角膜の前面は発生学的には外胚葉性上皮と間葉性実質とから成り,皮膚と極めて近縁若しくは同列とも看做しうる.もとより角膜はその透明性に依つて眼光学系に於いて樞要な地位を占めるものであるから,その構造に於いて皮膚と甚しく異る面があることは勿論であるが,近時多くの学者に依つて研究されつゝあり然かも猶お疑問の残されて居る所の皮膚疼痛神経末の問題を異なる角度から考察するためには,角膜は興味深い対象である.何となれば角膜は肛門粘膜と共に身体のうちで最も痛覚に対して鋭敏な部位であるのみならす,後に述べる如くその中央部に於いては多小異論もあるが,専ら痛覚のみを有すると看做し得るからである.また角膜がその中央部に色素を有して居ないこと,適当な動物を選べばその全層を1枚の神経染色標本として観察出来ることなども神経の研究に好都合である.角膜神経に関する最初の記載はSchlemm(1830)に始まる.それ以前は角膜には神経が存せぬものと考えられていた.氏は角膜神経は毛様神経に由来し,角膜表在性神経枝及び深在枝の二種より構成さると稱えたが,1837年Bochdalekは其の説を肯定した.角膜神経の顯微鏡的研究はCohnheim(1867),Hoyer等によつて始められたが,其後Dogiel,Attias,Agababo等により染色した角膜神経の末梢に関する研究が行われた.本邦では中島(1929),横松(1931)が人間及び動物角膜神経に関する詳細な研究を行つている.Reiser(1936)はBielschowsky諸染色,殊にGros変法を用いて角膜に於けるTerminalreticulum及びpreterminales Netzwerkに就き記載して居るが,その論文の冒頭に於いて既往に,角膜神経に関しては200に近い研究が公にされて居るが,その詳細は必ずしも解明せられたとは云い難いと述べて居る.更に1937年には半月神経叢を剔出して角膜神経のWaller氏変性を起させて観察したが,兩報告を通じて角膜神経の末梢は総てpreterminales Netzwerkを経てTerminalreticulumに移行するものであつて,それ等の間に植物性と知覚性との別を設け難いと述べて居る.反之瀬戸敎授及び坂本氏は,角膜実質内並に角膜上皮内に特記すべき終末に移行することなく終る所の知覚線維を記載して居る.Rodgerも亦金染色に依り角膜上皮内に遊離神経終末を見て居る.元来角膜神経染色には,Cajal乃至Bielschowskyによる鍍銀染色,並びにメチレン青の生体及び超生体染色が最もb\々行われている.Szymonowicz(1935)はメチレン青法は神経の周囲の細胞原形質に対する状態を知るに好都合であると述べている.色素を有する皮膚組織では鍍銀染色はやゝもすると銀粒子の爲に末梢神経終末構造を見難くする欠点を有するが,角膜の如き透明組織に於いては,此の兩染色法は他の如何なる組織に於ける染色所見より遙かに美麗な組織像を與える.著者はBielschowsky-瀬戸氏鍍銀染色,メチレン青超生体色,Weigert-Pal変法による髄鞘染色,Schiff染色に於けるLiang氏変法等を諸種動物角膜組織に施行し,其の形態学的観察を行つた.一般に皮膚神経では知覚神経は主として有髄神経線維よりなり,疼痛及び瘙の一部が無髄神経に依つて傳達されると考えられて居る.また植物神経は一般に無髄神経線維である事が知られている.角膜では知覚神経も亦角膜輪状部を越えると其の殆どが髄鞘を失つて無髄神経線維となるため個々の線維が有髄神経に由来するものか無髄神経に由来するものかの判定は極めて困難である.
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