心臓に原発する悪性腫瘍は稀なもので,今までのほとんど全てが心筋よりの肉腫と心包上皮からの上皮腫である.これら腫瘍はJonášによれば,現在までに全世界に181例が報告されている.このうちhemangioendotheliomaはさらに稀で, 20例には達しない.本腫瘍はRedtenbacher (1889)により初めて報告され, McNal1ey (1962)による例が最も新しいものである.わたくしは最近その1例を経験したので,その臨床所見および病理解剖所見を報告する.症例41才,男.主訴:胸部圧迫感,体動時の動悸と息切れ.現病歴:昭和37年12月初旬感冒様症状発現,発熱37.5°C.近医の治療により一旦軽快して出勤せるも,全身倦怠感残り, 20日頃より主訴が起こり臥床するにいたる.以来症状次第に悪化.昭和38年1月8日入院す.入院時現症ならびに経過:体格中等大,栄養状態かなりやせ,顔貌無欲状,顔色蒼白,口唇チアノーゼあり,起坐位をとる.舌乾燥し,可視粘膜貧血状,リンパ節腫張せず,脈拍120/分,整,緊張弱く,呼吸数26/分安静時でも呼吸困難あり,血圧102/90mmHg,心濁音界両側ことに左方に拡大,左界は前腋窩線よりも外方にあつた.心尖拍動触知せず,心音は微弱なるも弁口には雜音を聴取せず.左胸郭僅かに隆起し,両背面下部打診音短,呼吸音減弱す.腹部全般に膨隆し,肝3横指幅触知し,圧痛あり,腹水は認められなかつた.下肢に浮腫あり,膝蓋腱反射の亢進を認めた.臨床検査は全身症状重篤のため充分に行なえなかつたが,貧血,蛋白尿,低蛋白血症, GOTの上昇がみられ,胸部X線写真および心電図に心包炎の所見が認められた.入院後直ちに利尿薬,強心薬次いで抗生物質,副腎皮質ステロイドを用いたがほとんど効果現われず, 13日後朝食をすませ体位変換を行なつた時,突然心拍停止し死亡した.剖検所見:心房中隔前半部に胡桃大弾性硬の腫瘤あり,左方は大動脈根部に接し,右方は右心耳内に突出している.割面は灰白黄色充実性で,一部は高度出血壊死性である.心外膜はぴまん性に赤褐色絨毛様物で覆われ,凝塊が付着している.心包腔には1,200mlの血性液がたまつている.これがタンポナーデとして,直接死因になつたものと思われる.心臓の他の部には特記所見なし,全身所見は略す.組織学的には充実性の部では大形の異形性血管内皮細胞の増生がみられ,既に管腔構成傾向を見る.出血壊死性部では海綿状血管腫様に毛細管増生をみるが,内皮細胞にはなお異型性腫大を示すものがある.鍍銀染色では血管様構造が一層明瞭に示される.以上の所見からhemangioendotheliomaと診断した.
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