プロトンポンプ阻害薬(PPI)は強力な胃酸分泌抑制能を有し,酸関連疾患の第一選択薬として用いられている.ところが,胃酸分泌を長期間にわたって抑制すると,消化吸収能の低下,殺菌能の低下,高ガストリン血症や腸内細菌叢の変化が起こり,有害事象が発生するのではないかと心配されてきた.腸管感染症の発症リスクは増加する可能性が高く,胃酸分泌抑制薬は最少量を最短期間投薬するとともに,今後も研究を続けることが必要である.
非びらん性逆流症(non-erosive reflux disease:NERD)は異常な食道内酸曝露を有するtrue NERD,異常な酸曝露は認めないが食道の感受性が亢進し酸逆流や酸以外の液体逆流によって症状を有する逆流過敏性食道,逆流とは無関係に症状が出現する機能性胸やけに分類される.true NERDではproton pump inhibitor(PPI)が有効であるが,他の逆流過敏性食道,機能性胸やけに対するPPIの効果は乏しい.PPIの効果が不十分である場合の原因としては食道知覚過敏,食道運動異常症等の関連が考えられ,それらに対する対応が必要である.
機能性消化管障害の1つである機能性ディスペプシアは,つらいと感じる食後のもたれ感や心窩部灼熱感といった慢性の上腹部症状があるにもかかわらず器質的疾患を認めない症候群である.その病態の1つに胃酸の関与があり,酸に対する知覚過敏が症状発現の原因となっている.機能性ディスペプシアの病態は複雑で,酸分泌抑制薬の効果は限定的であるが,胃酸がかかわる病態に効率的に酸分泌抑制薬による治療を行うことが重要である.
NSAIDsによる上部消化管傷害や出血に対してPPIは極めて有効であり,第一選択薬として推奨されている.一方,ワルファリンや直接作用型経口抗凝固薬服用時の上部消化管出血に対するPPIの有効性は確立していない.PPIは比較的安全な薬剤であり,多くの症例で長期投与が可能である.しかし,本薬の胃酸分泌抑制作用に起因した腸内細菌叢の異常により,NSAIDs小腸傷害を増悪させる可能性が報告されており,その真偽や機序について議論されている.
胃癌の大部分はヘリコバクターピロリ菌感染による慢性胃炎を背景として発症する.PPIは酸分泌抑制薬であり胃十二指腸潰瘍や逆流性食道炎の治療に優れた効果を発揮しているが,最近の研究で胃癌の発生に関与している可能性が報告された.とくにピロリ菌感染症例など胃癌リスクの高い患者ではPPI服用が胃癌発症を促進する可能性が指摘されている.PPIの服用についてはその適応症を遵守する必要がある.
腸内細菌は人の健康に大きく関わっていることがわかってきた.細菌をターゲットとした抗菌薬以外にも様々な薬剤投与による腸内細菌叢の変化が指摘されている.薬剤による腸内細菌の変化が有害事象を直接引き起こすかはまだ十分明らかではないが,多くの疾患と腸内細菌が関連していることが報告されており影響は無視できない.PPIは特に腸内細菌を変化させる薬剤であることが知られ,その影響について認識しておく必要がある.
プロトンポンプ阻害薬(PPI)と急性・慢性の腎障害の関連が主に欧米の研究で示されているが,その関連性はまだ確立されたものではない.しかし,頻度は低いものの急性間質性腎炎を呈する症例が見られることから,漫然とした使用は避け,リスクとベネフィットを検討した上で使用すべきである.また,無症状であることが多いことから,定期的な血液・尿検査で腎機能を確認しながら使用することが勧められる.
57歳,女性.看護師.約半年前から,血圧測定時に右手に力が入らないことを自覚し体重が10 kg以上減少した.筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)が疑われ,当科に紹介された.筋力低下よりも体重減少が目立つことから内分泌検査を追加し,ACTH単独欠損症と診断した.ヒドロコルチゾン補充療法で,速やかに生活動作が改善し,体重も増加した.治療可能な副腎皮質機能低下性のミオパチーは,ALSの鑑別疾患として重要である.
31歳,男性.左眼の違和感,左視野の歪みを主訴に眼科を受診し,精査の結果,右下葉肺腺癌cT2aN0M1b cStage IVA,転移性網膜腫瘍の診断となった.CTガイド下肺生検の検体を用いたPNA LNA PCR-Clamp法やオンコマインDx Target TestマルチCDxシステムⓇではEGFR遺伝子変異は検出されなかったが,胸膜播種病変を用いてOncomine Comprehensive Assay v3Ⓡで解析を行ったところ,EGFR遺伝子変異exon19 L747Pを検出しOsimertinib治療で約4カ月病変を制御する治療効果を得た.次世代シークエンス検査の普及に伴って遭遇する稀なEGFR遺伝子変異に対しては,更なる知見の蓄積が必要である.
2020年の肺癌死亡数は75,500名である.臓器別第一位,全癌死亡の約20%を占めると予想されている.日本肺癌学会「肺癌診療ガイドライン」に基づいた治療を行うためには,進行非小細胞肺癌確定診断時に遺伝子変異検査を行うことが必要である.検索が必要な遺伝子数の増加に伴い,複数遺伝子を同時検索できる多遺伝子コンパニオン診断薬の使用が増えている.肺癌の多くは気管支鏡検体で確定診断される.超音波ガイド生検などの技術進歩に伴い,小病変や気管支壁外のリンパ節からも検体が採取可能になった.そのようにして採取された検体は小さく,細胞診検体しか採取できないこともしばしばである.癌の確定診断はできたが,組織を用いた遺伝子変異検査が施行できない状況が生まれている.細胞診検体は貴重な臨床検体である.組織検体より容易に採取でき,悪性腫瘍の確定診断が可能である.さらに,採取検体の細胞診検体部分でもコンパニオン診断が可能なら,組織部分を詳細な病理検査,大きな遺伝子パネル検査に使えるため,検体の有効活用が可能になる.我々は,細胞診検体で遺伝子変異検査が可能なことを実証するため,先進医療A「高感度多遺伝子検査システムMINtSによる,細胞診検体を用いた肺癌druggable遺伝子変異検索」を施行している.既に1,000例が登録され,細胞診検体でも組織を用いたコンパニオン検査に劣らない品質で検査可能なことを確認した.細胞診検体による多遺伝子変異検査は,癌診療の効率化,高度化に貢献するだろう.
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)はヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)により起こされる末梢性T細胞腫瘍である.indolent ATLとaggressive ATLに分類され,標準治療はindolent ATLに対してはaggressive ATLになるまで無治療経過観察,aggressive ATLに対しては多剤併用化学療法,臓器機能が良好な65歳~70歳以下の症例ではさらに同種造血幹細胞移植を実施することである.同種移植の対象は骨髄非破壊的移植や臍帯血移植,半合致移植が可能になることにより拡大し,予後改善に寄与している.新規薬剤として抗体薬,抗体薬物複合体,免疫調整薬,エピジェネティック薬が日常臨床に導入され,今後さらに本疾患の分子病態に基づいた治療開発が発展することが期待される.