ニコチン酸(ナイアシン)は天然にニコチン酸またはニコチン酸アミドのままの形で,あるいはnicotinamide adenine dinucleotide(NAD)やnicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADP)として広く生体内に存在する.その主体をなすものはNAD,NADPであり,たとえば能勢は血中のニコチン酸は大部分codehydrogenaseとして存在することを認めている.周知のごとくNAD,NADPは糖質代謝,脂質代謝,蛋白質代謝に関与し,脱水素酵素の補酵素として水素の伝達体として働き,細胞の新陳代謝,呼吸に重要な役割を演ずる.したがつて生体内の代謝におけるニコチン酸の意義は,その活性型であるNAD,NADPとしての作用にあり,またこのことから生体内のニコチン酸の変動はNAD,NADPの動きを反映するものと考えてよい.一方ニコチン酸またはそのアミドが,ペラグラ予防因子(pellagra-preventive factor)として発見された経緯についてもまたつとに有名であり,このペラグラがその主要症状として皮膚に特有の病変を惹起するものであることからも,皮膚とニコチン酸との間の密接な関係は疑いをいれえない事実と思われる.このペラグラ予防因子発見の当時(1937年)に比べると,その後のビタミン学は大きく進歩したが,それにもかかわらず今日でもなお,皮膚とニコチン酸との関係については依然として未解決の点が多い.以上のような観点から,著者は種々の条件下の種々の動物またはヒトの皮膚および血中のニコチン酸量についてその動態を追求し,これによつて皮膚とニコチン酸との相関の一端を解明しようとした.なお生体内の代謝を追求する場合,近年分子レベル,細胞レベルでの研究がとみに多くなつている.しかしこのような趨勢の中にあつても組織レベル,全身レベルで生体内代謝を大きくつかむことはなおかつ重要なことと考える.
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