸全摘術,回腸囊肛門管吻合,回腸人工肛門造設術を施行した.術後,血小板数,凝固能は著明に改善し,DICから脱した.UCが原因で発生したDICを合併し,内科治療でDICが改善しない場合には,全身状態を考慮し早期に手術に踏み切る必要があると考えられた.
症例は80歳代女性.CT検査で肝S4に22mm大の単房性腫瘤を指摘された.4年後に26mm大へ増大し,11年後に36mm大の多房性腫瘤となり,胆管浸潤も呈した.この時点で血清学的診断により肝エキノコックス症と診断し,アルベンダゾールの内服加療を開始した.12年後に胆管炎を発症し,内視鏡的胆管ステント留置術を施行した.肝エキノコックス症の自然史を追えた貴重な症例と考え,報告する.