白癬の病原真菌中,趾間菌と星芒状菌については從来これらを別個に独立した菌種とするか,或はこれらを同一菌種とするか,種々の議論がある.近年特にアメリカの医真菌学者は同一菌種とし,Trichophyton mentagrophytes中のtype asteroidesとtype interdigitaleとに分類しているが,ヨーロッパおよび本邦では臨床的見地から兩者を別々に分けてTr.asteroides(星芒状菌)とTr.interdigitale(趾間菌)の名稱が慣用されている.蓋しこれら兩菌種間にはその臨床病型,培養の肉眼的或は顯微鏡的形態,動物接種の難易などの点につき或は少しく相違するところがあり,或は全く同じところもあるが,余は兩菌種について臨床的,菌学的に詳細に比較檢討し,兩者の異同について何等かの結論に到達しようと志した次第である.皮膚糸状菌の分類中,最も古く且つその後の分類学的研究の基礎となつているのはSabouraudの分類であるが,その基準とするところは皮膚糸状菌の毛髪に寄生する状態により属を分ち,培養集落の外観,その顯微鏡的形態を標準とし,更に動物接種の難易を參照とするものである.然しその後始め互に異なつた種として分類,記載されていた皮膚糸状菌中動物実驗や顯微鏡的形態などから,種々の類似点が見出され,若干の菌種に整理統一されてきた.この皮膚糸状菌の分類が統一,簡單化される過程において幾多の医真菌学者がその理由について私見を述べている.Grigorakは「Sabouraudに分類されているある種は他の種のlife cycle中における一過程である.」という考えを一部分類の基礎としている.又DodgeはEctodermophytonについて「此の屬は他の屬の変異を来して出来たものと考える.」と述べている.太田もSabouraudの種の概念は余り煩瑣で,それが一つ一つ確実に別種であるかは疑問である.或る種の如く,例えばSabouraudのTr. gypseum,Tr. niveum群中の数種は寧ろ1種と思われ,又Tr. glabrumの如きはTr. violaceumの変種であると記載している.このGrigorak,Dodge,太田などの考えを実驗的に研究したものにはCatanei(1930),Emmons(1932),Langeron et Talice1)(1930)などがある.EmmonsはAchorion gypseumとTrichophyton gypseum lacticolorの実驗で,現在分類上確立している皮膚糸状菌の種は他の不安定な種の変異株に過ぎないと述べ,Aravijsky,Kaskin,Paldrokは現行の屬および種は一定性を有さないとする考えを基礎として糸状菌を分類している.PaldrokによればEmmonsおよびConant et al.による菌種は一定性を欠き,その凡てが互に移行する.例えばMicrosporon gypseumは猩紅色菌に変じ,またTr. violaceumに,ときにはTr. ferrugineumやEpidermophyton floccosumにも移行する.即ちMicrosporumの1屬しかないという極端に單一化された分類式もある.以上の如くSabouraudによつて始められた皮膚糸状菌の分類が培養形態を基礎とする分類法に変つてから,漸次屬および種の統一化が行われ,現在の分類法では菌種間の顯著な差が余りなく,性状の移行し得る菌は一括して,その基本的性質だけで菌種を分類しようとする傾向が強い.次に星芒状菌と趾間菌の分類学的変遷について述べると,星芒状菌は1896年Tr. mentagrophytes(Robin)Blanchardと名付けられ,Sabouraudによる分類ではEctothrix中のMicroidesに相当する.Langeron et Milochevitchの分類に從えばgenus Ctenomyces
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