日本皮膚科学会雑誌
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74 巻 , 7 号
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  • 沈 祖杰
    1964 年 74 巻 7 号 p. 355-
    発行日: 1964年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル 認証あり
    Striae atrophicae(線状萎縮症)はStriae albicans又はStriae distensaeともいわれ,妊婦(Striae gravidarum,第1,2図),肥満症,思春期(第3,4図),Cushing's Syndrome,長期大量の副腎皮質ホルモン全身投与(第5,6図)或いは感染の際に見られるものであるが,その発生原因を大部分の文献は弾力線維の断裂,減少又は消失を伴う皮膚過度伸展によるものとしている.しかしながら一部の学者は巨大腹部腫瘍或いは脱腸,腹水などの患者に必ずしも線状萎縮の見られないことから,皮膚過度伸展以外に他の因子が存在し,一方,副腎皮質ホルモン又はACTHの長期投与後に,或いはCushing's Syndromeに見られることから,脳下垂体―副腎皮質系統のホルモンがその発生に関与すると考えた.最近Thron,HollanderによつてHydrocortisoneに局所治療効果のあることが確かめられ,皮膚科領域では軟膏療法,又は局所注射療法に応用されるようになつた.即ちGoldmanは最初に局所注射療法を始め,湿疹様変化,乾癬,扁平苔癬,黄色腫,帯状鞏皮症,神経性皮膚炎,アトピー性皮膚炎,類肉腫,リウマチ性結節,環状肉芽腫,ケロイド,円板状紅斑性狼瘡,類乾癬,陰茎象皮症,昆虫刺螫症,ダリエー氏病に有効であることを報じた.この際,病巣一部に局注をくりかえすとその部のみ治癒し,その部位は病巣中に明瞭に境界され,さらにその部位が周囲皮膚より陥没萎縮し,その局所に不溶性結晶が沈着するのを認めた.これは一過性で5ヵ月以内に正常に復したという. 又副作用として1000例中2例において注射部位が化膿し,帯状鞏化症の1例に壊死を起こしたと報告している.日本では小堀が最初にその治療効果を発表し,限局性慢性湿疹,ヴイダール氏苔癬,固定蕁麻疹,帯状鞏皮症などに著効を認め,皮疹の治癒と共に皮膚の萎縮をみたが,これは永久的なものでなく2~5ヵ月で消失したという.その後小堀,今北,石田,野口,加島,古谷,佐藤,塚田,Benjumin,Savitt,Gombiner,Berger,Asboe-Hausen,Kalkoff,OrentreichなどによつてHydrocortisoneの局所注射の治療効果が報告されている.著者はHydrocortisone の局所作用による皮膚萎縮に着目し,実験的に人体正常皮膚にHydrocortisoneを局注
  • 上田 宏
    1964 年 74 巻 7 号 p. 371-
    発行日: 1964年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル 認証あり
    1935年Baehr,Klemperer,Schfrinはエリテマトーデスを全身性の小血管病変として初めて記載したが,1942年Klemperer,Baehr,Pollackは上記の考えを発展し,広汎な結合織変化を示す疾患群に注目し,フィブリノイド変化を示す疾患群を,コラーゲン線維の退行変性の結果によると考えて“diffuse collagen disease”との名称を提唱した,後にはKlempererは膠原病を「結合織,血管に系統的病変を示す急性,慢性疾患」と定義している.即ちMorganiの器管病理学からVirchowの細胞病理学へと続き,Klempererにより形態学的に細胞,線維性間質,線維と分けられていた結合組織を全身的な広がりを持つ場,結合織病変としてとらえられることに成つた.議論の余地はあるも,現在リウマチ様関節炎,リウマチ熱,エリテマトーデス,汎発性鞏皮症,皮膚筋炎,結節性動脈周囲炎,さらに多発性壊死性血管炎Winiwarter-Biirger氏病,悪性腎硬化症,Weber-christian氏病,血小板減少性紫斑病,移動性静脈炎,亜急性細菌性心内膜炎.類澱粉症等膠原病と考えられている疾患は多い.すでにKlemperer以前Rossle一派の“Formenkreis der Rheumatoiden Krankheiten”或いは“Pathergische Krankheiten”の概念はKlemperer膠原病の先駆を成すものとされている.上記の病変は所も言う如く,もし同一疾患群であるというのみならば新しく膠原病の名を付するに値しない.今までの組織形態学的方向より進んでさらに組織化学,酵素化学,物理化学,生化学等の新しい観点より考察して,初めて新しい概念の意義が生まれると考えられる.又膠原病の概念は本来1疾患を意味しないが,一括して一範疇に入れて眺め,さらに各々疾患の分析をすれば新しい道が開けてくるものとも思われる.しかしKlemperer以後の膠原病に関する研究は各方面に進められているものの未だ緒についたばかりの感があり多くの未解決の問題を残している.しかるに1956年,和歌山大西村教授らは膠原病患者にはフェニールアラニン,チロジン代謝異常が存在し,尿中に2,5-Dihydroxyphenyl pyruvic acid(以後2,5-DHPPAと略す)が特異的に発見されることを発表し,さらに2,5-DHPPAの定量,減チロジン食による膠原病の治療へと研究は進展した.その間これらの研究は国内のみならず,世界の皮膚科,生化学界より注目されることになつた.1951年Yeeらにより2,5-DHPPAに関する論文が発表され,本邦においても小林,石原,大島,阿部らにより追試の結果が発表されているが,賛否相半ばしている状態である.私も本問題について興味を持つて,膠原病といわゆる2,5-DHPPA spotの出現の関係,次いで同患者のチロジン代謝についても検索したが,西村の言う膠原病患者におけるチロジン代謝異常のある点に異論を認め,かつ又尿中の2,5-DHPPAという物質がこれと異なる物質であることを認めた,次いで本物質が何であるかという点について種々研究したが,該物質の本態はつかみ得なかつた(西村秀後には2,5-DHPPA説についてはかなり修正された意見を発表している).従つて私は膠原病患者においてはチロジン代謝異常が存在し尿中に2,5-DHPPAが排出されるという説には賛同しかねる結果を得たので,その研究経過についてここに発表する次第である.
  • 1964 年 74 巻 7 号 p. 393-
    発行日: 1964年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル 認証あり
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