メンデル遺伝型を呈する認知症は,病型に対応した原因遺伝子が同定されている.遺伝学的検査により病的バリアントが同定されれば,臨床診断が確定される.遺伝性アルツハイマー病や前頭側頭型認知症を対象としたコホート研究により,脳内病理を反映するバイオマーカー変化が発症前から明らかにされたことを背景に,遺伝性認知症を対象とした疾患修飾薬を用いた臨床試験が行われている.
パーキンソン病(PD)は原因不明な神経難病であり,進行阻止可能な治療開発が喫緊の課題と言える.その開発に最も有効な戦略が遺伝性PDの病態を明らかにすることである.遺伝性PDの病態から得られる情報では,α-シヌクレインの機能異常,不良ミトコンドリアの消去システムなどミトコンドリア機能異常,オートファジー・リソソーム系など蛋白分解系の機能破綻などが推定されている.プレシジョンメディスンが今後推進課題となることから益々遺伝医療の進歩が期待される.
脊髄小脳変性症は遺伝性の頻度が高く,多くは常染色体顕性(優性)遺伝を呈する.その中で最も多いのは原因遺伝子の翻訳領域または非翻訳領域に存在するマイクロサテライト・リピート伸長を遺伝子変異とする病型であり,神経変性に至る分子病態も解明されつつある.近年,病態特異的または非特異的に作用をする治療法の開発が進んでおり,これまで治療選択肢が極めて乏しかった脊髄小脳変性症の治療開発も大きく前進しつつある.
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は10%が家族歴を有する家族性ALSである.本邦における原因遺伝子はSOD1,FUSの順に多く,欧米ではC9orf72が最大である.これら変異遺伝子発現を転写レベルで抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)薬の開発が進んでいる.さらに孤発性ALSにおいても,ATXN2などの疾患感受性遺伝子の配列異常が同定され,前臨床試験でASOの有効性が報告されている.
随意運動は主として上位運動ニューロン,下位運動ニューロン,骨格筋により制御されるが,そのうち下位運動ニューロンが選択的に変性する疾患が下位運動ニューロン疾患であり,その代表的なものが球脊髄性筋萎縮症と脊髄性筋萎縮症である.両疾患はいずれも遺伝性疾患であり,分子病態に即した疾患修飾治療法が開発・実用化され,リアルワールドエビデンスの構築に向けた研究も進んでいる.さらに脊髄性筋萎縮症については,新生児スクリーニングによる発症前の診断・治療が進んでいる.
Fabry病はX連鎖遺伝の先天性代謝異常症で,α-galactosidase Aの欠損によりグロボトリアシルセラミドが蓄積するスフィンゴ脂質症のひとつである.ヘミ接合体男性の古典型症例では,小児期に四肢などの疼痛,発汗障害,被角血管腫がみられ,成人期には腎機能障害・腎不全,心筋症などの心合併症,脳梗塞などの脳血管障害を発症する.2001年,臨床治験により酵素補充療法が可能であることが示され,Fabry病の根本的病態である先天性代謝異常を改善・正常化することにより様々な臓器障害の予防・抑制を目指すことができるようになった.酵素補充療法以外にも遺伝子変異にもよるが薬理学的シャペロン療法が可能である.さらに,遺伝子治療,mRNA投与治療,基質合成抑制療法の開発も進められている.
近年,筋ジストロフィーの原因遺伝子が続々と明らかになり,遺伝子異常に基づく診断,分類がなされるようになってきている.また,各原因遺伝子に対する研究は,疾患の病態解明や治療法開発を可能とし,特に筋ジストロフィーの中で最も頻度の高いDuchenne型筋ジストロフィーでは,2020年に日本発のエクソンスキッピング治療薬が上市され,保険診療下で治療可能となった.
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は,中枢神経系の自己免疫性脱髄性疾患で,若年女性に好発する.MSの発症には遺伝的要因と環境要因等多くの要因が関わり,ゲノム研究の発展によって200以上の遺伝子領域が発症に寄与することが同定されている.多因子疾患であり遺伝子治療の適応は今のところ無いが,遺伝的要因やその他の背景因子に基づく個別化医療の発展が期待されている.
70歳,男性.右上葉肺腺癌に対し,pembrolizumabによる治療後に発熱,食思不振が出現した.肝脾腫,フェリチン高値,播種性血管内凝固の所見に加え,骨髄検査で血球貪食像が認められたことから,免疫関連有害事象(immune-related adverse event:irAE)による血球貪食症候群(hemophagocytic syndrome:HPS)と診断した.ステロイド,cyclosporinによりHPSの所見は改善し,治療後も再燃なく経過している.
