日本内科学会雑誌
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66 巻 , 3 号
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  • 黒川 利雄
    1977 年 66 巻 3 号 p. 261-270
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
  • 東儀 英夫, 山之内 博, 小川 真, 内山 伸治, 田渕 正康, 村上 元孝, 亀山 正邦
    1977 年 66 巻 3 号 p. 271-276
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    連続剖検432例(年令: 60~92才),うち脳硬塞76例について,脳硬塞における血液ヘマトクリット値の病因的意義を検討し,次の結果を得た. 1)脳硬塞の頻度は,ヘマトクリット値が45%を越えると著しく増加する. 2)その増加の程度は,脳底部動脈の粥状硬化の高度な例ほど著しく,かつ高令者でより著しい傾向が認められた. 3)深部硬塞は皮質硬塞に比し,へマトクリット値の高値による頻度の増加がより著しい. 4)脳硬塞の予防という点からみて,老年者ではヘマトクリット値45%以下,高令者では40%以下に維持することが望ましい.以上から,血液へマトクリット値は脳硬塞の重要なrisk factorであり,とくに脳動脈硬化が高度の例,高令者でその重要性が増すと結論した.
  • 大久保 満
    1977 年 66 巻 3 号 p. 277-289
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    Radioimmunoassayを用いて,正常時におけるdigoxinの体内動態を正常家兎ならびに正常犬を用いて動物実験的に検討するとともに,腎機能障害時におけるdigoxin排泄の病態について動物実験的ならびに臨床的に検討した. A)実験的研究:正常家兎にdigoxin 0.5mg/kg静注投与30分後における各臓器内digoxin濃度は腎が最も高く,骨格筋,心室筋,心房筋の順であつた.また血中digoxin濃度と心室筋内digoxin濃度との間には有意の正相関を認めた.正常犬ならびに片腎摘出犬において,血中digoxin濃度が低い時, digoxin clearanceは高値を示した.またstop flow法により,尿管結紮解放後尿中digoxin濃度の上昇を認めた.以上のことよりdigoxinは腎糸球体より濾過され尿細管より分泌されるものと推論した. B)臨床的研究:腎疾患患者において血中digoxin濃度とBUNおよびクレアチニンとの間には有意の相関を認めなかつたが,血中digoxin濃度とクレアチニンクリアランスとの間および尿中digoxin排泄量とクレアチニンクリアランスとの間にはいずれも有意の負の相関を認め,腎機能障害時のdigoxin投与量を決める指標としてはCcrが有用と考えられた.人工腎透析患者においてdigoxin静注後の血中digoxin濃度の減少は,正常対照群に比し有意に遅延した.また透析膜のdigoxin dializanceは16ml/minであつた. digoxinは人工腎により透析され難く, digitalisの使用には過量にならない様に充分注意する必要があると考える.
  • 野村 繁雄, 小西 英治, 森田 卓, 藤岡 晨宏, 加納 正
    1977 年 66 巻 3 号 p. 290-298
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    1966年にHermansらは,小腸結節性リンパ過形成を伴つたdysgammaglobulinemiaを一つの新しい症候群として報告した.本邦での報告例は極めて少ないが,その特徴的な臨床像を呈する点より関心を集めている.今回著者らの経験した症例は35才,男子で,気管支拡張症,反復性下痢を呈し,消化管のX線学的,内視鏡的ならびに生検所見より,腸管全域に及ぶ結節性リンパ過形成が認められた.また, IgA欠損を伴う低γ-グロブリン血症が証明され,彼等の報告例と極めて類似していた.著者らは本症の基本的病態は, Bリンパ球が欠損しているのではなく, Bリンパ球より形質細胞への分化の過程において必要なT細胞の機能異常のために,形質細胞の発生異常をきたしたことによると考える.すなわち,胚中心様構造を伴う腸管結節性リンパ過形成,末梢血中のBリンパ球の増加は,形質細胞の発生異常によるfeed back機構を介してのBリンパ球の増生を反映したものと考える.下痢,吸収不全,消化管異常ならびに気管支拡張症はIgA欠損,低γ-グロブリン血症との関連で把えることができる.さらに,本症は免疫能の制御機溝ならびにIgA欠損における消化器系の癌の発生を考察するうえでの臨床モデルとして,把握できることを本症の意義として考察した.
  • 加納 正, 内野 治人, 舟橋 甫
    1977 年 66 巻 3 号 p. 299-304
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    軽微な単クローン性免疫グロブリン血症(MG)を認めて, 7年後に骨髄腫と診断された症例を経験した.骨髄腫の自然史をほぼ完全に近く把握し得た例の詳細な報告はきわめて乏しいので報告した.症例. 1910年生,男性. 1967年血清肝炎(脊椎辷り症の手術)に罹患した際,偶然に少量のM成分が証明された.その後, M成分は漸増したが,骨髄腫にかんしては無症状に経過した. 1972年9月,肝硬変症,糖尿病, MGで入院. M成分(IgG-K型) 3.0g%,骨髄中形質細胞の増多(10~17.6%)と軽度ないし中等度の形態異常,正常Igの減少を認めたが,骨X線像で定型的骨破壊像を欠き, potentially malignant typeとして追跡した.約1年後に,激しい腰痛を訴え,骨髄中には大部分が高度の異型性をもつ形質細胞の著増(35.6%)とM成分の増加(3.9g%)を認めたので,化学療法を開始した.但し,骨X線像には変化なくBence Jones蛋白は陰性.骨髄腫にかんして有効であつたが,治療開始数カ月後に,全身状態は急速に悪化し,肺炎,脳症を併発して死亡.本例のM成分は治療前, exponentialに増加し, doubling timeは29ヵ月と算出された.本例の検討を通じて,骨髄腫について次の点を考察した. 1) clinical stageはpreclinical stageに比してきわめて短い, 2)徐々に進行する例では治療開始の時期を決定することが難しい.とくに重篤な合併症をもつ例では慎重を要する. 3)無症状に経過する軽微なMGは, benign MGより, idiopathic MGとして理解すべきである.
