近年,皮膚の抗原性を証明する研究が次々に発表されているが,その実験結果については多数の研究者の間で未だ見解の一致は得られていない.すでに1921年,Whitfieldは自家感作性皮膚炎autosensitization dermatitisの名称で,皮膚科領域における自己免疫の概念を提出し,自己皮膚に対する抗体産生の可能性を臨床的根拠により推論している.この説によれば,従来漠然とアレルギー性疾患として一括されていた皮膚疾患の臨床像が自己免疫の概念によつてその病因が明解に説明されることが多く,今日臨床的にも,概念の上でも,皮膚特異抗原の存在は多くの人々の認めるところとなつた.すなわち,1)アレルギー性接触性皮膚炎において,第1に現われる組織変化は真皮上層ないし乳頭層の血管周囲の単核細胞の浸潤であるが,完成期における同疾患の主変化は表皮にみられる.また浸潤単核細胞が抗体をになつているとするならば,その表皮への趨化性は,自己の表皮成分に対する自己抗体を有することを想像させる.2)臨床的にきわめて難治の自家感作性皮膚炎が存在する事実,すなわち,主として下肢の急性接触皮膚炎ないし限局性湿疹様変化に続発して,これに類似した湿疹様の散布病巣が対側性に発生する場合がある.この場合,原発巣におけるmodifyされた自己表皮成分を抗原とする抗体産生に起因すると考えれば説明しやすい.また,原発巣がアレルギー性接触皮膚炎である場合にも,続発性散布病巣はそのアレルゲンが接触しなくても発生すること,さらに原発巣が機械的刺激や,不適当な局所治療によつて増悪すると,それに伴なつて散布病巣も増悪することは,抗皮膚抗体の存在をよく示していると考えられる.3)薬剤アレルギーの場合,同一薬剤による反応の場が,表皮あるいは真皮,気管支粘膜,血管,血液成分などであり得ること,あるいは日光皮膚炎の形をとつたものが,原因薬剤の投与中止後も日光照射によつて増悪することについての説明にはMiescherのpartial autoimmunity,さらに進んでcomplete autoimmune reactionの概念の導入によると説明しやすい.以上のような理由からして,皮膚科では自己抗体の存在の可能性が推論されてきたのである.一方,動物実験において抗皮膚抗体を作る研究も数多く重ねられ,古くは1935年,伊藤がモルモットに対する家兎皮膚の抗原性を認めたのに始まり,今日まで皮膚を抗原とする免疫実験は成功するもの,あるいは失敗するものがあり,必ずしも一致した結果が得られていない.1962年,WilhelmjらがFreund's complete adjuvantを用いて家兎の同種皮膚免疫,モルモットの自己皮膚免疫により循環抗体を証明したことが注目され,相ついでMoschos(1964),Nicolau(1964),Rudzki(1966)らが追試実験を行なつているが,同種及び自己皮膚免疫ではいずれも実験は不成功であつた.われわれは表皮の抗原性を動物実験で証明するために,Wilhelmjらの実験を追試し,引続き市販ケラチン(米国NBC社製)を抗原とする免疫実験を行ない,比較検討した.また,ヒト,モルモット表皮の不溶成分を8モル尿素処理によりsolubilizeしたものによる家兎の免疫実験を行ない,次に述べる如く興味ある結果を得たので報告する.
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