動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版では懸案の課題がいくつか解消された.例として,随時のトリグリセライドの基準値の設定,動脈硬化性疾患の絶対リスク評価手法として冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた動脈硬化性疾患の発症確率を予測するスコアの採用などがある.今回からガイドラインの全文が日本動脈硬化学会のサイトで公開されており,無料の絶対リスク計算アプリも公開されている.
代謝性疾患の有病率の増加に伴い,冠動脈疾患に加えアテローム血栓性脳梗塞の予防の重要性が増している.そのため,これらの動脈硬化性疾患発症の絶対リスク評価に基づいた予防対策は有意義であるといえる.福岡県久山町で継続されている循環器疾患の前向きコホート研究(久山町研究)では,高い予測能を有する動脈硬化性疾患発症のリスク予測モデルを開発した.本稿では,このリスク予測モデルの作成の経緯と活用法を紹介する.
冠動脈疾患による死亡率が極めて高かった欧米では1960年代より脂質異常症と冠動脈疾患の関連が疫学研究により示されていたが,日本においても1997年に脂質異常症の診断基準が設定され,その後の多くの疫学研究からこれら基準の蓋然性が確認されてきた.さらに遺伝疫学研究からもLDLコレステロールおよびトリグリセライドが動脈硬化性疾患の危険因子であることが明らかにされるとともに,薬物を用いた臨床試験からもこれら危険因子の管理の重要性・治療標的としての重要性が明らかにされている.
糖尿病は動脈硬化性疾患の高リスク病態であり,また高LDL-C血症の他に特徴的な脂質代謝異常がみられる.糖尿病患者ではLDL-C管理が重視され,動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022ではLDL-C管理目標値として,一次予防糖尿病患者120 mg/dl未満,一次予防の中でPAD,細小血管障害の合併と喫煙ありの場合100 mg/dl未満,二次予防の場合70 mg/dl未満が設定された.LDL-C管理に加えてnon-HDL-Cを指標にした高TG血症の管理にも留意するとともに,危険因子を包括的に管理することが推奨される.
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版では,二次予防の対象を“冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞の既往”として,LDL-C 100 mg/dl未満を管理目標とした.また,「急性冠症候群」,「家族性高コレステロール血症」,「糖尿病」,「冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞」のいずれかを合併する高リスク病態では,LDL-C 70 mg/dl未満を目標により厳格な脂質管理を行うことを推奨している.
動脈硬化性疾患は遺伝しうる形質であり,遺伝学が重要であることは自明である.動脈硬化性疾患関連希少有害変異に関する遺伝学的検査として保険収載される疾患も増えてきた.また,高頻度遺伝子多型をスコア化(ポリジェニックリスクスコア)し,個別化医療へ応用する取り組みが進められている.本稿では,希少有害変異に対する遺伝学的検査,さらにはポリジェニックリスクスコアを用いた個別化医療に関して解説する.
脳卒中の中で脂質異常が最も関与するのは脳梗塞,なかでもアテローム硬化を基盤とした脳梗塞である.動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022ではアテローム硬化を合併した脳梗塞の再発予防には厳格な脂質管理,LDL-C 100 mg/dl未満,が推奨されている.脳梗塞患者を診療するにあたっては,脳梗塞病型の判断とともに,脳へ潅流する血管の動脈硬化の合併の有無を評価することが,脂質管理を考える上で重要である.さらにLDL-C管理以外の残余リスクとして,高中性脂肪血症,低HDL-C血症を示すアテローム性脂質異常血症(atherogenic dyslipidemia),血管炎症マーカーにも注意する必要がある.
運動に限らず,また強度に関わらず,身体活動量を増加することと座位行動継続を避けてこまめに中断することは,動脈硬化性心血管疾患の発症予防,さらに総死亡の抑制効果がある. 成人では,1日合計30分以上を週3回以上,または週に150分以上中強度以上の有酸素運動を実施する.習慣的身体活動は血清脂質の改善以外にも,多面的有益性を有する.レジスタンス運動との併用は有用である.高齢者ではさらにバランストレーニングを取り入れる.
26歳,女性.高校生時より血圧高値を指摘され,26歳時当院を受診し,当初のスクリーニング検査では原発性アルドステロン症が疑われた.負荷試験の結果診断には至らなかったが,若年性高血圧で高血圧の家族歴も濃厚であり,低レニン活性・アルドステロン基準値内であることからLiddle症候群が疑われた.遺伝子検査で,上皮型ナトリウムチャネルのβサブユニットをコードするSCNN1Bの変異が同定され,確定診断に至った.若年性高血圧では患者のQOL維持や生命予後のため,早期の成因診断と治療が重要である.
57歳,男性.COVID-19罹患後に紫斑と腎障害,ネフローゼ症候群を認め,当院に転院した.皮膚と消化管粘膜の生検結果から,IgA血管炎と診断した.ステロイドパルスと血液透析を行ったが,消化管出血からショックを来たし永眠された.病理解剖で出血性胃潰瘍・小腸潰瘍と半月体形成性糸球体腎炎を認め,IgA血管炎に矛盾しない所見だった.COVID-19関連IgA血管炎の剖検例の報告はまだ存在せず,貴重と考える.
症例は10代男性.1カ月前からの体重減少と腹痛を契機に前医受診し,造影CT検査で膵体部に40 mmの境界明瞭な充実性腫瘍を認め,腫瘍は辺縁のみが造影され内部は壊死が疑われた.多量の腹水,肝転移も認めた.膵体部の腫瘍に対して超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)を施行した結果,膵芽腫と診断され,化学療法(CDDP+DOX)が開始された.膵芽腫は手術検体で診断されることが多いが,本症では診断にEUS-FNAが有用であったため報告する.
予後が不良とされる膵癌の治療成績の改善には早期診断が必須であるが,膵癌に対する検診の方法と効果は検証されておらず,一般集団に対するスクリーニングは有病率の低さ,費用対効果の面から推奨されていない.一方で,2006年に膵癌診療ガイドラインが発刊されリスクファクターが発出されて以降,国内各地で危険因子に着目し病診連携を活用した膵癌早期診断の取り組みが開始されており,一部の地域からは,早期診断例の増加,外科的切除率および生存率の改善などの成果が報告されている.近年,ステージ0,Iを集積した多施設共同研究の成績から,発見契機となる臨床徴候や画像所見の特徴が明らかになりつつあり,家族性膵癌の登録および有効な経過観察法の確立を目指した前向き研究なども開始されている.さらに,膵癌の早期診断を目的とした血液・十二指腸液などを用いた非侵襲的なスクリーニング法の研究が進捗しており今後の成果が期待されている.