皮膚糸状菌症やモニリヤ症は難治の疾患であり,以前よりこれらの疾患の病原菌である皮膚糸状菌やCandida albicansについて種々の研究がなされて来たが,その大部分は菌の形態学的な研究や,菌種の分布状態についての研究であり,その発育,増殖に密接な関係のある物質代謝に関しては結核菌や酵母等の微生物に於ける程知られていない.又その治療には幾多の藥剤が使用されて来たが,その作用機序についてはあまり知られていない.著者は前報に於て皮膚糸状菌及びCand. alb.の菌体及び培地中の遊離アミノ酸とケト酸について報告したが,本報に於てはこの兩者間の相互移行を促進させるTransaminaseについてのべ,種々の抗糸状菌剤のこれらの糸状菌のTransaminaseに対する阻害作用について報告する.Transaminaseはアミノ酸のアミノ基を中間体としてアンモニヤを生成することなく,d-ケト酸に轉移させる酵素である.この酵素はBraunshtein及びKritsmannにより鳩の筋肉中に発見されて以来,生体中に於けるアミノ酸代謝に重要な役割を演じているものと考えられている.微生物中のTransaminaseについては,はじめDiczfulusyはE. coliその他の細菌にはこの酵素は存在しないと報告したが,Cohn等により種々の細菌中にもこのTransaminaseが存在し,その活性度は動物組織よりも高度であると発表して以来種々の微生物のTransaminaseについて報告されている.即ち細菌のTransaminaseとしてはFeldman and Gunsalus,Thorne,Robinson,Levinson,小林等,伊藤等,山波は夫々E. coli及びPseudomonas fluorescens,B. anthrasis,Pseudomonas salinaria,B. bronchiosepticus,B. megatherium及びParapertissis,鳥型結核菌,チブス菌のTransaminaseについて発表している.又真菌のTransaminaseとしてはFincham,Menzinsky,Gehring,吾孫子が夫々Neurospora crassa,Saccharomyces cervisiae,Saccharomyces fragilis,Cand. alb.のTransaminaseのについて報告している.他方このように種々の微生物中に存在することが認められ,そのアミノ酸代謝,菌体蛋白の合成に重要な役割を演じているTransaminaseの作用が,化学療法剤により阻害されることが知られている.米田等はイソニコチン酸アミドにより大腸菌,BCG,Diphtheria菌のTransaminaseの作用が阻止されることを認め,酒井はBCGのTrnsaminaseはイソニコチン酸ヒドラジドに阻止されるが耐性のある結核菌のTransaminaseはイソニコチン酸ヒドラジドにより阻害されないので,イソニコチン酸ヒドラジドの結核菌に対する作用機序としてこのTransaminaseに対する阻害作用をあげている.尚このTransaminaseの助酵素はビタミンB6群の1つであるPyridoxal phosphateであることがSnell等により認められ,ビタミンB6とアミノ酸代謝と密接な関係があることが知られている.
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