近年腫瘍ウイルスに対する関心が高まり,種々の動物ウイルスによる発癌機構の解明として,ウイルスと宿主細胞の相互関係が検討されている.とくに,papova及びadeno virus等による研究が著しく進展し,これらのウイルスにより癌化(transformation)した細胞の核内にはウイルス特異性の腫瘍抗原が認められ,ウイルスゲノムの一部が腫瘍細胞(transformed cell)内に存在している証拠と考えられている.他方天然痘群ウイルス(poxvirus)も腫瘍形成能をもち,それらの腫瘍はウサギ粘液腫を除き,通常一定の時期が来れば自然治癒がみられ,組織学的にも良性腫瘍と考えられている.Kato et al.はかかる一連の天然痘群ウイルスを用い独自の立場より研究を進め,主としてショーブ線維腫につきウイルスと宿主細胞の相互関係を調べ,他の非腫瘍性天然痘群ウイルスと対比し,天然痘群ウイルスによる腫瘍発生はpapova,adeno virus等による腫瘍発生とは異つた機構によるものと考えている.即ち腫瘍性天然痘群ウイルスの封入体保有細胞の核におけるDNA合成は,他の非腫瘍性天然痘群ウイルスの場合と同じく抑制されていることを3H-thymidineのautoradiographyにより認め,ウイルス増殖を示す細胞は以後分裂増殖を行なうことなく死滅し,腫瘍の形成はウイルスを産生しない細胞の分裂増殖によることを示した.このようなウイルスを産生しない細胞を分裂増殖せしめ腫瘍を形成に導く機構として,ウイルス感染により障害をうけた細胞から,他の非汗腺細胞の分裂増殖を促進させる,いわゆる細胞増殖促進因子が生じるためではないかと推論している.今回同じく天然痘群ウイルスに属すると考えられて居るヤバ猿腫瘍ウイルス(Yaba Monkey Tumor Virus=YMT-V,Andrewes氏より分与をうけた)を用い,このウイルスによる腫瘍の発生機構について研究を行なうことにした.MYT-VはBearcroft and Jamieson9)により,NigeriaのYabaで野外に飼育している猿の皮膚に自然発生した腫瘍より分離されたウイルスであり,種々の猿の他に人にも感受性があり,猿と同様の腫瘍をつくることが知られている.当腫瘍は組織学的に良性でHistiocytomaの所見を呈し,一部の腫瘍細胞の細胞質にはワクチニアウイルスの封入体によく似た封入体がみられるとされている.本研究では組織培養細胞と生体(猿)に上記ヤバ猿腫瘍ウイルスを接種し,主として3H-thymidineのautoradiography及び蛍光抗体法により,ウイルス増殖と細胞増殖の相互関係について解析し,他の天然痘群ウイルスのそれと対比して,本腫瘍ウイルスによる腫瘍の発生機構について考察を加えた.
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