人体におけるメラニン色素の研究は,1917年BlochによりメラニンがDopaを前駆物質とし,Dopa酸化酵素によつて生成されると認められて,はじめてその科学的研究の第一歩をふみ出した.以来,メラニン形成の問題は多くの学者の注目を集め,生化学的,生理学的,組織学的,あるいは最近の電顕によるmolecular levelの研究を含めて,膨大かつ詳細な研究が発表されている.しかし,なおメラニン形成に関する諸問題は幾多の未知の分野を残し,特に生体内におけるメラニン調節の機構に至つては,ほとんど解明されていないといえよう.人の皮膚における色素の変化について,内分泌因子が関係深いことは,副腎機能障害におけるアジソン氏病の場合や,妊娠時の乳暈の色素増強の場合などとして,臨床的にもよく知られている.下等動物では,環境に応じてその体色が変り,その変色機序は,神経や内分泌因子によつて起こるとされている.この体色の変化は,一部は血管の拡張や収縮による血流の変化にもよるが,大部分は皮膚の色素細胞内での色素の移動によつて起こる.人の場合,メラノサイトはこれらmelanophoreと起源を同じくするとはいえ,このような機序による変色力を持つていないと考えられている.両棲類,魚類に対し,松果体の抽出物を注射すると皮膚の明化が起こり,皮膚色が淡くなることは約50年前より知られていた.最近MSHの研究の発展と共に,松果体ホルモンはこのMSHの反対ホルモンとして注目され、Lernerらによって分離,構造が決定されて,メラトニンと名づけられた.MSHは両棲類のみでなく人の皮膚の色素を増強することも知られているが、この新しく確認されたメラトニンは,その生物学的作用にまだ未知の点が多く,特に高等動物の色素細胞に関する作用については,ほとんど知られていない.このホルモンの報告に興味をもつた筆者は人の皮膚色素調節機構解明の一方法として,このメラトニンの作用機序,特に高等動物に対する影響について種々の検索を行なつたのでその知見を報告する.また,メラトニンは人に注射した場合,中枢神経に対して或る種の影響を与えたので,中枢神経系に対する検索を合わせて報告,メラトニンの作用機序に対して考察してみたい.
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