マスト細胞はEhrlich(1879)によつて発見されて以来今日まで幾多の基礎的ならびに臨床的研究が重ねられてその形態,機能ないしは生物学的役割が次第に解明されてきた.組織マスト細胞(以下単にマスト細胞と略す)は真皮結合織,滑液膜腔,硝子体液,ウォルトンジェリー内などに主として存在し,生体の防禦機構や結合織の再生ないし増生に関与すると信じられている.たとえばAsboe-Hansen(1960)によれば,皮膚は外胚葉性被膜を持つた結合織で,細菌の侵入,毒物,注射された物質などに対して一種の防壁的役割をしているが,この結合織はヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸などの酸性粘液多糖類と蛋白の結合した基質と線維性物質からなり,この酸性粘液多糖類の合成と放出にマスト細胞があずかつている.このようにマスト細胞は,生体とくに皮膚に対して重要な役割を演じていると考えられるが,皮膚科領域においては従来,色素性蕁麻疹の際にのみその存在が意義あるものとして取上げられ,その他の疾患については一部の症例報告の際などに附帯的,断片的に記載されたに過ぎなかつた.皮膚は全身結合織系の大きな部分を占め,比較的容易に生検を行ないうるので,マスト細胞の研究にとつても非常に有用な材料のひとつである.近年あらためてこの細胞に対する関心が高められ,ヒスタミン遊離物質などを用いての多くの実験が報告されるとともに,各種皮膚疾患におけるその態度が系統的に観察されはじめたが,その報告は未だ2,3にすぎない.すなわち,斎藤(1957)は各種皮膚疾患のマスト細胞の態度を疾患の時期,経過の関係から観察し,個々の疾患についてのその分布の傾向と量を報告している.また劉(1958)は各種の炎症性皮膚疾患における種々の遊走細胞の態度に関する研究の中で,マスト細胞を炎症の時期的関係から観察し報告している.しかしこれらの報告とて,各疾患におけるマスト細胞数の増減を明らかにしたにすぎないものと思う.著者は各種皮膚疾患についてその病巣内のマスト細胞の態度を追求し,個々の疾患におけるその傾向を明らかにすると共に,生体とくに皮膚に対するマスト細胞の意義の一端を解明せんとして,ある病的過程ないし組織反応,例えば角質増殖,結合織の炎症や変性,血管炎,附属器病変などの各々の病的変化におけるマスト細胞の関与を把握するために,以下の実験を行ない興味ある所見を得たので報告する.
抄録全体を表示