表皮には2つの異なる系列の細胞が存することは,既にMassonが形態学的観点から指摘している.即ちそれらはマルピギー系列の細胞と樹枝状要素の2者であり,前者は表皮の主成分で多層をなし,深層では上皮線維によつて,表層では角化によつて特徴づけられる.後者は基底細胞層に在つてメラニン顆粒を含有し,従ってアムモニア銀で染まる表皮メラノサイト(表皮メラノブラスト)と,やや高い層に在ってメラニンを含有することなく鍍金によつて現われるLangerhans細胞とに区別される.近年の発生学的研究に據れば,マルピギー系列細胞と,樹枝状要素の代表者たるメラノサイトとは起原を異にし,発生の途中で合流して表皮を形成するものとされている.これらのことに関しては,川村敎授が詳細に文献的考察を論述しておられる.表皮基底層を検索するに,上述マルピギー系列に属する表皮基底細胞と,ドーパ反應やチロジナーゼ反應陽性の表皮メラノサイトとが其処に見出される.メラニン顆粒は兩者に含有されているが,これらの組織化学的知見は後者が正常皮膚の色素産生に関與するものであることを示している.他方兩棲類,鳥類並びに一部の哺乳類についての自家及び他家の実驗成績に基いて,Rawlesは表皮メラノサイトも真皮メラノサイトも,ともに一元的に神経櫛に由来するものであると述べ,今日ではメラノサイトの神経櫛起原説は一般に弘通するところとなつたが,人間に関する限り,神経櫛の移植や組織培養のような発生学的実驗は不可能であり,從つて種々の形態学的,並びに組織化学的知見に據つて,間接にその一元性の証明が試みられる理由がこゝに存する.更に皮膚の色素細胞の他の系統に属すると考えられているものに,真皮に位する所謂擔色細胞が存する.今日,それは主として組織化学的知見に基いて,色素産生能を有しない所の,それ故メラノサイトとは異る系統の細胞即ち色素を貪喰した組織球である(Miescher)との見解が支配的であるが,その由来に関しては多少の疑議もないではない.皮膚の色素,並びに色素細胞を中心にして,その微細構造を論じ,その異同を推論するためには,上述の諸細胞がその対象となるのは当然であるが,それらが表皮と真皮との兩方にわたるために,更に附帯的に他の2,3の点,例えば表皮マルピキー細胞の細胞境界,或は表皮真皮境界などに就ても,その微細構造が明かにされ考察が加えられた.本研究で著者は標題の主題に関して詳述するとともに,以上の理由から2,3の附帯的事項に関しても同様に取扱つた.
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