60歳,女性.気管支喘息加療中,脳梗塞で入院となった.血中好酸球数10,540/μl,トロポニンT上昇,心エコーでは左室駆出率39%と低下,左室流出路に可動性血栓を認め,心臓造影MRI(magnetic resonance imaging)で内膜主体の遅延造影,心筋生検で線維化所見を認めた.Löffler心内膜心筋炎を伴う好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilic granulomatosis with polyangiitis:EGPA)の診断でステロイドと抗凝固療法により好酸球数,トロポニンTの低下,血栓消失を得たが,左室駆出率は改善しなかった.
67歳,男性.自己免疫性膵炎に対するステロイド維持療法中に視野障害,尿崩症が出現した.膵臓病変の増大はなかったが,血清IgG4(immunoglobulin G4)濃度は上昇しており,MRI(magnetic resonance imaging)での下垂体腫大と併せてIgG4関連下垂体炎と診断した.汎下垂体機能低下症も認め,高用量のステロイド治療を開始したところ,下垂体腫大は軽減し,視野障害の改善及び下垂体機能の部分的な回復が得られた.IgG4関連疾患は,維持療法中であっても下垂体炎の発症を念頭に置く必要がある.
症例は多発リンパ節腫大のため悪性リンパ腫が疑われた40歳代の男性.病歴とスクリーニング検査から梅毒性リンパ節炎が鑑別に挙げられた.数日後に高度の肝機能障害,蛋白尿を呈した.組織学的検討によりリンパ腫浸潤は否定され梅毒性膜性腎症と判明した.駆梅療法により自覚症状,臓器障害は速やかに改善したため早期梅毒との診断を確定した.早期梅毒では稀に急性肝炎とネフローゼ症候群を合併し得ることに留意すべきである.
脳卒中や心臓病などの循環器病は,その多くが高齢者に発症し介護を必要とする疾患の上位を占めるため,健康寿命の延伸のためには循環器病への対策は極めて重要である.そのような背景のもと,2019年12月に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」(循環器病対策基本法)が施行された.そして,基本法で取り組むべき具体的な施策は循環器病対策推進基本計画として策定され,さらに,都道府県の実情に合わせた都道府県循環器病対策推進計画が策定されている.また,日本脳卒中学会と日本循環器学会は関連学会とともに脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画を立てて併行して循環器病対策を行ってきた.今後,循環器病対策基本法と脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画が車の両輪となり,行政,学会,医療界,産業界,国民が一体となり循環器病に対する対策が大きく進歩すると期待される.
One airway one disease(OAOD)は,上気道と下気道に同時に存在するアレルギー(=好酸球)性炎症病態を指すが,類似疾患である副鼻腔気管支症候群は,好中球性炎症が主体であり,その概念には通常含まれない.OAODは2病型に分かれ,小児から若年成人に発症しダニやペットが原因となる「アレルギー性鼻炎+アトピー型喘息」と,成人以降に発症し機序が不明の「鼻茸を伴う好酸球性副鼻腔炎+非アトピー型喘息」がある.両者ともに喘息を合併し,基本的に上下気道の症状は連関(同時期に悪化)しやすいが,近年の吸入ステロイド薬の影響により,上気道のみ悪化する例が増加している.2つのOAODにおいて,上気道炎症(鼻炎/副鼻腔炎)を治療すると喘息症状が改善することが証明されており,ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)が共通薬として有効である.それぞれに特有の治療法として,アトピー型OAODでは,環境対策やアレルゲン免疫療法があり,非アトピー型OAODの重症例では,内視鏡下副鼻腔手術や生物学的製剤,特にデュピルマブ(抗IL-4/13受容体抗体)が適応となる.非アトピー型OAODの約50%はNSAIDs過敏を合併し,過敏歴のない潜在例も存在するため,NSAIDs処方の際は十分注意する.
薬剤耐性(AMR)対策は世界的な公衆衛生上の課題であり,日本でも2016年に薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが策定された.アクションプランに基づく活動のうちサーベイランスは大きく進歩しており,医療機関や地域におけるAMR対策に必要な情報にアクセスしやすくなっている.医療現場において抗菌薬がしばしば不適切に使用されている現状を受け,抗菌薬適正使用を推進する仕組みや資材の開発も進んでいる.これらの取り組みの成果もあって日本における抗菌薬使用量が減少していると考えられる.一方,新薬の開発はまだ不十分であり,既存抗菌薬の供給にも不安が生じている.ワンヘルス・アプローチを推進し,国際協力を重視しながら引き続きAMR対策に取り組んでいく必要がある.次期アクションプランではこれまでの成果を踏まえた成果指標を設定し,医療現場や一般市民の理解を得ながらAMR対策をさらに発展させていくことが望まれる.