1922年Hewerは白鼠に副腎皮質製剤を投与後身体各種器官の変化を組織学的に検討したが,皮膚に関しては次の如く記載している.即ち副腎皮質製剤を投与すると殆ど大部分の白鼠に於て肉眼的に毛髪は密に且繊細となり,光沢を増して見えるが,これに触れると容易に脱落する.そして組織学的には毛嚢の変性が認められると.この変化はHewerに拠れば副腎皮質ホルモンとカルシウム代謝との関衈性に帰因し,即ちカルシウム代謝の変動が皮膚栄養障碍を惹起したものとその著者は考えた.その後1935年Nilesは多毛症と副腎との関係を論ずるあり,次いで1939年Shepardson & Shapiroは18例の女性多毛症患者(beared women)を検索してその何れも副腎腫瘍を有することを知り,多毛症を副腎皮質病変に基くものとした.同年Butcher & Richardsはラッテに於て両側副腎摘出術を行うと毛髪発育の促進されるのを,1951年BakerはACTHがラッテの毛髪発育を殆ど完全に抑制,これと同時に表皮の萎縮並びに皮下脂肪の減少を来すことを報告,Bakerは更にDOCAを局所に使用しても毛髪の発育を抑制し表皮の萎縮を来すのを認めたが,人間に於ては副腎皮質ホルモンを局所に使用しても毛髪の発育は抑制されず,一方女子の副腎皮質機能亢進症では顔面その他に多毛症が起つて所謂男性化の状態となるが,頭髪は脱落の傾向を示すことを知つた.以上,動物と人間とでは副腎皮質ホルモンの毛髪に及ぼす影響は逆で,動物では抑制的に,人間では促進的に作用するというのは解し難いが,1952年Dillaha & Rothmanは副腎皮質ホルモンのコーチゾンを臨床的にはじめて円形脱毛症の治療に供し,見るべき効果のあることを報告,全世界的に多数者の追試するところとなつた.即ちまずWainger & CapplemanはDillaha等の所見を全面的に認め,Wilsonは本疾患の治療にACTHを使用してコーチゾンと同様の治療効果を発表した.1953年Huriez u. Desmonは円形脱毛症のコーチゾン局所療法について報告し,その73%に有効だつたが,所謂Ophiasisに対しては無効とした.更に1954年JφrgensenのACTH,コーチゾンで治療した完全脱毛症3例の報告あり,我が国に於ても1955年平出等,伊藤等,広瀬,速水等,1957年小堀・宇野は円形脱毛症のコーチゾン治験例を報告,茲に於て特に悪性脱毛症の治療に或る程度の光明が見出された観がある.但しコーチゾンが何故円形脱毛症に有効であるか,その理論はなお明らかでない.こゝに於て著者は悪性円形脱毛症にコーチゾン療法を実施してその効果を検討すると共に,その作用機序を明らかにせんとした次第である.
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