  • 畑 俊一, 嘉手 納成之, 国田 晴彦, 慶松 元興, 伊藤 宜人, 小原 孝雄, 大滝 幸哉, 中川 光二, 鈴木 邦治, 中川 昌一
    1977 年 66 巻 3 号 p. 305-311
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    著明なホルモン産生の変動を示した,胸腺原発カルチノイドによる異所性ACTH症候群の1例を経験した.症例は, 27才の男子で,主訴は,色素沈着,〓瘡,多尿,浮腫で,一般検査で,低カリウム血症,耐糖能の異常,代謝性アルカローシスなどが認められ,内分泌機能検査では,血漿ACTH, β-MSH,コーチゾールおよび尿中17-OHCS, 17-KSの増加が認められた.気縦隔造影,胸腺静脈造影などにより,胸腺腫の存在が確認され,胸腺摘出術が施行された.腫瘍組織から, ACTH活性が証明され,異所性ACTH症候群であることが確認された.本症例の興味深い点は,第1に,ホルモン産生の著明な変動がみられたことと,第2に,組織学的にカルチノイドであつたことである.入院当初,異常高値であつた,血漿ACTH,尿中17-OHCSなどは一過性にほぼ正常化し,それとともに,色素沈着,〓瘡,多尿,浮腫などの臨床症状および低カリウム血症は,一時的な改善を示した.腫瘍による著明なホルモン産生の変動やperiodic hormonogenesisは,極めて希で, O'Neal, Baileyなど数例の報告があるのみである.胸腺原発カルチノイドは,わが国では3例の報告があるのみで,内分泌症状を示した最初の報告であると思われる.
  • 石川(現姓海瀬) 信子, 橘 芳郎, 佐藤 洋, 冠木 順一
    1977 年 66 巻 3 号 p. 312-316
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    1958年Zieveは,肝生検によりアルコール性脂肪肝と診断された症例を観察し,その内より20例をjaundice-hyperlipemia-hemolytic anemia syndromeとして報告した.本症候群はアルコール性脂肪肝を診断する上においては注意を要する疾患であり,本邦においても内藤らが2例を報告してより知られている.われわれは45才の男子で,大量の飲酒の後,発熱,黄疸,高脂血症,貧血等を発症し,本症候群と思われる症例を経験したが,肝生検を施行した時期が発症より40日目で,臨床症状は全く改善し,血清にても高脂血症がみられなくなつた時期であつたため,明確な脂肪肝の組織像はみられなかつた.しかし,臨床経過よりみて脂肪肝は存在したものと思われた.さらに本症候群においては,溶血性貧血が契機と推定される急性腎不全に陥つており,腹膜潅流を施行したが,一般に本症候群における溶血性貧血は軽度であるとされており,急性腎不全に陥つたということは特異なことと言わなければならない.
  • 松尾 武文, 松本 奐良, 宮崎 吉平
    1977 年 66 巻 3 号 p. 317-321
    発行日: 1977/03/10
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
    抗痙〓剤により腫大したリンパ節が,臨床的にも組織学的にも悪性リンパ腫に類似することが知られている.しかし本邦での報告は少なく, 1963年から1976年まで5例の報告をみるにすぎない.最近われわれはdiphenylhydantoinにより誘発された悪性リンパ腫の1症例を経験した.症例は63才,主婦. 15才頃よりてんかんの大発作が出現,昭和46年8月よりdiphenylhydantoin服用開始.昭和48年に全身にリンパ節腫大を認め,同年7月頚部リンパ節生検にてfo11icular lymphomaと診断されたが,放置していた.昭和49年12月リンパ節腫大増大のため入院した.入院後頚部リンパ節生検で細網肉腫様像を呈した.そこでdiphenylhydantoinの投与を中止すると約1カ月後に全身のリンパ節腫大は消退した.その時のリンパ節生検では,悪性像を示す所見はなく線維化と毛細血管新生を認めた.しかし,リンパ節は約1カ月半の消退期間を経て再び腫大したため,悪性ジンパ腫に変化したと考え化学療法を行なつた.すると化学療法によく反応し全身のリンパ節腫大は消退した.文献的にみるとGams (1968年)は, diphenylhydantoinにより惹起されたリンパ腫を悪性化の程度に応じて4型に分類した.本例はdiphenylhydantoin中止により一旦リンパ節腫大が消退したことから,彼の分類のpseudo-pseudolym-phomaに相当した.本例のような経過を示す症例はまれと思われるので報告した.
  • 1977 年 66 巻 3 号 p. 382
    発行日: 1977年
    公開日: 2008/06/12
    ジャーナル フリー
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